第30話 強欲、同罪

 お兄ちゃん達が、性交をして求め合うことの理由がなんとなく分かった。少なくとも私は、寂しさからくるものだろうけど、先生のことが好きだから抱かれたいと思えるようになっていた。

 幸せだと思えた。私は先生が必要になっていた。

「先生、最近太りました?」

「え、そう?」

「ほっぺがぷにぷにしてる」

いつものように車の助手席に座って、放課後に着替えて、先生と待ち合わせをして、コンビニのシェイクを飲みながら先生のほっぺを触る。

「幸せ太りかな」

笑っていた。目がくしゃりとなっている。柔らかい笑い方。

「学校どう?」

先生は話を切り出してくる。

「もうすぐ、三年生だから、色々うるさく言われるんだろうと思うと憂鬱です」

「そっかー」

先生は眉をひそめる。

「進路希望調査票とか常に配られるし」

私は子供のように拗ねてみた。

「茉裕ちゃんは、進学だっけか」

先生は、我が子が巣立つのを寂しく思う親のような顔をしていた。

「はい、映像関係の仕事に就きたいので専門学校に行くか、大学に行って勉強するか」

「へぇ~、偉いな。俺はなんとなくの進学だったからなぁ」

「先生になりたくてとかじゃなくて?」

私は先生を見ると先生は

「なかったねぇー、だから何かの手違いなんじゃないかって思ってる。でも、良かったよ。後悔はしてないし」

私は微笑む。それから

「お父さんがこの前帰ってきた時、何百万も貯めた通帳を渡してくれました。お兄ちゃんの時もそうしたらしいんですけど、お兄ちゃんは受け取ってもくれなかったと振り返ってました」

お父さんの話をした。

お父さんがお兄ちゃんと私のためにお金を貯めてくれているのは知っている。というか言われなくても分かっていた。

 小学生の頃に祖母からお父さんは悪者ではないと言っていた。お兄ちゃんは聞く耳を持たなかったけど、私は信じていた。期待していた。裏切られてはない。ただ、接し方が少し分かったような気がする。恥ずかしいけれど、フレンドリーに接してみると、案外面白い人なんだと分かった。

「お父さんはどう?」

「お兄ちゃんも、ほんの少しですが心を開いているような気がします。気付きたくなかったんですよ。多分」

「何に?」

「お父さんの優しさ、申し訳ないと思っていながら私達のために働いていること」

「そうか」

シェイクを飲みながら、先生はミルクティーを飲みながら話す。

「私、風李さんにずっと片想いしている時より先生に甘えている時の方が生き生きしてるような気がする」

先生はそっと笑って

「僕も、毎日の生活の中で茉裕ちゃんといる時間が凄く楽しいよ」

「ありがとうございます」

「辛い仕事も頑張れる」

「世のお父さんの鏡みたいなこと言いますね」

「そうか?」

「そうです」

私達は見つめ合い笑う。

「お父さんの将次さんはきっと、沢山悩んでると思います。お母さんには言えないことも沢山あるんじゃないかって思います」

「うん」

「……私は、将次さんに沢山救われた。将次さんがいなかったら、私は今頃どうなっていたのか分からない。将次さんが、私にとって人生を変えてくれた人なんです」

「そんな大袈裟だよ」

「いいえ……私は、将次さんが居なければ、今ここにいないかもしれない」

真剣に見つめられてしまった。目を逸らすことが出来ない。心臓が激しく脈を打つ。身体中から汗が出る。喉の奥から何かが出そうになる。私はそれを必死で飲み込む。

「茉裕ちゃん?」

先生が心配そうな顔でこちらを見る。私は咄嵯に先生の手を握った。先生は何も言わず握り返してくれた。

先生の掌は大きくて温かい。

「風李さんではなくて、将次さんにしか出来なかったことで私は救われた。先生、私……」

「ん?」

「巡り合わせってすごいですね」

「……僕も、君に出会えて良かったよ」

「先生……今日……抱いて欲しい」

言ってしまったことは取り消せない。私はまるで世に違反したような発言をした。私から言ったのは初めてだった。言葉でシてほしいと言ったのは初めてだった。

「……いいよ」

先生は私の頭を撫でてくれる。

その声があまりにも優しすぎて消えてしまいそうだった。


 実家暮らしの先生は、ホテルの部屋に入るなり

「一人暮らししようかな」

と言いながら、スーツの上着を脱ぐ。私はコートを脱いでハンガーにかける。

 先生はすぐに私に迫ってキスをした。

 私はハンガーにかけたコートを床に落とす。そんなことはお構いなしに先生はキスを続ける。舌が入ってくると、私はそれを受け入れるように自分の舌を絡ませる。

「茉裕ちゃん、可愛い」

「先生、ベッド行こう?」

「そうだね」

手を差し伸べられて、その手を掴んで先生とベットに向かった。


「先生って淡白だと思ってました。でも、意外にも沢山求めてくるし、激しいし、なんか、先生の新しい一面を知れて嬉しい」

「そう?」

「そうですよ」

果てて、しばらくベットから動けない私は、先生にそう言った。

「ねぇ、先生」

「はいはい」

「教師と生徒だということ、怖かったんです」

「僕は怖いよ。これがバレたら人生がヤバくなる。それでも僕は君とこういうことがしたかった。強欲だね」

「教師と生徒がこんなことをしたらいけないって分かってるのに、先生と性行為したいと思った私も同罪です」

「君は悪くない」

「先生?」

「僕が悪いんだ。だから茉裕ちゃんは自分を責めないで欲しい」

「先生は優しいです」

「そうかな?」

「そうですよ」

「僕は君を守らなきゃいけないのに、こうして抱いてしまっている。自分の自己満かもしれなくて、これでいいのか不安になる」

先生は私の熱い身体に触れた。

「先生は私を大事にしてくださいました。先生と出逢わなかったら、私はもっと苦しんでいたと思うし、今はこうやって幸せを感じられているから、私は感謝しています」

布団を深くかけてくれる。

「ありがとう」

「いえ」

「茉裕ちゃん、好き」

「私もです」

私達は眠りについた。

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