一番古い記憶、二つの傷

 私は、子供の頃から読書と手芸が好きな少女だったと思う。

 家から図書館が近いこともあり、児童書レーベルの文庫を借りてはよく読んでいた。

 手芸も、裁縫や編み物が好きな母が教えてくれ、リカちゃん人形の服や動物のフェルト人形を作っていた。

 妹の面倒をよくみる大人しい、とても大人しい少女だった。


 ……いや? 最初からそうではなかったような気がする。

 私の脳の中で記憶が改ざんされているようだ。

 大人しくなったのは、小学校にあがってからだ。

 それまでは2歳年下の妹は遊び相手にならないと家に置いて行き、男の子とばかりよく遊び、かなりやんちゃだった。


 その証拠に、右ひざと左の足の裏に古い切り傷が残っている。


   *

 

 まだ、小学生になる前。幼稚園の年長くらいの頃のことだ。

 私は、妹がまだ私についてこれないことをいいことに、近所のお兄ちゃんたちとつるんで遊んでいた。

 同じ団地の中に、同じ年頃の女の子がいなかったからだ。

 団地の裏にある雑然とした空き地を裏庭と呼び、毎日そこで泥だらけになっていた。

 

 その裏庭には、ロープがぶら下がった木があった。

 ターザンごっこをするためだ。

 ターザンとは、森に住む少年で動物と会話ができ、森のツタを渡って雄叫びを上げるアレだ。

 私も同じようにロープにぶら下がり振り子の勢いで飛び降りる遊びを何度もした。

 慣れていたつもりだったが、あるとき着地に失敗して転んでしまった。

 それだけならよくあることなのだが、その着地地点にはぬかるむのを防ぐためか、誰かがトタン板を敷いていた。

 トタンというのは、物置の屋根などに使われる薄い波状の鉄の板のことだ。

 私は、そのトタン板のへりで膝をザックリと切ってしまった。

 そのとき、血がたくさん出た記憶がないのだが、白いものが見えたのだけは覚えている。

 あれは骨だったのか、脂肪だったのか……。

 パニックを起こした私はわあわあと泣きじゃくりながら、なんとか足を引きずり家に帰った。

 すぐに病院に行ったが、親には散々怒られた。

 自分は悪くない。悪いのはトタン板だと訳の分からない言い訳をした気もする。


 この痛い思い出が、私の一番古い記憶だ。

   

   *


 傷が残るほどの怪我であったのに、子供はすぐに忘れるもので私は再び怪我をした。

 探検だと言って、小学生のお兄ちゃんたちに連れられて工事現場事務所のような放置されたプレハブ小屋に侵入した。

 投石され、窓ガラスが割れているような危険な場所だ。

 そういう場所が家の近くにあったのも問題だが、子供が容易に入り込めるような状態だったのも今となっては問題だったと思う。

 おっかなびっくり、その建物に入りひととおり探検した後出て来ると、私の左足は血まみれだった。

 子供用の底のぺたりとしたビニール靴では、ガラスの破片は防ぎきれなかった。

 靴底がぱっくりと切れていた。

 痛みと言うのは後から来るものだと知ったのはその時だ。

 それまで全く痛くなかったのに、足の血を指摘されたとたんに痛みを感じ、おおいに泣いた。

 前回は一人でいたときの出来事だったが、今回は同じ年頃の男の子や小学生のお兄ちゃんがいたので背負ってもらった。思いのほか重かったようでふらふらしていて落ちそうだったので、結局は肩を借り足を引きながら歩いて帰った。

 

 さすがに、今回は言い訳はできなかった。

 明らかに私が悪かったし、みんなが悪かった。

 危険がなければ探検にはならない。

 そう思って、危険を承知で不法侵入をしたのだから……。

 

 しかし、本当の危険を想像できていなかった。子供だから仕方がなかったのかもしれないが、ガラスが危ないことくらいは分かっていたし、自分でなくとも他の誰かが同じように怪我をするかもと考えが至ってもよかったはずだ。

 それが分かっていなかった。

 自分は行かない。やめようという勇気もなければ、好奇心の方が勝ってしまった。

 一度ならず、二度も同じ過ちを犯した。

 痛い目を見ても学ばない自分が情けなかった。

 幸い大きな傷ではなかったが、二度も足にけがをしたことで『歩けないくらいの大けがをしたらどうするの!』と、親に泣かれた。


 怒られるよりも効いた。

 

   * 


 小学生くらいまで、膝や足裏の傷を見るたびに、親に心配をかけた自分を反省した。

 そして、その後は妹を置いて一人だけ遊びまわるようなことはしなくなった。

 大人しい、しっかり者のお姉さんになろうとした。

 

 今はもう、薄くなりよほど目を凝らさなければわからない傷だが、この二つの傷がたぶん私を少しだけ大人にした。



 お わ り


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(2023KACの再収録です)

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