五話

「でもさ、もうちょっと頑張れば、実は超仲良くなれるヤツも居るかもしんないぜ。もっと心通わせることのできる相手が、さ。健史先生のスタンスはそういう可能性を殺してることにならない? 気が合う・合わないで考えを終わらすってのは建設的じゃない。常に、道を模索し続ける精神をもたないと」


よく言うよ。脇で聞いていて思った。自分だって健史先生とほとんど同じ考えのクセに。

私はまた心の中で笑った。と、心の中で笑うのは今日二回目。いや、三回目だっけ。


「俺だってお前の言いたいようなことも当然考えたさ」

健史先生が再び諭しにかかる。

「そういったことを考えても、結局はね・・・」


「あははは」

コピー機から笑い声があがった。エリカが健史先生と、彼の、やりとりが可笑しいので声をあげたに違いない。

私もつられて笑ってしまった。



 授業の終了後、私と彼は一緒に帰ることになった。電車の駅が途中まで一緒なのだ。ホームには何人かの人間がホームのベンチに腰かけていた。真剣に本を読みふける女の子。制服を着ている。身なりや風貌からして高校生であると思われた。

 どこの高校の子だろうかと、一瞬そんなことを考えた。ホームのはるか前方で、男の人が携帯で何やら喋っている。よく通る声で、時々ホーム中が彼の大笑いの声に支配される。酔っているに違いない。私は電光掲示板に目をやった。電車が来るまであと三分くらいだ。



「今日もいつもより来るの遅かったじゃん」

彼が、話しかけてきた。

「うん、ちょっと。コルトンで時間潰してたら遅くなっちゃった」

嘘をついた。必要な嘘を。”コルトン”とは例のショッピングモールのこと。正確にはその略称だ。

「歩き?」

「ううん、自転車」

「だよな。コルトンは本八幡と下総中山のちょうど中間くらいだし。どっちの駅からでも歩くのはメンドい」


「ねえ、また映画でも観に行かない?」

彼をデートへ誘ってみる。

「めずらしいな、京子からデートに誘ってくるなんて」

半分の驚きと、半分は嬉しさがこもった表情を、彼は浮かべていた。

「来週の金曜日はどう?」

「金曜かあ。金曜は学校もあるし、夜は飲み会なんだ。ごめん、京子」


残念そうな顔を浮かべている。

「そっか。じゃあまた今度行こ」


「土日のどっちかは無理なの?」

彼がすぐに訊いてくる。


「・・・まだちょっと予定が分からないんだ。ごめんね」

本当は行けるのに。こんな風にとっさに応えてしまう。どうしてだろう。



 構内アナウンスがもうじき電車が到着することを告げた。それとほぼ同時に向かい側のホームに電車が到着し、そこから人が溢れだす。反対側は帰宅ラッシュの人でいっぱいだった。

 先程ホーム前方に居た男の人が、こちらに向かって歩いてくる。酩酊しているせいなのかどうかは分からないが、何やら独り言をぶつぶつ呟いている。


 近くで見ると小学校の時の担任の先生に似ていた。男の人は私と彼の後を通り過ぎ、ベンチで本を読んでいる女の子の方に近づいていく。


 私は胸の鼓動が速まるのを感じていた。どうしてだろう。

これについても疑問に思うも、その理由は分かっている。反対側の電車が遠ざかっていく音と、こちらに流れてくる電車の音とが重なり、なんだかとても不快だった。

 ところが、男の人は女の子の前をそのまま通り過ぎて行った。


「どうかした?」

口の動きから、彼は、恐らくそう言ったのだろう。

少し間を空け、電車に乗ってから私は

「ううん、何でもない」

と、彼に伝えた。

 

 多分、少し震えてもいたのだと思うけれど、とっさに腕を組むフリをしてごまかす。彼に、づかれないように。

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