第38話 夢、子守唄

 彼女の唇に触れた。いつもよりも、少し長いキス。

すると彼女もそれに応えてくれていた。

そしてゆっくりと離れた時に見えた彼女のトロンとした目は、どこか艶っぽくて妖美に映った。

僕は自分のしたことが急に恥ずかしくなり慌てて謝り、身体を離そうとしたが彼女がそれを拒んだ。

僕は彼女の頭を抱きかかえるような形で落ち着かせた。数分すると落ち着いてきたようで身体を離した。僕に

「ありがとう」

とだけ言い、眠りについたようだった。

僕は彼女の寝息を聞きながら彼女の手を握った。その手はさっきと違って、熱かったが冷たかったので温もりを与えた。


 ゆっくりとした朝だった。彼女の寝顔はまるで天使のようであった。彼女の寝顔を眺めているだけでも時間はあっという間に過ぎていく。

そして、彼女の手を優しく撫でた。

無防備で可愛い寝顔をずっと見ていたいのもあるが、起こさなければならない時間になった。

彼女の頬をツンツンとしてみたが、全く起きない。どうしようか悩んでいると彼女が身じろぎをする。起きるか?と思い見ていると彼女は僕の腕の中に収まった。

「え?起きてくださいよ」

僕は焦った。起こすために触れる度に彼女の肌の柔らかさに緊張してしまう。彼女の体温が伝わってくる。彼女の吐息が首にかかる。こんなにも密着していると、変な気分になる。だが彼女はそんなことを知らずにすやすや眠っている。

 結局、僕も二度寝をしてしまって起きたのはそれから一時間後だった。

「どうしたの?」

僕が目を開けると彼女が心配そうに顔を覗き込んできた。

「泣いてるから」

「ああ、怖い夢でもみたのかな」

と軽く笑った。彼女は、僕の涙の痕を優しく拭ってくれて

「大丈夫だよ」

と優しく微笑んでくれた。僕は彼女の頭をよしよしと撫でた。


 夢の中で泣いたわけじゃなかった。ただ、幸せな今に泣いていたのだ。

 母より、父と一緒にいることが多かったかもしれない。母がそういう機会を作ることが多かったのだ。今思えば、父が自分の子供達と元気な内に沢山触れ合って欲しかったのだと思う。

 父が子守唄を歌ってくれたこともあった。まだ幼稚園に入りたてだった。ベットに横になる僕の横で父がお腹の辺りをトントンと優しく撫でてくれた。

「とうさん?」

「ん?」

「……もっかい。もっかい歌って」

「将次は甘えん坊だな」

優しく笑った父の顔を思い出してなんだか泣けてきた。

「いつか、好きな人が出来たら歌ってあげてくれ。将次はお父さんの声質を受け継いでいるからきっと上手だろう」

そんなこと言われた気がする。

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