Colour 2

 息を弾ませながら上りきったものの、やっぱり彼の姿は無くて、私は自分のひざを抱えるようにしてその場にへたり込んだ。


「あーあ、名前くらい聞いておけばよかった。でも、あれだよね。名前なんて聞いたら変に思われちゃうよね……」


 ひとり言を呟きながら息を整え、ゆっくりと立ち上がった。次の瞬間、少し離れた教室から、バッグを持って出てくる彼と目が合い、私はびっくりしながらも嬉しくて。でも緊張からか、その場から動くことが出来ずにいる。


「あれ、どないしたんや?」


 微笑みながら、目の前まで歩み寄ってきてくれたけれど、私はさっきよりも意識してしまって、しどろもどろになってしまう。


「あ、あのですね、お礼にジュースでもどうかなーなんて、思って……」


(ちょ、なんでここでジュースなのよ?)


「お礼て、そんなんしてもらうほどのことやない思うけど」

「そうですよね。じゃ、じゃあ……名前、なんていうんですか?」


(って、さっき名前なんて聞いたら変に思われるだろうって思ったばっかじゃん!)


 自分につっこみながら、あたふたする私の顔は今、汗Maxという感じで頬だけではなく、耳までもが真っ赤になってしまっているのではないだろうか。


「そんなん聞いてどないするん?」

「いや、その……」

「ま、ええけど」


 くすっと苦笑して、その人は「三浦真咲みうらまさき。これでええか?」と、教えてくれたのだった。


「で、そっちは? なんて名前なん?」

「春田莉生です。1年です……」

「俺も1年」

「えぇっ!?」


 同い年だと判って、私はあからさまに驚いてしまった。変顔にでもなっていたのか、「なんやねん、その顔」と、真咲くんは私を見ながらぶはっと可笑しそうに吹き出した。


「いや、その……大人っぽいから、先輩だと思ってて」

われる」


 なんとなく、少しだけれど打ち解けた気がして、私は思い切って友達になって貰えないか尋ねてみることにした。


「あの、もしよかったら、友達になってくれませんか?」


 一瞬、驚愕の目を向けられた。けれど、すぐにそれは柔和に細められる。


「ええよ。俺で良ければ」

「ありがとう……」

「俺はB。クラスどこ?」

「私はD」

「そか。俺、部活見学してから帰るさかい」


 さっきと同じように、「ほなな」と、言って階段を下りていく真咲くんに、私も「ほなー」と、返す。

 振り返った真咲くんは、またニッと微笑わらって今度こそ階段を駆け下りて行った。


(男の子の友達、出来ちゃった。しかも、面白そうな……)


 クラスの子たちともまだ親しくなれていないのに、たった一つの切っ掛けでこんなにもフレンドリーに話すことが出来たなんて。と、自分でも半ば驚いていた。

 だが、しかーし。順調に行き過ぎると、後に困難に見舞われやすくなる、と、いうのはよくある話で、真咲くんとの出会いはもちろん、これまでのやり取り全てを後悔する日が来るなんて、この時の私は、夢にも思っていなかったのであります。



 *

 *

 *



 日差しが強まり、風に乗って中庭の花壇や運動場から初夏の匂いがするようになってきた今日この頃。その間、それぞれが部活に所属したり、中間テストなどを無事に乗り越えたりするなか、私たちは来る体育祭に向けての準備などに追われていた。

 お馴染みの種目である、リレーやら綱引きやら、障がい物競走やらも楽しみだけれど、これまでとは違う本格的な応援合戦が、ある意味メインみたいなところもあり、各クラスから二名ほど応援団員を選出するため、HRを使っての話し合いの最中だったりする。


「希望者いますか?」


 実行委員の斉藤光洋さいとうみつひろくんが、教卓きょうたくを背に黒板を見ながら呟いた。それに対し、男子数名が前へと集まり、じゃんけんを始める。

 その結果、うちのクラスからは葛城優也かつらぎゆうやくんと、真壁大維まかべだいすけくんに担ってもらうことになった。

 子犬みたいにはしゃぐ葛城くんに対して、真壁くんは少しクールなところがあって同じ年とは思えないほど落ち着いている。

 委員長からの締めの挨拶後、丁度HR終了の予鈴が鳴り響いた。


「成宮さんも、応援団員やってくれたらいいなぁ」


 愛美が横向きに座り直して、キラキラと目を輝かせる。

 3年生の成宮優紀なるみやゆうきさんは、一言で表すならば、アニメの世界から飛び出て来たような人って感じ。愛美曰く、声優さんみたいなイケボもたまらないのだとか。全女子生徒の憧れっていっても過言ではないくらい。

 私としては、完璧すぎてどこか近寄りがたいイメージがあったりする。


「でね、今は彼女いないらしいんだ」


 愛美が、照れながらも嬉しそうに言うから、私もつられて笑みがこぼれる。


「へぇ、いないんだ?」

「うん。だからね、告ろうかと思って」

「え……」


 愛美のドヤ顔が間近まで迫る。私は、すぐに苦笑で返した。


「マジで?」

「だって、来年卒業しちゃうんだよ。ライバルも多いから、早めにわないとね」

「もう、愛美のそういうところ……ほんと、羨ましいよ」


 と、そこへ数学の牧瀬先生が入って来て中断されてしまったけれど、前を向いて正しく座り直す愛美の背中を見つめながら、私はいろいろと考えてしまった。それと同時に、佑真くんのことを思い出して授業どころではなくなっていた。

 あれから、何度か体育館で練習している佑真くんのことを見つけることが出来た。けれど、どうしても初日の彼の言葉が脳裏によみがえってしまって、近づけないでいる。


『あの、ごめん。知らない……です』


 彼女になんてなれなくてもいい。でも、昔のように友達として付き合うことが出来たら、どんなに楽しいだろう。そんなふうに考えると、今のままではまた後悔することになる。

 だからといって、しょっぱなから最悪な印象を与えてしまっている以上、どうしようも出来ないわけで。

 あの頃からの想いは消えないまま、体育祭当日を迎えてしまうのだった。


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