愛する女性のために

三鹿ショート

愛する女性のために

 私は、彼女を愛している。

 ゆえに、愛する彼女のためならば、私は何でもする所存である。

 彼女の笑顔のためならば、阿呆を演ずることに対して抵抗はなく、彼女を悲しませた人間が存在するのならば、襟首を掴んで彼女の前まで連れて行き謝罪をさせる。

 彼女に利用されたとしても気が付かないのではないかと心配をしてくれる人間も存在するが、愛する人間に対して尽くそうという気持ちは、当然のことではないだろうか。

 たとえ彼女が私以外の相手と深い関係にあったとしても、私に対する愛情を無くさない限りは、私は彼女との時間を大事にしようと考えていた。

 おそらく、私ほど人生が充実している人間は存在しないことだろう。

 見習うべきだとは言わないが、真似をして損は無いと言える。


***


 会社の後輩である女性は、私に懐いていた。

 常に笑顔を向け、負の感情といったものを見せることはなく、それと同時に、やたらと食事に誘ってくるのだ。

 昼食ならばともかく、夕食となると話は異なる。

 私は、彼女に食事を作らなければならないからだ。

 彼女のためにも、後輩の誘いに乗ることは今後も無いだろう。

 だが、何度断ろうとも、後輩が諦めることはなかった。

 同僚にそれとなく相談すると、

「おそらく、きみに対して特別な感情を抱いているのではないか」

 私は、後輩に申し訳なさを覚えた。

 彼女と交際していなければ、その愛情を受け入れる可能性もあっただろう。

 しかし、今の私には、彼女という素敵な女性が存在している。

 彼女のことを後輩は知っているはずだが、それでも愛する相手に夢中になってしまう気持ちは、理解することができる。

 ただ、後輩の想いが空回りで終わるということには、同情した。


***


 私が彼女のために食事を作っているのは、彼女が体調を崩しているためである。

 これまでは当番制で食事を作っていたのだが、ある日を境に、彼女は寝台から起き上がることができなくなってしまったのだ。

 痛むところはなく、熱も無いということだが、何をするにしてもやる気が湧かないということだった。

 彼女は多感ゆえに、精神的な不調なのだろうと考え、私は家事の一切を引き受け、彼女を支えることにしたのだ。

 何時まで私が一人で支えなければならないのかは不明だが、それが重荷だと感じたことは一度も無かった。

 だが、欲を言えば、用意した食事を一口は食べてほしかった。

 せっかく用意したものを無駄にされたくはないということではなく、栄養が無ければ体調はいっそう悪くなるからだ。

 そのことを伝えようとするが、その言葉によって彼女が追い詰められてしまうのではないかと不安になり、結局、私は何も告げることができなかった。


***


 私に対する後輩の態度が一変したのは、後輩が休暇から戻ってきてからのことだった。

 私に笑顔を向けることがなくなったばかりか、声をかけてくることもなくなり、そして、私を見るたびに化物を見たかのような怯えた目つきをするようになった。

 食事の誘いを断る度に抱いていた申し訳なさが無くなったことは喜ばしいが、一体、後輩に何があったのだろうかと気になった。

 しかし、気にしたところで、私の人生に大きな影響があるわけでもない。

 以前よりも自分の時間を取ることができるようになり、私は彼女のことに集中することができるようになったのである。

 これは、私の望んでいた展開だった。


***


 ある日、突然彼女の友人が連絡してきたのは、彼女からの連絡が途絶えたということが理由らしい。

 弱っているゆえに、他者との交流は避けたかったのだろう、私は彼女の友人に事情を話した。

 その結果、心配のあまり、彼女の友人は、我が家を訪問させてほしいと頼んできた。

 良い友人を持ったものだと思いながら、私はその申し出を受け入れることにした。


***


 手土産を持って我が家を訪れた彼女の友人としばらく雑談を交わした後、迷惑でなければ一目でも会いたいと言ってきた。

 彼女の友人を居間で待機させ、私は彼女に、会っても平気かと尋ねた。

 返事が無かったため顔をのぞき込むと、どうやら眠っているらしい。

 寝ているのならば、見られても平気だろうと考え、私は彼女の友人を室内に案内した。

 その瞬間、彼女の友人の態度が一変した。

 それまで相手を安心させるような笑みを浮かべていたが、彼女の姿を目にした瞬間、目を見開くと同時に、悲鳴をあげたのだ。

 彼女の姿を見てそのような声をあげるなど失礼ではないかと告げると、彼女の友人は震える指を彼女に向けながら、

「明らかに死体ではないですか。一体、何時からこのような状態なのですか」

 何を馬鹿なことを言っているのか。

 彼女は体調が悪いために、寝込んでいるだけである。

 確かに顔色は優れているとは言えないだろうが、それにしても、死体呼ばわりは失礼にも程がある。

 あまりにも怒りの感情が募ったためか、私は彼女の友人の首に手をかけ、力を込めた。

 動かなくなった彼女の友人を裏庭に埋めるべく、勝手口に向かう。

 勝手口を出たところで、私は何かが落ちていることに気が付いた。

 それは、後輩が日常的に身につけている装飾品だった。

 何故、このようなものが落ちているのだろうか。

 まさか、無断で我が家に入ったということなのだろうか。

 そのような行為は、たとえ親しい後輩であろうとも、許すことはできない。

 私は後輩を呼び出し、然るべき対応を取ることにした。

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