第32話 今日だけの関係

 桜を見に行った帰り彼女を家まで送って家に帰る前に、学生の時のバイト先のチェーン店で軽食を食べた。

「先生って、私のどこが好きですか?」

 少し声に元気がないような気がした。

 どうしたのかなと振り返っていると

「久しぶり、向月君」

ロングヘアの暗めの金髪に染められた髪に、耳をはじめとしたところにピアスがあけられていて、誰なのか分からなかった。高校の同級生とかだろうか?困った顔をしていると

内木うちきですよ」

笑いながら二人席の僕の正面に座ってきた。同時期にバイトをしていたバイト仲間の内木に声をかけられたのだ。

「あー、内木さんか。なんというか」

「変わったから?」

学生の時の内木さんは、ボブの黒髪に内気そうな印象があったから。接客は上手いなと思っていたが、無理矢理笑顔を作っているイメージがあった。

 僕が頷くと

「人は変わる生き物ですからねー」

と言って僕をまじまじと見てきた。

「何?」

苦笑いをすると

「向月君も、変わったね」

「変わった?」

目を丸くして聞き返すと、笑い出し

「変わった!変わったよ!だって前は全てがどうでもいいような感じだったじゃない?」

確かにそうだったのかもと思い、一度頷くと

「守りたいもの?人が出来た?とか?」

笑って気さくに聞いてきたので、素直に

「そうだよ、出来た」

と言うと彼女は小さく拍手をして

「マジ?」

ニコッと笑って聞いたから

「マジ」

ソファーの椅子の座っている位置のお尻の横に手を置いて言った。すると注文していたビターチョコレートケーキがきて僕はそれを食べる。

「詳しく詳しく!私達連絡先も知らないじゃん?今日だけの関係だと思ってさ!」

上手いウインクをして話すように言ってきたので、その言葉に流されて話した。

 自分は今、教師をしていて生徒と付き合っていること。

 体の関係まで進展したのは去年の夏から。

 彼女の家庭環境のことも少しふれて、今日のデートで私のどこが好きですか?と寂しそうに聞いてきたこと。

内木さんは、ふうーとため息をついて

「不安なんじゃない?」

僕の顔から目を逸らしてそう言ってきた。

「先生と生徒ってのもあるかもしれないけれど、向月君って何考えてるか分かんないとこあったし、年も……そうだね、ちょっと離れてるだけでも遠い存在なのかも」

軽く微笑んでいた。どこか切なそうに

「それと、体の関係も持ってるってことは満足してもらってるかなとか?その子のお兄さん達の行為も知ってるわけだし、比べたり?とか??」

「僕は、満足とかじゃなくて寄り添って、安心させてあげたい」

「それ、ちゃんと言った?」

と言われて過去を振り返る。

「い、いや、言ってないかも。欲しいものはあるって聞かれたことが数回あって、もう沢山もらってるとは言った」

一つため息を吐かれ

「もっと、捻くれないで言わなきゃ!」

なるほど、女の人はそう思うのかと僕自身も、自分にため息を心の中で吐いた。

「何やってんだ……」

「本当に!何やってんの!!」

と、内木はしっかりしなさいと言わんばかりの母親のようだった。

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