ボドゲ部の(仮)がとれる話

くれは

ボドゲ部(仮)の役目

 高校三年生になって二週間。

 春休みの間は不意にわきあがってくるにやつきを抑えられなくなっていたり、ひとり部屋の中を転がったり、瑠々るるちゃんから届くメッセージにそわそわと落ち着きのない空気を感じてしまったり、こういうのってなんていうのか。

 そう、ふわりとぬるんだ春風に浮き足立つような心地だったのだけれど。

 さすがにそろそろ落ち着いてきた頃合い──少なくとも自分では落ち着いてきた、と思っていた。

 そんな放課後。


 瑠々ちゃんは今日は友達とフラペチーノを飲みにいくのだそうだ。

 スマホ越しのそんなやりとりから顔をあげれば目が合って、お互いになんとなく照れくさくて、控えめに微笑み合って、それからそっと目をそらして、ひととき時間を共有したという幸せを噛みしめる。

 そうして友達と連れ立って教室を出てゆく瑠々ちゃんを見送った後に、俺を訪ねてきた生徒がいた。


かど、お客さん」


 クラスメートの声に教室の入り口を見れば、まだ新品の制服が見えた。緊張した面持ちの新入生の男子。

 心当たりのなさにぼんやりしていたら、クラスメートは言葉を続けた。


「ボドゲ部の人って角のことだろ」


 そうか、ボドゲ部(仮)カッコカリに用事か。そう納得して、俺はいつものカホンバッグを背負って、その新入生のところに向かった。




「ボドゲ部に入りたいんです」


 その新入生の男子は名乗るよりも先にそう言った。突然の言葉にどうしたものかな、と考える。

 なんだか、活動をやめようと思って、とは言い出せなかった。そう言って話を終わらせてしまうには、目の前のその男子は、あまりに真剣で切実な顔をしていたから。

 ボドゲ遊びたいよね、わかる。俺も遊びたいから、よくわかる。


「ちょっと、話をしようか。仮の部室もらってるから、そこで良い?」


 俺の言葉は返答の先送りだったのだけど、それでもその男子はほっとしたような顔を見せた。それで余計に断りにくくなっちゃったな、と考えて歩き出す。


 校舎四階の一番端っこ、小さな物置のような小部屋、第三資料室。

 瑠々ちゃんと俺の、二年間の思い出が詰まった場所。そう言ってしまうと、なんだか照れくさいけど。

 そこに他の人が入るのは、多分初めてだ。


 新入生男子とふたり、第三資料室に入ってその鍵を長机の上に置く。

 俺がカホンバッグを降ろして長机の上に置けば、新入生男子も自分のリュックを長机の上に置いた。


「それで、ボドゲ部に入りたいんだっけ」

「はい!」


 食い気味に返事が返ってくる。期待の眼差しで見詰められる。

 俺は後頭部を掻き上げて、申し訳ない気持ちで口を開いた。


「実は、ボドゲ部ってまだ正式な部活になってなくてね。部員がずっと、俺と、もう一人しかいなくて」

「三人になれば正式な部活にできるんですよね。俺が入れば、三人になります」

「そうなんだけど。俺ともう一人は三年生で、受験もあるし、だから、活動もやめようと思っていて。だから、君が入ったとしても一緒に遊べるかは」

「俺の友達が、ボドゲの経験はないけど、入って遊んでも良いって。あ、それにもう一人、入ってくれそうな友達に心当たりあって。だから、一年生だけで三人、集められます。ボドゲも遊べます」


 瞬きをして、その新入生男子の顔を見下ろす。そこまでしてボドゲを遊びたい気持ちに共感はあって、自分が一年生のときもきっとこんなだったんだろうな、なんて思ったりして。

 このまま失くなっていく場所だと思っていたけど、こんなふうに繋がっていくのも悪くはないのかもしれない。

 そう思えたのはきっと、お互いにボドゲが好きなことは信頼できるという、そんな気持ちがあるからだ。


「じゃあ、部室の管理も含めて、任せても良いかな。部員が三人増えた申請をすれば、正式な部活になると思う。その辺りの申請とかも任せるよ。顧問は名目だけだけど──」


 長机の上に置いた鍵をそっと向こうに押しやりながら話せば、新入生男子は「ちょっとごめんなさい、待って、待ってください」と慌てて、スマホを取り出してメモを取り始めた。

 そのペースに合わせながら、必要そうな事項を伝えてゆく。

 そうやって、非常に簡素ながら引き継ぎ資料ができてしまった。スマホの画面にまとまった引き継ぎ資料を見て、新入生男子は満足そうに溜息をついた。


「ありがとうございます」

「こちらこそ。俺のわがままで始めた活動だけど、こんなふうに繋がると思うと、ちょっと面白いね」


 新入生男子はスマホをポケットにしまいながら、ちらりと俺の顔を見た。


「本当にもう、活動しないんですか?」


 俺はちょっと苦笑する。

 活動をやめるっていうのは、いろいろ考えての結果だったけど、その理由を瑠々ちゃん以外に説明するのは難しい。

 それをごまかしながら、なんとなく無難そうな回答をひねり出す。


「ずっとやってると受験ぎりぎりまで遊んじゃいそうで。キリが良いところでやめておこうかなって」

「その割に、持ち歩いてるんですね、ボドゲ」


 彼の視線は俺のカホンバッグに向いている。

 確かにカホンバッグには、いつも、いくつかのボドゲを入れて持ち歩いている。これはもう、なんというか癖のようなもので、単に持ち歩きたいから持ち歩いているだけだ。


「こうやってボドゲを持ち歩いてる方が落ち着くってだけだから」

「遊ばないんですか?」

「遊べなくても良いんだ。まあそりゃ、遊びたい気持ちはあるけどね」

「じゃあ、遊びませんか?」


 あまりに当たり前のように誘われて、俺は後頭部に手を当てた。

 ボドゲを遊びたい。そんな期待のこもった視線をまっすぐに向けられている。確かに間違いなく、彼は同類だ。

 それで気付いてしまった。どんなボドゲが好きで、どんなプレイヤーなのか、俺は何もこの新入生男子のことを知らない。あとを託すなら、きっと知らないといけない。

 俺は観念して、カホンバッグのチャックを降ろす。


「少しだけなら。それで、どんなボドゲが好きなの? 苦手なタイプのゲームはある?」


 ぱっと嬉しそうな顔をして、彼は大きく頷いた。


「俺は、そうですね、最近は重ゲーが好きで。遊んでるとゲームしてるって感じがあって。逆にパーティゲームはちょっと……ゲーム感が薄いし、騒ぐノリがちょっと苦手っていうか」

「今日はあんまり重いゲームはできないけど」

「構わないです!」


 どれが良いだろう。何なら楽しく遊べるだろう。カホンバッグからボドゲの箱を取り出して積み上げれば、新入生男子は興奮した面持ちで「遊んだことある」とか「これ知らない」とかはしゃぎだした。




 そうやって、ボドゲ部(仮)カッコカリは俺の手を離れて、ちゃんとボドゲ部になってしまったのだった。

 そんな顛末を瑠々ちゃんに話したら「角くんも一緒に遊んだら良いのに」って言われてしまった。

 そりゃまあ、俺はいつだってボドゲを遊びたい人間だけれども。


「俺にとってボドゲ部の役目はもう終わったから」


 俺がどれだけボドゲ好きかを知っている瑠々ちゃんは、ちょっと納得できないような顔をしていた。

 でも、その言葉に嘘はない。俺にとってのボドゲ部(仮)は、瑠々ちゃんと遊ぶためのものだったのだから。

 今となっては、もう、そんな理由は必要ないのだから。


 笑いかければ、瑠々ちゃんは恥ずかしそうな顔で視線をうろうろとさせてから、俯いてしまった。

 これはきっと、俺の気持ちが伝わってるからこその反応だと思う。

 そんな幸せを噛みしめて、ふふっと笑ってしまった。




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