指先で紡ぐ愛の言の葉

夜摘

第1話 アイノコトノハ

 私の学校は今どき珍しい古臭い木造校舎だ。校舎が建てられてから何十年も経つとかで、当然色んな施設や設備も年季が入って古臭いものが多い。

 中でも図書室なんて、校舎の隣に建てられたプレハブ小屋みたいなしょぼいやつだ。そこへ続く渡り廊下みたいなものは一応あるけど、気持ちばかりの屋根が付けられてるだけのその通路は、夏は暑いし虫が飛んでくるし、冬は風が冷たいので、みんな出来るだけ通りたくない場所だと言っている。

 そんなわけで、この学校の図書室は、あまり使う人が居なくって、図書館で本を借りなさい…なんて課題でもない限り、本当に特定の生徒や教師しか出入りをしていない場所のようだった。もしかしたらそのせいで学校側もそこにお金を掛けようって思わないから、いつまでもこんな風なのかも知れない。

 しかし、ここまで紹介しておいて何だか、なにを隠そう私はそんな不人気スポットの常連だったりする。

 私の名前は、広瀬千春ひろせちはる。中学2年生だ。どうして私があえて不人気スポットに足を運んでいるのか…と言えば、……本当ならあまり言いたくはないが、要するに、自分が教室に居ずらい部類の人間だから…なのである。

 虐められているという訳ではないのだけれど、特に親しい子もいない。お昼に一緒にご飯を食べよう~という仲良しも、所属するグループもないため、ボッチになってしまう。そんな時に教室で起こりうる残酷な出来事について、皆さんはわかるだろうか。無視してみんなそれぞれで勝手に食べてくれたらいいのに、クラスメイトの独善的な優しさと倫理観と正義感が、「…広瀬さん、良かったら一緒に食べる?」なんてお誘いとして襲い掛かってくるのだ。

 いや、別に良いんですよ?そりゃあ、優しくしてくれるのは嬉しいよ。…でも、これは純粋に同情と憐れみだからね。好きな子同士でグループを作ってとか、二人組になってとか言われた時には相手にして貰えないやつだからね。グループで余った子が、渋々私のところにくるくらいで、平然と私の前で「〇〇ちゃんと組みたかった~(泣)」とかやってくるからね。ハァ…。

 話が逸れた。要するに、2年生に上がってクラス替えで新しい顔ぶれになってから、全然馴染めず教室に居ずらいボッチ それが私だってこと。

 それで時間が長い休み時間は、どこか時間を潰せる場所を探して彷徨った結果、不人気スポットである図書室へと辿り着いたという訳である。

 だから、別に本が大大大好き!な本の虫ではない。普通に読むし、好きだけどね?


(…いっそ虐められてるなら登校拒否の理由にもなるんだけどな…)


 昼休み。

 私はそんなことを考えながら、お弁当袋を片手に図書室へと向かっていた。

 教室でも廊下でも、楽しそうな女子や男子がきゃっきゃと騒いでいる。

 教室でお弁当を食べられない私は、図書室の隅でこっそり食べているのだ。先生に見つかったら怒られてしまうかもしれないが、今のところ見つかっていない。

 生徒の中にはやはり読書好きも居るのだろう。ちらほら見かけることはあるのだが、読書スペースの奥の奥の席に座ってしまえば、ほとんど見られることはなかった。その近くの本棚が人気のない本が多かったのかも知れないけど…。

 どっちにしろ私にとっては好都合なので、それでヨシ!と思っている。

 今日も今日とて貸し出し用カウンターの向こう側に座っている愛想のない図書委員の生徒の前を横切って、図書室へと入って行く。

 今日も相変らず閑散としているようだ。

 私は本棚と本棚の間の狭い通路にまばらにいる数人の生徒たちを横目に、奥へ奥へ。目指すは読書スペース。…とは言え、大した広さではないのですぐたどり着いてしまうのだけど…。

 6人がけ用の年季の入った木製の大きなテーブルと、その前に置かれたやっぱり古い木製の椅子。

 私が座るのは一番奥の窓際の椅子。部屋の中を見渡せる向きなのは、誰かが近づいてきてもすぐに見えるから…ってだけなんだけどね。

 お弁当をゆっくり食べる―…なんてことは出来る場所ではないので、ご飯はさっさと食べてしまって、残りはお昼寝タイムだ。

 一応、先生が来た時に「本を読んでましたよ~」って言い訳だけは出来るように、その辺の本棚から適当に持ってきた本を一冊、目の前に開いておくのも忘れない。

 こういうところが小賢しいって言われるんだろうな…。

 そんな風に、さっさとお昼を食べ終えて、すやすやお休みタイムに入ろうとしていた時だった。

 自分が肘をついているテーブルの端に何か書いてあるのを見つけた。


「…?」


 は、机に直接書かれている。多分鉛筆で書かれた文字。


「…こんなの前から有ったっけ…?」


 1年の頃は図書室はほとんど使っていなかった。図書室に良く来るようになったのは2年になってひと月くらい経ってからで、今は秋の始まり。夏休みを挟んではいるが、もう3か月くらいは通っているだろうか。基本的にずっとこの席に座っていたが、こんな文字が書かれていることには全然気が付かなった。

 …とは言え、既に古くて薄汚れた木のテーブルは、誰かのメモ書きみたいな数字だとか、ノートからはみ出したのか?みたいな線が引かれていたりもしていて、お世辞にも綺麗とは言えない状態のものだったので、単に見逃していたのだろうと思う。

 ただ、なんとなく気になってその文字へと注意を向けた。


―—————あなたが好きです。


「…!」


 これ、ラブレターだ!!!

 何となく見てはいけないものを見てしまった気がして、お昼寝しようとしていた眠たいモードが一気に解除されてしまった。


「…なんでこんなところに告白を……。こんなの、絶対相手に見て貰えてないでしょ…」


 余計なお世話と思いつつ、こんなところにメッセージを残しても到底相手に見て貰える気がしない。呼び出しでもして、席を指定したんだろうか。まどろっこしいにもほどがある…!だったらSNSの個人メールとかアプリで十分じゃないか…!

 そんな風に思いつつ、その文章はまだ続いていたので、続きを読む。



―——————もっとあなたを知りたい。僕を知って欲しい。


「…………」


 なんだなんだ。随分と熱烈なラブコールじゃないか。

自分へ向けられた言葉じゃないなんてわかっているのに、何だか照れ臭くなってしまう。何だかムズムズしてきちゃう…!


「……っていうか、名前くらい書きたまえよ…。誰に向けてるのか、君が誰なのかもわかんないじゃん」


 こんなところに愛の告白を書いちゃう知らない"誰か"に対して、その不器用さと臆病さに何となく親近感を抱いてしまったりする。

 きっと伝えたくて、でも伝える勇気がなくて、言いたい言葉をここに書いたんだろう。


「もしかしたら、ここから好きな人を眺めていたのかもね」

 

机に書かれた文字を、そっと指でなぞりながら、図書室を眺める。

今は自分以外に誰も座って居ないし、他の生徒の姿も見えないが、もし読書スペースに誰かが座って居たら、ここからならどこに座って居ても見つけることが出来るのだ。


「あ」


しまった。

指で文字をなぞったら、その文字は黒く滲んで消えてしまった。


「わ、わ、わ……」


 そうだ…。鉛筆で書かれていたんだから、擦れば消えてしまう可能性はあったのに…!

 誰かの誰かに当てたラブレターを消してしまった!?と慌ててしまう。

恐らく、もともと届くなんて思ってない書置きだろうとは思うけど、それでも誰かの勇気が込められたものだと思うと罪悪感が凄い…!


「…で、でも私が真似しても書いても筆跡も違うし、ダメだよねぇ……」


 どうしよう、どうしよう…

 黒くなった自分の指先を見つめながら、私はウンウンと考えた。


「…………」


困って、困って

悩んで、悩んで


―————私もキミのことが知りたいな。


文字が書かれていた場所に、そんな風に書いてしまった。


なんで?????

私宛のメッセージじゃないのに、返事なんて書いちゃダメでしょ?

相手も喜ぶどころか困るでしょ?????


 頭の中には私自身の色んな言葉がぐるぐると回っていたのだけれど、私はしてしまった。


 慌てていたから…と言い訳したいけど、本当はそうじゃない。

だって、あのメッセージを書いた人はもう告白が成功して、あるいは失敗して…、もうここには来てない可能性が高いと思う。

 ここ数か月は私がずっとこの席を使っているんだもん。

 図書室でそんな誰かのラブストーリーが繰り広げられていたなら、私が気が付かない訳がない。

 だから、きっと私が消してしまったあの告白は、もうお役目を終えたか、結局相手に見つけて貰うこともないまま待ちぼうけしていた言葉たちだったんだと思う。

 冷静な私はここまでわかっていて、ちょっと―――…本当にちょっとだけ嫉妬していたのだ。

 不人気スポットの奥の奥こんなひっそりとした場所に、大事なものを隠すみたいにそっと置いていかれた愛の言の葉。

 その不器用さに、いじらしさに、胸が切なくなってしまったのだ。

だから、こんなメッセージが誰かに届くことなんてないのにって思いながら、キミを知りたいなんて書いてしまったのだ。


 バカみたい。

 そう思っているのに、まるで本当に好きな人に告白をしみたいに、胸がどきどきしている。


 それから数日間。私はいつも通り昼休みに図書室に行ったけれど、その間に読書スペースのあの席に座っている人物を見かけることは出来なかった。

 あのメッセージを書いてしまった次の日には、なんだかちょっとだけ決まりが悪くて、わざといつもと違う椅子に座ってみたりもしたのだけれど…。

 誰もいないことを確認してから、そーっとそーっと…あのメッセージに異変がないか見てみたりもしていたのだけど変化はなかった。


やっぱりね─────って、がっかりする思いを隠して、予想通りだっただけと自分に言い聞かせた。それが金曜日。

週明けの月曜日。そのがっかりした気持ちは、それ以上の勢いで吹っ飛んだ。


「あ」


自分が書いたメッセージに隣に新しいメッセージが増えている!!


「うそ、うそ、どうして」


とてもびっくりして、ひどく動揺する。

全く期待しなかったと言ったら嘘になるけど、まさか本当に返事がくるなんて!


───────お返事ありがとう!

僕の趣味は読書です。最近読んで面白かったのは八幡浩司の「黒猫は夢を見る」です。あなたの好きなものは何ですか?



 几帳面さを感じさせる丁寧な文字だ。勝手に落ち着きのある優しげな男の子の姿を想像してしまう。


 相手の告白の相手は自分ではないけど、少なくともこのメッセージは自分のものへの返答だ。

そう思うと何だか少し嬉しくなってしまって、私はまたメッセージを机に書き込んでしまう。



―————素敵なタイトルの本ですね!今度私も読んでみます。

私の好きなものは、最近はお料理が楽しいです。あんまり上手ではないですが。

キミは食べ物は何が好きですか?


 質問が書かれていたからこちらからも質問を書いてしまったけれど、彼は答えてくれるだろうか?

 不安と期待で高鳴る胸の鼓動と、熱くなる顔の熱を自覚しながら、私はメッセージに書かれていたタイトルの本を探した。

 タイトルからして恐らくは物語だろう。そうなると文学の棚だろうか?

 普段、そこまで熱心に本を探すなんてしてこなかった私は、きっと本を探すのが上手ではないようだ。本を一冊探すのにも結構時間がかかってしまった。

 図書委員に手伝って貰えばもっと早く見つけることが出来たのだろうけど、それはしたくなかった。

 これは、私の中に芽生えた私だけの甘い秘密だった。だから、他の誰にも知られたくないと思った。






 

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