第2話 お兄ちゃんの存在
私が三歳の時、お兄ちゃんは十二歳で、小学六年生だった。家の都合で祖母の家に引っ越したのは、お兄ちゃんが中学生になる四月の初めだった。
お兄ちゃんがどれほど不安だったかなど、幼い私は知らなかった。
おばあちゃんに手を握られて、港町を後にした。
「おにーたん」
舌ったらずの喋り方で、お兄ちゃんを呼んだ記憶がある。
「なーにー」
「あしょこ」
指を差すとそこには海があった。キラキラとして眩しいくらい輝いていた。
お兄ちゃんも
「うわぁ……」
と言いながら見惚れていた。私は海には宝石があるんじゃないかとか、人魚姫がいるんじゃないかとか、その時は考えていたが、お兄ちゃんは涙を溜めていた。おばあちゃんは運転しながら
「しばらくは……来れないかもね」
と、切なそうに言った。
お兄ちゃんは微かに掠れた返事をして、海が見えなくなる頃には涙が頬を伝って、ポロポロと涙を流していた。
「おにーたん?こわいの?」
私は怖くなんてなかったから、辛い思いを理解していなかった。
慣れた小学校の友達とも会えないのだ。よくお兄ちゃんが、ドッヂボールをしてた友達とか、帰りに石蹴りをやってた友達とか。
あの瞬間を思い出して泣いているのだと。
お兄ちゃんは滅多に泣かない強い人だ。だから幼かった私はどうすることも出来ず、おばあちゃんに助けを求めたが
「そのままでね。茉裕ちゃん」
その声も涙声で、私だけ置いてけぼりみたいで、なんだか頬を膨らませた記憶がある。
お母さんが部屋に男の人を連れてきたことが何度もあった。
追い出された時もあった。ベランダに。
でも、必ずお母さんは怒鳴ったりはしなかった。モコモコの毛布をこっそりくれて
「いい子で」
そう言われたが、お兄ちゃんはムスッとしていた。
私とお兄ちゃんはベランダでくっついて寝た。
「おにーたん、寒い」
お母さんが家に男の人を連れてくるようになったのは七月から十月の間だけだった。
十月の風は冷たくなっていて、私の足先は冷たかった。お兄ちゃんは、まだ小さい手で
「大丈夫、大丈夫」
と言いながら温めてくれた。
その温もりを感じつつ寝るのが習慣だったと思う。お兄ちゃんがいなかったら私は寂しくて死んでしまっていたかもしれないな、と考えることもある。それ程までにお兄ちゃんの存在は大きくて温かいものだった。
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