おはぎ

牛屋鈴子

おはぎ

 祐介はおばあちゃん子だったが、どうしても許せないことが一つあった。おはぎを食べさせてくるのである。

 5歳の頃、初めて祖母手作りのおはぎを食べた時、どうにも自分はこれが嫌いだと祐介は気付いた。しかし、子供心に祖母を気遣い、それを黙っていた。そして何度もそんな調子を繰り返すものだから、祖母はすっかりおはぎが祐介の好物だと勘違いし、ますますおはぎを祐介に出すのだった。

 祐介は中学生になると、いよいよ我慢できなくなって、本当はおはぎが嫌いだと祖母に打ち明けた。祖母はもの悲しさで胸をいっぱいにしつつも、彼の一大決心を受け止めた。

 次に会うとき、祖母は全て忘れて祐介におはぎを出した。祐介は全てを諦め、これからもおはぎを食べ続ける覚悟をした。


 しかしそれからすぐに祖母は死んだため、その覚悟は無用のものとなった。


・・・・・・


 祐介の歳は二十を越え、仕事もしていた。

 ある日、職場の皆とピクニックに行くことになった。昼食は各々が一品ずつ持ち寄り、それを分け合うという決まりだった。皆がサンドイッチやら洒落たものを並べる中、静香という女性はおはぎを持ってきていた。

 皆が思い思いに料理を分け合う中、皆に「自分には合わない」と思われたようで、静香が持ってきたおはぎは一つも減らずにレジャーシートの隅に鎮座し続けていた。その隣で静香も沈痛な面持ちを隠さないでいたので、それも相まって、皆の中で「あれだけは食うまい」という暗黙の合意がなされていたかのようだった。

 それを見て、祐介はもの悲しそうな祖母の顔を思い出した。そして自分がこの中で最もおはぎを嫌っていることを自負しつつも、そのおはぎに手を伸ばした。

 食べてみて、祐介はとても驚いた。記憶の中にあったおはぎとは及びもつかぬほど、そのおはぎはおいしかったのである。

 祐介が顔を綻ばせるその様子を見て、周りも惹かれ、暗黙の合意は破られた。


・・・・・・


「なんで、静香さんの告白を断ったんだ」

 下世話な同僚が、職場で休憩している祐介に話しかけた。

「この前のピクニックで、わざわざ媚を売っていただろう」

「あれはそんなつもりじゃない。ただ祖母のことを思い出しただけだ」

 同僚は言葉の意味を図りかねていたが、祐介はわざわざ説明することもしなかった。

「いずれにしろ、好きだと言ってくれているのだから応えてやればいいのに、他にそういう相手が居るわけでもなし」

「恋だのなんだのは、俺にはまだよく分からない」

 その言葉を聴き、同僚は失笑した。

「何を子供みたいなことを」

 子供なんだから仕方ないだろう。と、祐介は思った。本当に大真面目にそう言い返しそうになったのだ。しかし直前に、自分が二十を越えた男であることに気付き、留まった。


・・・・・・

 

 静香は緊張していた。自分の告白を断った男に「おはぎを作ってほしい」と家に招かれ、おはぎを作っていたからである。

 意図が分からず、また聞けもしないでいる内に、静香はおはぎを作り終えた。

「いただきます」

 祐介はそのおはぎを食べて、顔をしかめた。

「おいしくなかったですか?」

「いや、おいしい。ただ、君に伝えるのを忘れていた。今日は普通のおはぎが食べたかったんだ」

 祐介はまずいおはぎを食べて、あの頃の気持ちに浸りたいと思っていた。

「手間だろうけど、普通のおはぎを作り直してくれないか」

「いや……今つくったのが、普通のおはぎです」

「そんな馬鹿な」

 これだけおいしいのだから、普通のそれとは違い、何か特別な工程をいくつも踏んで作られているのだろうと、祐介は勘違いしていた。

「本当に、これが普通なの?」

「はい。調べれば一番に分かる方法で作っていますから」

 それを聴き、少し考えたあと、祐介は一人で笑った。

「どんな作り方したらあんなにまずくなるんだよ、おばあちゃん」

 祖母のおはぎがどうしてあんなにまずかったのか、祐介に確かめる方法はない。

 ただ一つ確かなことは、あのまずいおはぎはもう二度と食べられないということである。

「静香さん、一度断ってしまったけど、よければ恋人になってくれないか」

 えっ、と驚いて少し呆けたあと、静香はおずおずと頷いた。

「でも、どうしていきなり」

「俺ももう大人だから、恋の一つでも知ろうかと思って」

 祐介は祖母が死んでからたった今までの時間の分、一度に歳を取ったような気持ちになった。


 




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おはぎ 牛屋鈴子 @0423

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