きのこ転生 ~胞子になって異世界を生き抜く~

yアキ

#1 『プロローグ・オブ・キノコ』




 ■




 風に揺られる夢を見た。

 雲一つない、青い空の下、オレはふわふわとゆっくりと、どこか高い場所から風に流され、遠い場所へ運ばれる。


 タンポポの綿毛のように。

 あるいは、風に舞う花びらのように。


 しばらくすると、眼下に大きな町を見据え、その向こうに森を見が見えてきた。


 森は広大で、高い木々に覆われていた。

 やがて、森の木々に阻まれながらも、その地面へと流れるように着地した。


 うっそうとした森の中、けもの道が広がっていた。




 ■




 突然だが――オレ、雄二は、


 ――キノコに転生した。


 ――?

 ――??

 ――????


 なんで?

 っつーか、意味が分からん。


 意味わからんが、寝てたらいつの間にか、オレは異世界でキノコになってたんだ。

 それだけ分かれば大丈夫。


 いや大丈夫でもないけど。


 ここが、地球とは違う世界――異世界だと断言できる理由は、植生がちょっとあまりにオレの知る常識の範囲内と違いすぎるからだ。

 やたら主張が激しく毒々しい色合いの木の実が生っていたり、道行く獣が食獣植物に食べられていたり。

 ともかく、地球らしさが無い。


 まあ、異世界転生まではオッケーだ。


 いや、それも驚くことなんだろうけど、

 全然オッケーではないんだろうけど。


 でも、オレがキノコだという現実に比べれば。

 異世界転生はまだ許せる。

 まだ。


 そもそも、キノコが今のオレのように事物を考えられる筈がない。

 もし、キノコに生命体としての魂のような霊的存在が宿っているとしても、所詮は菌類で、高度な思考を行えるような器官――脳が備わっていない。


 だから、そもそもオレが自分をキノコであると知覚することが出来ること自体、ちょっとおかしなことなんだ。


 そもそも、五感というのは、感覚器とそれを処理する脳が無ければ存在しえない。

 なので、キノコに五感は宿らない。

 だって菌類ですもの。


 しかし、オレは目の前の風景を『見』ているし、ヒダにあたる生ぬるい風を『感』じ、日の当たらない山に特有の土の匂いを『嗅』ぎ、落葉の空気を切る音を『聴』いている。


 味覚があるかどうかは分からない――つーか、口が無いんだからあったらおかしいんだが、あってもそれはそれでいい。


 オレは現実をもう受け入れた。


 そうだよ! オレはキノコに転生したんだよ!

 神様の馬ッ鹿野郎!(エコー)


 しかし、その残酷な現実を受け入れて、それで――。

 それでどうする。

 次に何をなすべきか、分からない。


 というか、何ができるのかもわからないのだ。


 体を少し動かすことはできるものの、木の根元に根を張っている以上、そこから移動することはできないらしい。

 だから、今は色々と頭の中で考えながらも、現状を放棄、現実逃避することにした。できることが無いから。


 悶々といろんなことを考えていると、頭の中に、何かがよぎった(頭なんてないが)。

 それは、忘れているけど何か重要なことだ。


 ――何か、オレは特別な力があるような気がする。


 中二病、乙。

 と、自分で自分に突っ込むが、喉の奥に何かが引っかかったように、しこりが残る。


 オレには何か特別な力があるはずだ。

 そして、その力は、この現状を打破するのに役立つかもしれない。

 オレはそう確信していた。




 ■




 深夜。

 きっと皆さんぐっすりとお休みの時間。

 オレも家のベッドで寝ている筈の時間。


 だが――キノコに快適な睡眠など無い。


 なぜなら、眠くならないからだ。というか、眠らないからだ。

 もしかしたら眠る方法があるかもしれないが、目を閉じて(比喩表現)視覚を封じても、そこに眠りは訪れない。

 夢を見ることもない。


 なんでだろう。

 そのことを少し悲しく思うのは。

 もしかしたらこれまで当たり前に思っていた人間の体が恋しくて懐かしいのかもしれない。


 夜に眠れなきゃ、恋しい地球を夢に見ることすらできない。


 そういえば、……最後に見た夢って何だったっけ。

 そんなに悪い夢でもなかった気がする。

 そうだ、空を飛ぶ夢だ。


 空を飛ぶ途中で見た景色はなかなかに壮観だった気がする。

 どこか幻想的で、美しい世界だった。

 巨大な『塔』があって、それに寄り添うように人の住んでいる町があって、森や山岳と自然と調和していた。


 だが、夢で見た景色を想像して妄想に耽っても空しいものは空しい。


 もっと楽しいことでも考えるか。

 「眠らないってことは……やったぜ人生二倍」とかふざけたことを頭の中で考える。


 しかし、あまり面白い気分ではない。夜には眠って安らぎを得るのが人間としての正しさというものだろう。今はキノコだが。


 でもしばらくすると、視界を封じ続けるのも億劫になって、目の前を見渡す。目の前というか、オレはその気になれば自分を構成する細胞のあらゆる部分から周りの状況を見ることができるので、見たい方を見渡したと言った方が正確か。


 特段、意味のない行動だった。だが――見つけてしまった。


『ギーギー……』


 ――そこには、歯を鳴らし低く不協和音を響かせる、一匹の獣がいた。


 オレの遠近感がおかしくなければ、そのネズミのサイズは大きな犬と同じくらい。

 ただのネズミではない。

 少なくともオレが知ってる前世のネズミとは全然違う。


(……)


 息を呑む(口なんてないが)。


 そのネズミには、触手が生えていた。

 ネズミの肩の手の付け根のあたりから、左右それぞれ3本の触手が、うねうねと生えていた。

 視ただけで正気を失いそうだ。


 さらに、ネズミの眼は赤く光っていた。

 LEDでも入ってんのかよ、と愚痴りたくもなる。


 生理的な気持ち悪さを感じるその触手が、オレに伸びてくる。


 ネズミがキノコを食べるという話は聞いたことがない。

 そもそもキノコを人間以外が食べる印象がない。


(毒の可能性もあるので食べないでください)


 とオレは頭の中で喋る。

 当然音は出ていないので、ネズミの行動に何か影響が及ぶわけではない。


 他にできることと言えば、そうだ!

 オレは体をゆすって、


(オレは悪いキノコだよ。だから食べないで)


 と、表現。


 人間だったら、こんな気持ち悪い、勝手に動くキノコを食べたりしないだろう。

 オレだったら食べない。

 そもそも自生する良く分からんキノコを食べるようなクレージーなことはしない普通。


 だが、抵抗空しく、触手ネズミはオレの体に向かって触手を伸ばしてきた。

 ネズミに常識を期待したオレがバカだった。


(やめろぉー)


 ああ、オレの異世界生活。


 追放されて凄いスキルが発現してざまぁしたりとか。

 侯爵令嬢を偶然にも助けてしまって、お気に入りになるとか。

 魔法の神髄に気づいて世界最強の力を手に入れてしまったりとか。


 そういうの一切なく、キノコに生まれ変わって食べられて死ぬことになろうとは。

 運命はなんて残酷なんだろうか。


(せめて痛みがないと良いな……)


 ネズミの触手に捕らえられ――その口へと運ばれる途中で無駄な抵抗を諦め、オレはただそう思いながら、視覚を遮断した。

 食われる側の光景を見せつけられることがなかった――それだけでも多少はマシと言おうか。


 でもオレは! もっとちゃんとした異世界転生をしたかった!

 こんな奇をてらったみたいなやつじゃなく!

 キノコなんて、転生先の選択肢に入れてんじゃねえ!


『バクンッ』


 食われる瞬間、痛みはなかった。




 ■




 その、――触手を持ったネズミは、イノシシから逃げている最中だった。

 雑食で、植物や昆虫を餌に生きていたネズミだったが、どうあっても格上の生物に勝つことはできない。


 触手は便利だが、それだけで食物連鎖の頂点に立てるなどと、ネズミは思いあがっていなかった。

 イノシシは途中で別の獲物を見つけたのか、ネズミを追いかけるのをやめた。


 ネズミは別にそれを気の毒に思ったりはしない。

 イノシシに追われることになった奴を、馬鹿な奴だと蔑んだ程度。


 疲労と空腹を感じる。

 しかし、昆虫などの獲物が近くにいるわけでもない。


 近くに何か食べるものが無いかと、適当に視線を彷徨わせると、ネズミは木の根元にキノコを見つけた。


 ネズミの脳は、それを食物だと認識していなかったが、触手がそちらへと伸びた。


 不可解に感じるも、ネズミはそれを人間が食べているのを見たことがある。

 あるいは、自分も食べられるのかもしれないとネズミは考えた。


 そして、触手の指す先――木の根元のキノコに近づくと、そのキノコへと触手を伸ばし、そして、口へと運んだ。


 ネズミにとってそれは、生まれて初めてキノコを食べた瞬間だった。だが、まずくはないし、口へ入れて違和感もない。


 キノコを食べて腹が膨れたネズミは、木の陰に隠れて眠る。


 ネズミは夢を見た。

 それは、『日本』という謎の世界で、生まれてから死ぬまでの夢だ。

 記憶が混ざるような感覚を感じつつも、それを受け入れながら。




 ■




 現在の視点――少々高め。


 オレはネズミの額に生えるキノコに転生した。


 転生っつーか、起きたらネズミの額に生えていた。

 わけわかめ。


 ネズミはオレの動きたいように動いてくれる。

 横へ体を向けようとしたら、ネズミの体が横に向くし、声を出そうとしたら『ギュッギュッ』とかいう声が出た。

 試しに日本語を話してみようとしたのだが、発声の器官が発達していないのか、無理だった。


 オレはこの状況をどう捉えればいいんだろうか。


 オレはあそこの木の根っこに生えているキノコだったはずだ。


 近くを確認して場所は離れていないことが分かった。

 ただ、空を見れば時間の経過が読み取れる。

 昼間になってるからね。


 ただ一つ、先ほどと違うことがあるとすれば、今のオレの体は『ネズミの頭の上に生えているキノコ』だということだ。


 まさかとは思うが、オレは、オレを食べた動物の体に寄生して、その動物をコントロールする能力があるのだろうか。


 取り敢えず、オレはこの体を自由に動かせる力を手に入れた。

 ネズミの足を動かせば、上下左右に自由に動ける。


 しかし、よりによってこのネズミとは。


 便利と言えば便利なのだろう――触手を自由に動かせば、この体ならばいろいろなことができそうである。


 キャッチボールでもスマホのフリック操作でも楽勝だ。

 人間の手くらいには使えるだろう。

 しかしながら、正直に言えば、いつまでもこの状態でいるのは避けたい。


 なにせ、触手と言えばエロとセットだ。

 こんな姿ではご婦人方の前には出られないだろう。


 女の子と仲良くなりたいオレにとって、それは問題だ。


 ――とまあ、冗談は置いといて。


 さっきまで地面に生えていたキノコと比べれば、今のオレの状況は、動けるようになっただけマシと言える。


 目標はまずは、情報収集。

 そのためにも――僕は遠くを指さして言う。


『ジッジッジジ……?』


 おっとそうだ喋れないんだった。

 オレが次に向かうべきは遠くに見える人工物!


 木々の隙間から見える、あの巨大な塔を目印に、行ってみよう。


 そんなことを思いながら、オレは、10本の足(前後ろ足+触手)で森の中を駆け巡って行く。




 ■ ???




 ほぼ同刻。

 とある風光明媚な城の中。


 自室の窓から外を眺め、何かを諦めたかのように息をつく一人の少女がいた。

 異様なことに彼女の肩には――子供の竜が乗っていた。


『きゅう……』


 子竜が啼く。

 それはどこか物悲しく、少女の内心を象っているようだった。

 少女もまた、自身の運命を予感していた。


「父上も母上も聞いてくださらなかった。でも、その日は近いうちに必ず来てしまいます」


 それは、誰に向けたわけでもない呟き。

 それは、誰かに吐き出したい呟き。


 自分に竜でも何でも払いのけられる力があれば。

 誰でも言うことを聞いてもらえる人徳があれば。

 肩に乗っかっている子竜が竜に育つまで、時間があれば。


 この世界を維持する、あの巨大な塔から『預言』を得てからこれまで――。

 今も刻々と経過するこの無意味な時間が、自分の足りなさを自覚させていく。


 時間がない。やるべきことをしなければ。


「そのために……、『塔』は私を遣わされたのだから」




 ■ ???




 ほぼ同刻。

 森に作られた、木を丸ごとくり抜いたツリーハウス、その一室。


 そこには、この世に生まれおちたその時から親がおらず、天涯孤独の少女が住んでいた。

 ――それは常人にとって聞くも涙語るも涙の如く、暗く重い身の上だろう。


 しかしこの少女、何も気にしてなかった!


 現に――、


「フフフ……これで、ネムクナクナールV2……完成、するはず」


 怪しい声が響く。

 森に染み渡る少しかすれ気味の美声に、誰も何も近寄りたがらない。

 人も魔獣も、すべてだ。


「ほらほら……これで、どうかな?」


 その次の瞬間――。


 バフン!――そんなコミカルな音とともに、大きな煙がツリーハウスの窓から放出される。


「あー……失敗、だ……あは」


 少しだるそうに扉を開けて出てきたのは、本来あるべき白く輝く美しい毛髪に、多量の灰を被る少女だ。


 マスクとゴーグルを付け、黒いローブを着ている。

 彼女の姿は、この森の中にあって特に、奇異に違いなかった。


 彼女はすぐにゴーグルを外す。

 明かされたその目下には、真っ黒の隈が刻まれている。


 徹夜で実験していたのか、あるいは何か健康に悪い薬でも飲んだのか。


 そのどっちも有り得るのが彼女の性質だ。

 吸い込んだ煙を吐き出すと、彼女は自分の家の方を振り返る。


 家の心配というよりも、彼女が心配しているのは――、


「薬の材料、大丈夫かな……?」


 彼女自身がどう思っているかはさておき、それはまさしく森に潜む『魔女』の様相であった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きのこ転生 ~胞子になって異世界を生き抜く~ yアキ @ACHHIR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ