第13話 気になってしまう
次に先生に会ったのは。始業式の日。帰り際、一人で廊下を歩いていると先生に会って、私が思わず
「あ、先生」
と言ってしまう。先生は
「どうも、佐名さん」
私が側から離れようとすると、先生が近づいて来て
「この後ちょっといい?」
「はい……」
なんだろう……最終的に闇が多い女だと思われたか……。実際、その通りなんだけど。
「着いてきて」
そう言って、歩きながら手招きをされる。私はそれに着いて行った。
先生が足を止めたのは旧グローバルルーム。今は英語の時間に使う道具や教科書が沢山あり、倉庫のようになっている。ここらにはあまり生徒や先生でさえも来ないだろう。
「別に何もしない。話が終わったらすぐに帰っていいから」
「そうですか」
「あ、これチョコ。売店で買ったんだけど食べる?」
そのチョコは『ビターチョコ』と袋に書いてある。
「僕には苦過ぎた」
「私食べれます。これ美味しいですよ」
「そう?」
「はい」
私達は回る椅子に座っていた。ここは屋上の一個下の階。眺めは悪くはない。
「話って?」
チョコを食べながら聞く。
「兄さん、佐名家ではどんな感じ?」
「……それだけですか?」
まあ私は別に構わないけれど、他にもっと聞くことがあるのではないだろうか……?
「家じゃあんまり喋んない」
え、意外過ぎる!先生のことめっちゃ喋ってるし、家でも結構明るめの性格なのかと……
「……優しい」
「そうか……ありがとう。もういいよ」
え、本当にもういいの?
「なんか意外とあっさりですね」
「兄さん、今日佐名家に行かないみたいだから早く帰りたいかと」
「毎回、体重ねてないですよ」
先生のそう言う発想が、男の人ってそういうものなのかなと思うようになる。
「後、そういう話、ここでして大丈夫ですか?先生割と人気だから今ここにつけて来ている子いるかもですよ」
私は不安になって廊下の方を見る。
「大丈夫だよ。来る時確認したけど誰も来てなかった」
「そうですか……。でも学校で先生と話してばかりだと妬まれる気が」
「そう?」
自覚がない……
「だって先生結構人気なんですよ……」
「へー」
なんとも思っていないような、興味がないような顔だった。
「確かに、なんかやたらと絡まれる」
分かってはいるんだ……。
「でも話に来てよ」
「話題があれば行きます」
「それでいいよ」
そう言って旧グローバルルームを出て、先生と講師室まで歩く。先生は歩くのが早かったが、私の歩幅に合わせてくれるようになった。
「じゃあ、また」
講師室の前で別れた。なんか……花火大会と今日で、距離が縮まり過ぎた気がする……大丈夫なのか?
家には誰もいなかった。私は家に帰って着替えて洗濯物を取り込み、スマホの通知が来てるかを見る。そこには勝手に入れられていたクラスグループのメッセージの通知。その内容は文化祭の準備についてだった。まあ、一年生は屋台の担当なので、出し物をするような作業は特になかった。で、今日。実行委員会の人がなんの屋台になるか決まったらしい。『綿飴になりました!!』というメッセージ。私はそれに既読だけつけて、音ゲーをプレイした。
文化祭が近くなってくると、だんだんと学校の教室もその話になる。実行委員を中心に当日の担当の人と時間を決めて、文化祭を迎える準備をしていた。私は、当日の二日目の最後の時間担当になった。お兄ちゃん達は来ないで、違うところに出かけるそうだ。教科担当の先生達も
「文化祭楽しめよーその後にはテストが待ってるからなー」
と軽く脅す先生だったり、先生の学生時代の文化祭エピソードを話してくれたりしてくれた。大体は楽しかった話より、ハプニングエピソードが多かったのを覚えている。
向月先生の授業前にも文化祭エピソードをクラスメートは求めたが
「んー、ないな」
向月先生は思い出すのも疲れたのかすぐにそう答えていた。
文化祭前日、間違えて持ってきてしまった他クラスの荷物を届けにそのクラスに行った後の帰りだった。向月先生が、他クラスの女子に強引に腕を掴まれて囲まれている。私はそれを横目に見てその場を去った。
なんだか、いい気分ではない。
風李さんに似てるからだ。きっとそうだ。
それに、向月先生も面倒な顔をしているし。そうなんだ。
でも、確実なことは『気になってしまう』ということ。
優しい風が吹いているが、心底穏やかな気持ちにはなれない私が向月先生の側を歩いて去っていった。
文化祭は案外、何もトラブルなく終わると思っていた、私が屋台に交代するためにやって来ると、男の子が屋台の近くでふらふらしている。小学校入り立てぐらいの男の子。
「どうした?少年。綿菓子食べるのか?」
クラスの陽気な男子がそう声をかけると
「パパ……知らない?」
一瞬の沈黙でその男子は
「し、知らないなー」
「何何、迷子?」
そう言って女子のクラスメイトも綿飴を作りながら聞くが、今はラストセールで綿飴の屋台は特に混んでいた。
「私、職員室行ってくるよ、忘れ物とか届いているのが職員室だから、先生はいるはず……そこから放送委員が迷子のお知らせするんじゃない?」
「お、佐名さんナイス!と言うことで井上はあともう少し綿飴屋台で活躍してもらわないとな」
クラスメイト達の間でどっと笑いが起こる。
「じゃあ行こうか……えっと名前は?」
男の子は大きな瞳で私のことを見る。
「きふじひだか」
「ひだか君、これから職員室に行きます」
「お、佐名ちゃん子供の相手上手だなー」
そう井上さんは言う。
「将来はいいママになってそう。このクラスで一番まともな子やん」
「あんたは黙っとき!」
少々ガヤが入った。
「とにかく……行こっか」
すると、男の子は両手を私に向かって高く上げる。私はなんとなくの意味が分かり、クラスメイトに助けを求めると、綿飴を作りながら
「おー、抱っこかー」
「もうその子のお姉ちゃんになっちゃえば」
と言われる。私は
「手繋ぐのじゃダメかな?」
「えー、抱っこがいいー」
「……分かった」
私はひだか君を抱っこして職員室に向かった。すると校内放送で放送委員が中心に流しているラジオトークで
「あ、迷子のお知らせだそうです!木藤ひだか君。服装は……」
「あれー?俺の名前」
「探してくれているんだね」
そう言っている内に職員室の前まで着いた。そこには講師の先生が一人
「向月先生……」
私のボソリとした声は
「あ、パパ!」
と言う声にかき消された。
ん?パパ?向月先生が?二十三歳じゃなかったっけ?確か。どう考えてもひだか君のお父さんなら十七、十八ぐらいで……。いやでも彼女がいないってまさか、奥さんが……?と脳内で混乱していると向月先生の影で隠れていた男性の元にひだか君は向かって行く。そして怒られている。私はど呆然としていると向月先生から声をかけてきた。
「ありがとう、ひだかが迷子になってたんだよ」
「はぁ」
「僕の先輩のお子様」
「そうですか」
「なんか……冷たいな。どうした?」
「別に……」
冷たいとは言われ慣れているが……向月先生のプライベートをすごく速いスピードで知っていっている自分にビックリしているし、なんだか知っていいのか分からない。心のどこかで、風李さんが好きだから、向月先生も好きという思考になりそうで、嫌になってくる。
「じゃあ綿飴作ってくるんで」
そう言ってその場から離れようとする。これ以上、変な気持ちになるのが怖い。
「あ、お姉ちゃんありがとうー」
そう言ってひだか君が手を振ったので、私は軽くお辞儀をしてその場を離れた。
それからは目まぐるしく綿飴を売っていって文化祭は終わった。その後の打ち上げに参加することなく家に帰る。
「ただいま」
お兄ちゃんはいなかった。出かけると言っていたから、まぁ明日にでも帰ってくるだろう。いつも通りに過ごして寝た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます