染める私のおはなし・結

 突然、枕の横に伏せていたスマホが鳴った。私に電話をかけてくる人なんてごく限られている。どうせ柚木さんからの様子伺いに違いないと思っていたけど、ディスプレイには、まさかの名前が表示されていた。


 びっくりしすぎて頭が真っ白になった。


 偶然にしてはあまりにできすぎているけど、私には自分の思念を離れたところにいる人に飛ばす能力なんかない。私にできることは色を変えることだけのはずだ。


 訳がわからないまま、震える手で受話アイコンをタップする。


「色葉、久しぶり……元気してる?」


 スピーカーから聞こえたのは、忘れるはずもない声。けれど、それでもまだ信じられなかった。


「そこそこ元気だけど。ほんとに葉月なの……?」


 混乱しながら、ようやくそれだけを絞り出す。


「うん。ごめんね、メッセ無視したりして。ずっと連絡するのが怖かったんだけど、なんか急に色葉のこと思い出しちゃって」


 怖かったとは、いったいどういうことなんだろうと思いながら、私は黙って葉月の話を聞いた。そのあいだ、心臓が耳の中でずっとバクバク鳴っていた。




 私たちがすれ違ってしまった理由は、些細なことだったらしい。


『超能力者って、そうじゃない人のことバカにしてるものなんだって。選民思想ってやつ? 嫌だよねえ』


 と、高校の友達が何かの流れで言ったという。話題はすぐに他に移り変わったらしいけど、その言葉は葉月の心に深く突き刺さった。確かにそんな人もいるけど、みんながみんなそうではないし、もちろん私もそんなことを思ったことなんかない。


 けれど当時、何もかもに疲れ切っていた私は葉月からの誘いを断り続けていた。これが悪いほうへはたらいた。


 絶対にそんなことはないと、その日も葉月は私を誘うメッセージを投げたけど、私からの返事は『ごめん、行けない』


 これが原因で、葉月は疑心暗鬼になってしまったらしい。


「色葉はすごい力を持ってるし、超能力者の学校に行って、周りの人と仲良くしたら、能力がない人なんてって思うようになったのかなって。でもしょうがないかな、私だって高校に行って、周りに合わせてたらちょっと変わったし。もう仕方のないことだから、諦めることにしたの」


 葉月はだんだん涙声になっていく。私も、同じように目頭が熱くなっていた。離れててもちゃんと想ってもらえていたのに、それを切ってしまったのはやっぱり私だった。


「ごめんね、葉月。私、自分のことばっかりだった」


 悔しさと嬉しさが、ぐちゃぐちゃに混ざった涙が雨みたいに落ちてきた。


「ううん、大丈夫。色葉が染めたものは、今でも全部そのままだなあって思ったの。いつでも元の色に戻せるって言ってたのに。もしかしたら気持ちは変わってないのかなって、とにかく早く電話しなきゃって、ほんとにさっき突然、なんか変だけど」


 気持ちが届くはずなんかないのに、どうして、という思いは消えないけど、もうそんなことはどうでも良くなっていた。きっかけなんて、なんでもいい。


「実はちょうど今、葉月のことを考えてた。元気でいるといいなって。そしたら本当に電話かかってきたからびっくり」


 すすり泣くような声が唐突に止まった。


「うそ!? これってやっぱり超能力!? テレパシー的な!? 訓練の成果!?」


 電話越しでも、葉月のテンションが跳ね上がったのを感じた。今彼女がどんな顔をしているのかは千里眼の能力がなくたってわかる。


「違う違う。私そっちの方はさっぱりだから。ただの偶然だよ」


「え、そうなの? あーもうなんでもいい!! 嫌われてなくてめちゃくちゃ安心した。怖がらずにさっさと連絡しとけばよかったな」


「私も一緒。さっさと電話しとけばよかった」


 そこからは、一年の空白を埋めるように私たちは延々と話し続けた。明日も早いんだけど、そんなことは今日はどうでもいい。今夜はずっとずっと話していたい、そう思った。


 学校のこと、部活やバイトのこと。はたまた恋の話。葉月には想像していた通り彼氏ができたらしくて、喧嘩しながらも幸せにやっているようだ。少し羨ましくもなったけど、私にはまだ縁遠い話だ。


 今日はひたすら聞き役に徹した私だけど、次からは楽しい話ができたらいいなと思う。私に話せることは、今の学校に通い始めて一年半にしてやっとできた友達のことくらいだけど――


 翠川くんは、今頃なにしてるんだろうな――?


 ふと目に浮かんだのが、彼がぬいぐるみと一緒にスヤスヤと寝ている姿だったのは、素顔はまるで年下の男の子みたいだったからだろうか。早寝なのはともかくとして、ぬいぐるみって失礼だよと、自分にツッコミを入れる。


 それから布団をかぶって、声をころしてしばらく笑った。彼のことを考えて楽しくなっている自分が、なんだかおかしくてたまらなかった。


「明日、楽しみかも」


 ひたすら超能力者の義務を果たすためだけに通っていた学校だったのに、初めてそんなことを思った。天窓から覗く月が、今日はいつもより少し眩しい気がした。

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