第3話 優しい人
コンコンとドアがノックされる。私がドアを開けると、風李さんがいた。服はゆるく、しわがよったTシャツを着ている。下は黒いぴっちりしていないズボン。
「どうしました?」
私がそういうと、ジャーンと効果音がつきそうな感じで袋を持っていた。
「ケーキ屋に行ってきた。
風李さんの柔らかな声が耳に残る。
「いいんですか?」
「いいよー。リビングにおいで」
そう言われてリビングに行く。お皿には三つのケーキ。ショートケーキとラズベリーが主体のケーキとチーズケーキ。
「茉裕ちゃんはどれがいい?」
「ショートケーキで」
「即答だね、ていうかいつもショートケーキじゃない?理由があったりするの」
風李さんに聞かれた。私は
「美味しいから」
そう返す。お兄ちゃんは
「他のも食べな」
と言って、一切れ分けてくれた。風李さんも分けてくれたので、結局全種類のケーキを食べた。二人は優し過ぎる。
偏見だが、優しい過ぎるから優しくない人が多い社会で働くにあたって、人一倍苦労している気がする。
「ショップで新作のを作るらしいから何か案あれば連絡頂戴」
「了解。じゃ、俺帰るから。またね、茉裕ちゃん」
手を振ってくれたので振り返す。私はこの毎日が本当に幸せである。好きな人が大切な人と一緒にいれて、その大切な人が私にも優しくしてくれるし、ダメなことはダメと言ってくれる、本当に優しい人。
中学一年の時、日付けが変わるまで帰らなかった日が偶にあった。別にお兄ちゃんには帰れたくなかったと言えばいいし、心配はしているのだろうけど、何を言えばいいのかいつも分からないのか、何も言わない。
「そうか」
そう言って、それから私が帰って来たのを確認すると寝る。無関心では無いんだな。それくらいにしか思っていなかった。どうでも良かったのかもしれない。その時は、何もかもがどうでも良くなっていたのかもしれない。
でも風李さんが家に来るようになってからは違った。腕時計の針が十二時半を指した頃に家のドアを開けると玄関に風李さんいた。お兄ちゃんは気まずそうにこちらを見ていた。帰って来た私に風李さんは
「おかえり、こんな時間まで出歩いていたらダメなんじゃない?」
私は無表情のまま靴を脱いだ。すると風李さんがこちらに近づいて
「俺はさ、茉裕ちゃんと血は繋がってないけど頼りにしてほしいな」
手をカイロで温めてくれる。お兄ちゃんは
「ごめん……一人になりたい時があるのは分かるし、ただでさえ普段辛い思いさせてばかりだから、俺があんまり強くは言えないと思って」
風李さんは私の成長を願って、味方でいてくれる人なんだと、その時思った。
お兄ちゃんも私のことを思ってくれていることに改めて気付いた。
素直に言葉には出来なかったが、素直に嬉しかった。人は嬉しいと目に涙が溜まることを、この時初めて知ったと言っても過言では無い。
私は二人とは距離を置きすぎず、でも深入りしないようにそっと見守ることにしている。
英語の授業中、あまり向月先生の顔を見れない。見たい気持ちにはなれない。
風李さんとは違う存在なのに、風李さんに関連づけてしまう。
ただでさえ、向月先生は先生という立場で、私は生徒だ。お兄ちゃんと風李さんの関係を向月先生は多分知らないと思う。
風李さんは私のこともお兄ちゃんのことも誰にも言わないと言っていたから。風李さんがゲイということは知っているのかもしれないが、少なくとも向月先生は私のことは赤の他人として見ていると思う。
きっと一年が経って、担当の先生が変わったらもう話すこともないのだろう。話したとしても挨拶をするぐらいだろうか?
基本、私は一人か仲がいい何人かの女子グループと連んでいることが多い。そこでもフーリと向月先生が似ていると言う話がてできた。昼ご飯を中庭のベンチで食べている時だった。
「向月先生とフーリ、やっぱり似てるよね!」
「確かに!」
「目元とか特に!後、声も似てなくはないな……」
似ている。ものすごく私は食べていた手を止めて軽い相槌を打った。
「茉裕ちゃんもそう思うよね!」
そう言って話は進んでいった。向月先生は普通にイケメンだ。という話から好きは芸能人への話へと。
教室は宿題の話を先生がし始めた時に騒ついた。なんだよと言いたげな表情をみんなしている。
「中間テスト近いから、このプリント宿題にします。今日の授業で終わらなかったら放課後までに提出しにきて、一気に来れれると困るから……学芸委員に」
私は先生の方を見ていたが視線を逸らす。
「学芸委員は誰?手上げて」
男子はサッカー部の三谷。女子は
「三谷君と
そう言って、問題を解き始める。名前の欄に私は『佐名茉裕』と薄い字で書いた。
英語の時間が終わると三谷君がこちらにやって来た。
「佐名さん……悪いんだけど、今日のミーティング遅れたらやばいんだよ……で、放課後の学芸委員のやつ」
別に遅刻しないように出してもらえばいいじゃないかという反論をするのも、とても面倒だったので
「いいよ」
と返事をした。私と仲がいい子も部活に所属しているため、忙しいだろうから一人で行くしかない。私は正直なことを言うと乗り気ではないのだが、まぁ頼まれたことだ。しょうがない。別に先生はこの様子だと風李さんとのことを知らないのだから。
ショートホームルームにみんなのプリントを集める。終わっていない子は自分で持って行くらしい。だったらその人達に任せてしまおうかとも思ったがいい加減な人にはなりたくはない。認めて褒められる人になりたい。私は渡り廊下を歩いて、一番下の階まで降りる。階段のすぐ目の前には職員室があって少し歩くと講師室がある。
職員室には何人かの生徒がいたが講師室の前には誰もいなかった。私はそっと息を吸う。少しばかり緊張していた
講師室のドアをノックする。
「失礼します。一年D組佐名です。向月先生に用があって来ました」
そう言うと一番奥の窓付近の席からスッと立ち上がり廊下に出る。
「ありがとう」
風李さんに似た声だなと先生の喉仏を見ながら思う。先生は受け取り、パラパラとみんなが回答したプリントを見る。
「どう?佐名さん?出来の方は?」
「まぁまぁですかね」
きっかけはあるにしろ個人で向月先生に話に行くのは初めてだ。何も話す必要はないのに、話さなくてはと思ってしまう。
「そう?今見た感じ、結構出来てる方なのでは?まあ僕が丸付けするけど」
「それは良かったです」
「そしたら今度の授業は、授業内で言った通り自習ね。英語と後、数学もちょっとは教えられる」
「みんな数学出来るって言ったら驚いてましたね」
会話を続けた。早く帰りたい気持ちはあったけれど、なんだか向月先生は少し面白い先生なのではないか?という気持ちと風李さんとどこが違うのかもっと知りたいという気持ちがごちゃごちゃになっている心情だ。
「あーね、高校の時は数学が一番得意だったんだよ。でも、英語が一番好きだったけどね」
「すごいですね」
「ありがとう。じゃあ……よろしく」
そう言って講師室の中に戻って行った。私はリックを背負って講師室を後にする。向月先生のことを知れるのは、少し嬉しく思えた。
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