Step 6 東から来たドロテア

第14話 東から来たドロテア


ブレーズの日記


3月!日


 イリリア(近イタリア地方)から春野菜が八百屋に入荷した。缶詰の豆も瓶詰めの塩漬けキャベツも飽きてきただで、ひっさびさにスープでも作るべって買い込んだ。

 したら帰り道、うめえ具合に先生のお客(つってもドナウ川にはしけを流してるオッサンだけんど)に出くわして、でっけぇ鰻を差し入れしてもらっただ。

 それから、なんか知んねえけど事務所に虎人が遊びに来てた。ラウル=ド=リブロンさん。映画の脚本だか小説だか書いてるんだと。すげーな。

 あと超ハンサムだ。睫毛とか超なげぇだで、びっくりしただ。上品だけんどイヤミがなくって、そんで腰とか足とか細くてエロカッコいい。パリッ子らしい。先生とイアンさんとでお茶飲んでただ。

 なんつーか、あんまキレイすぎるだで、こん事務所にいると浮いてるだな。掃きだめに鶴ってやつだべか。

 あと多分先生とおんなじか、もっと食いもん好きで、料理もよく自分でやるんだと。おらが鰻をホクホク持って帰ったから、「これだけ見事な鰻でしたら、私ならマトロート(ワインの煮浸し)にするでしょうね」とか言った。「おら作り方知んねえだ」っつったら、「それでしたらレシピレシートを差し上げましょう」だって。そんで先生が「良かったら是非夕食を一緒に」って誘った。

 んだもんで、先生とおらが生徒みてぇになって、ラウルさんから直々に作り方を教わった。まぁ簡単なもんだけんどな。

 よーするに皮ひん剥いてバターでソテーしてから、塩胡椒とサフラン少し、そんで赤ワインどばぁブッかけて、煮込んで出来上がりだ。

 ただサフランの振り具合が注意しなきゃいけねえ。入れすぎると苦くなるし、あんま少ねえとふにゃっと寝ぼけた感じになるんだと。

 イアンさんは前にソバ粉のパンケーキを作ろっつって砂糖と塩を間違える大失敗やらかしただから、見学。あん時は、おらがつまみ食いしなきゃひでえことになってただ。

 んで台所に突っ立ってるのがウゼェんで途中から野菜を切らせたら、おっせーし下手だし、イアンさんのヘタクソを知らねえ先生が「君にも苦手なものがあるんだな」って言ったもんだから赤くなってただ。

 ラウルさんは分かりやすく教えてくれた。それとそばにいると、なーんか良い匂いがした。

 煮るときとか付け合わせのソテーを作るときとか、ヘラの返しや鍋をかき混ぜる手首の使い方までこんまく説明してくれただ。触られたらゾクッとしちまった。

 大皿に盛った鰻を見て、先生が「なんというか、正視するのをさけたくなるくらい男性の一物に似ているなぁ」っつった。ラウルさんは「確かに頭を持ち上げたところを想像してしまいそうですね」って笑った。おらがついでに「だけんどイアンさんの大砲には負けてるだね」って盛り上げたら、イアンさんがガリガリ歯軋りして怒ってた。やっべぇ。

 鰻は超うまかった。なんか濃厚で脂がジュワーで、みんなして、うめぇうめぇってガッツリ食った。



3月÷日


 通り一帯の道路工事が事務所の建物の真ん前まで来てストップしただ。流感やら怪我やらで人足がいなくなったからだと。

 暇してた先生が窓からンボーッと眺めてて、いきなり「手伝ってこよう」て腕まくりして降りてった。

 イアンさんが「正気の沙汰ではありませんよ」とか「法律家としての外聞を文字通り汚す行為です」っつったけんど、「まあまあ、たまには肉体労働も良いじゃないか」て全然聞かねえの。マジで変わりもんだ。

 面白そうだで、おらも手伝いに行った。イアンさんはぶつくさ文句つけて、でも結局くっついてきた。そんでよく働いただ。先生と一緒にやりてぇなら、そう言やぁいいのにな。

 現場監督のオッサンに「フェルダーの先生にゃあ無理をなさらんでと言いたいが、あんたら二人は現場こっちで働いてもらいたいねぇ」て言われた。先生は俄然「私だって若い男だぞ」て頑張って、終わる頃にはヘロヘロになってただ。

 三人で泥だらけになったもんだで、速攻風呂沸かした。湯がもったいねぇから一緒に浴びんべ、て準備して、イアンさんは遠慮してたけんど先生が入らせた。ホントに巨根なのを先生に見せてやろうとしたら、頭ブッ叩かれた。

 ふざけてたのは先生もなのに、おらだけ叩かれるのがわけわかんねぇ。



3月Θ日


 夕方、事務所にラウルさんから電話がきた。遊びの誘いだった。先生とイアンさんとホールに行って、先に着いてたラウルさんと合流した。

 酒飲めてショウがあって踊れるとこ。先生はともかくイアンさんは初めてだったらしい。「まさか女性が裸で、裸で踊るのですか」てどもるもんだから先生に笑われてた。

 で、こん日の演目だしもんは司会者の漫談、踊り子のダンスだったんだけんど、ラウルさんがすごかっただ。

 司会者がしゃべりはじめて5分くらいで「…つまらないですね」つって、いきなりステージに上がって掛け合いをはじめて、それがまた超面白ぇから超ウケて終わりまで話し続けただ。

 そっから楽屋の踊り子を呼んで、ラウルさんの即興の振り付けでもってダンスを始めた。相手の首筋や肩やボインをなぞるみてぇにエロいダンスで、これまたウケた。

 最後にホールにいた皆で踊って終わった。おらは目ぇ付けた可愛い系のあまっこと踊ったけんど、持ち帰りはできなかっただ。

 イアンさんはフケてるけど腰細ぇのと、照れながら踊ってた。先生は背の高ぇ山出し娘にクルクル回されて遊ばれてた。

 別れ際、先生が街灯の明るいところでラウルさんの唇に踊り子の誰かの口紅がついてんの見つけた。

 で、いーないーなキスまでいって、て先生と言ってたら、ラウルさんが「じゃあ分けてあげましょう」っていきなり先生にチューしただ。むちゅ、つーかアグアグって先生がなってた。

 イアンさんが「ラウルっ」て殴りかかってもヒョイて避けた。んで「これで目立たなくなりましたね」てアハハハ笑いながら逃げてった。イアンさんが「殺してやる」て追いかけようとするのを止めんのが大変だった。

 「人前でのあからさまな侮辱ではないですか、あなたは平気なんですか」て言うイアンさんに「私は構わないよ、ただのイタズラだ。それに…ちょっと気持ち良かった」とか先生が答えたもんだから、イアンさんが嫉妬入っちまってマジギレぎみだっただ。

 あとでどんな感じだったか聞いたら「舌を絡ませられた」だと。すんげー。



3月Γ日


 村から手紙の返事来た。超うれしくって、先生とイアンさんの前で朗読した。興奮しちまって何度もイアンさんに「もっとボリュームを落として読みなさい」て言われちまった。

 チビのマリアが弟のオーギュストと結婚する。式が7月だと。そんでおらにもぜってぇ来て欲しいって書いてあって、したら先生が「行っておいで」だって。事務所も休むんだしどーせなら来ちゃどうだべっつったら、二つ返事でオッケー出た。んで、気ぃきかせてイアンさんも誘った。

 はじめはイアンさん「僕も実家に帰省しなければならないのですが」うんたら言ってた。そんじゃあイアンさんちにも寄ればいいんでねえかってったら、先生が「いいねぇ。ご両親に挨拶もしたいし、そうしてはどうだろう」て乗ってきた。「迷惑でなければだが」言うとイアンさん、めっちゃ否定してた。

 父ちゃんが倒れて左の半身がきかなくなったらしい。でも元気らしい。おらの手紙とか読み聞かせても「帰ってきたらキンタマ蹴りあげっからな」つってんだと。ひえー。

 でも、おらがトルコで買ってきたパイプが気に入って、ずーっとくわえてるらしい。へへへ。

 もう4年ぶりか。またなんか土産でも持ってくっか。なんか今から超楽しみだ。



3月¶日


 なんか、朝イチで警察に呼ばれた。先生とイアンさんが心配して、ついて来てくれた。なんだべ、身に覚えはあるけんど思ってたら、留置所に入ったなり兎人に抱きつかれた。

 「ブレーズ!ブレーズ!」て叫んだ。びっくったけど、よく見たらソフィアで助けたスリだった。半端ねぇ汚れ具合で、「おめ・っせ!臭っせぇよ!」て焦っちまった。

 地域防犯科の警官が「何しろ言葉が分からなくてねえ。難儀しておりました」て言った。おらの知り合いだからってんで丸く納めて、とりあえず事務所に連れてった。

 あんま垢で汚ねぇんで、風呂にブッ込んだ。そんでいつもみたく股ぐらの男の武器はどんな感じだべてチラ見したら全然分かんねえ。先っぽも見えねえ。

 「おめぇチンポ小っちぇえだなー」て笑って、近寄ったら湯をぶっかけられた。「何するだ!」て怒鳴っちまってから、胸があんのに気付いた。

 で、「おわわわわ!」て階下したに降りて、「あいつ・あまっこだ!」て言った。

 先生が「なに!」てカッコよく階段駆け上がろうとすんのを、イアンさんが「お止めなさい!」て食い止めた。「ああ、すまん、つい」て言ってたけんど、気持ちは分かるだ。

 湯を使ったら顔の汚れも落ちて、ちっとは見られる感じになった。詳しい事情を聞きたいってイアンさんが通訳した。したら年は14だった。おらは16って聞いたような気がするけんどっつったら、イアンさんに「君は全くいい加減に人の話を聞く」て呆れられた。

 名前は訊いても「分からない」。だけんど首に後生大事に提げてた袋ん中からマリア様の絵札が出てきた。

 イアンさんがためつすがめつ「これはイコン(聖画)ですね。下地は金、回りにアレキサンドライトとサファイア、小さい物ですがエナメル装飾はかなりの出来映えです」とか言った。

 「裏側にキリル文字が…『ドロテア』?」てことで、呼び名は『ドロテア』になっただ。

 預かるのはいいとして、ただひとつ困ったのが寝る場所だ。

 ドロテアがガキっぽいつっても、おらは一つ寝床であまっこに手ぇ出さねえなんて約束はできねえ(イアンさんがマジで軽蔑の眼になってた)、先生はまぁ一応男だしで(「そういう問題じゃない、私は紳士だ」ってプンプンした)、同じベッドにゃ寝らんねぇ。

 しばらく、おらはソファーで寝ることになっただ。

 ドロテアがウィーンに来るまでにゃ色々大変だったべなあ。女まる出しスカート姿だったら処女じゃいらんなかったはずだべ(裸を見たとき乳首チェックしただ)。おらはまだ言葉が通じる帝国臣民だけんど、あいつは違うだし。

 おらが守ってやんなきゃな。先生とか、もしかしてロリコンかも知んねえし。

 まずは言葉だな。読み書きは後。ティロル訛りをうつさねぇよー気ぃつけるべ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る