第14話 Trick or Treat
冷たい初秋の風が頬を撫でる。学校から帰ると風李さんの靴があったのでリビングに行くが、いなかった。私は自分の部屋に行く。二人がいる気配がするお兄ちゃんの部屋には入らなかった。コソコソと聞こえるイチャつき声や少し息切れたままの声で
「おやすみ」
と言い合っていることなど別に気にすることなく自分の部屋で音ゲーをする。普通の女子高校生なんかはこんな環境で、すました顔で音ゲーなんかしていないのだろう。きっと今の私を見たら大人は奇異な目で見る人が多いだろう。でも、この生活が私にとっての幸せだった。お兄ちゃんが私の幸せを願ってくれているように、私はお兄ちゃんが幸せならそれで良かった。
世で言うハロインの日、向月先生に会った。近所では大きい方のスーパーで、先生は私に声をかけて来た。
「佐名さん」
いつも以上に眠たげな声で私の苗字を呼ぶ。
「向月先生。今日は風李さん私の家にいますよ」
「嗚呼、母さんと二人で夕食だよ」
少し天パの黒髪は今日は寝癖だらけだった。
「寝起きで買い物ですか?」
「嗚呼、ずっと家にいるから外に出ろって」
なんか、私と似ていて親近感が更に湧いた。元からなんとなく似てるとは思ったが。
店を出た時、先生は私を車で送ってくれると言ってくれた。初めは遠慮しようとしたが、先生のことが気になってもいたのでお邪魔することにした。風李さんのことを聞けるかもしれないしなんて思ってしまったりしたが、先生にそんなことは言えないなと心の中で思う。
車のドアを閉めてシートベルトをすると
「Trick or Treat」
先生は私にそう言った。私は先生をチラリと見ると先生はいつもの顔ではない。子供らしく笑っているわけでも、体育祭で見せてくれた顔でもなく何処か緊張感ある空間、その表情で発音良く言った。
「Treat me, or we'll trick you……?」
私はどうしてそんなことを言ったのか聞かなかった。その代わり
「悪戯するんですか?」
と、子供が母親にちょっかいを出しているような笑顔を作った。
「……しない。お菓子持っていないなら質問に答えろ」
少し乱雑な口調。先生というより一人の男性として話してる雰囲気。怖くはなかった。むしろ先生とで安心している。信頼している風李さんの弟だからか……少なくとも、先生ではあるけど、先生の向月先生より今みたいに話している向月将次さんが何かしらの好きだ。今、実感した。頬が少し熱い気がする。でもそれが風李さんと重ねてしまうことが多々あるが。
「はい、何個でも」
「ふーん」
しばらくの沈黙の後、先生……いや向月将次さんは唾を飲み込み
「佐名の家、親はどうなってる?」
曖昧には聞かず、はっきりとそう言った。
「色々と謎が多いんでね私は」
窓の外を見た。隣に停めようとしている車を見ている。先生はメガネをかけていないのにクイっとあげる仕草をしているのを横目で見る。
「答えるんじゃなかったのか?」
目が少しばかりムッとしている。
「風李さんは答えてくれないんですね」
「兄さんは俺をどう思っているのか、いまいち分からない。きっと自分に火をつけてしまわないようにするのが精一杯だろうから」
「火?なんの?」
「別に嫌なら答えなくてもいい」
「私を知りたいの?」
私の声は少しばかり震えている気がする。
「知れるなら……いや、知ってもいいなら」
私のことを考えて言い直しているところとか風李さんにそっくり。私は先生の顔は見ずに窓の外を見て言った。
「お父さんなら、ここより港町の社員寮にいますよ」
「お母さんは?」
「今も風俗嬢なんじゃない?」
分からないよ先生。私も分からないんだよ。
「結婚したのも割と早婚なんじゃない?お母さんは今……何歳だろ?四十近いか越えたか……結婚とか……好きとか難しいね」
分からないから、私も教えて欲しい。人を好きになるってそもそも何なの??
「な、本当に」
「先生好きな人いるの?」
「いたことはある」
「今は?」
「どうだろう」
「難しいね」
私の顔を見るなり先生は少しため息をついた後
「これじゃ逆だよ」
先生の目はは髪で隠れていて電気は付いていなかったので、うまく顔が見れなかった。
それから私の家まで着き車から降りようとした時、手を掴まれ手のひらに何かを置いた。
「飴?何味だろ」
「いちご」
「これで悪戯はしないってこと?」
「さぁ……じゃね」
「はい」
そう言う先生を見送った。私は呟く
「大人って分かんないことだらけだよ」
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