第6話  勇者あらわる

 俺はまだ生きている。その証拠に息をしている、さっきまでの状況は一変した。

 俺に襲い掛かってきたゴブリンはどういうわけかもう動かなくなっている。どうやらこの人が一撃食らわせたみたいだ。


「Gogoogoo…………!」


 ゴブリンたちは目の前の人物をみるなり倒れた仲間を見捨てて逃げ出してしまった。


「た、助かったのか…………?」


 逆光で顔ははっきり見えないがデカい奴だ。


「ゆ、勇者様…………!」


「え? ゆ、勇者様?」  


 俺に背負われたままで安堵まじりにそう呼んだ。勇者ってことはこの世界のヒーローてことか? 確かにこの状況はまさにそんな感じだ。


「あんたら大丈夫か? ……ってティーナやんか、何やっとんねん、おんぶされて」


「赤星様…………、もう大丈夫です、おろしていただけますか……」


「そ、そうだね」


 命を助けてもらってなんだが、この勇者に対して俺の気に食わんセンサーが反応しまくりだ。せっかくの密着状態が解けてしまった。


「ああそおか、その兄ちゃんか、碁ッドと対決させようゆうんは、けどほんまに大丈夫かいな、なんかえらい弱そうやで」


「な、なんだと!」


 普通ならここでストリートファイトなるところだがどう見ても勝てそうにない。この勇者は必要最低限の装備しかしていなくてたくましい体つきなのがよくわかる。くやしいが向かって行ったところで片手で持ち上げられてしまいそうだ。


「勇者様はなぜここに?」


「見回りや、見回り、魔王はいなくなってもまだモンスターはどこにでもおるさかい。この森はゴブリンの森やんか?この森に迷い込んだ人間を襲うっちゅう苦情が多いねん、んでもって来てみたら案の定や」


「そうでしたか、ありがとうございました。赤星様、この方はウロ国の勇者様です」 


 丁寧に紹介してくれたのはありがたいけど興味はないな。


「タスケテイタダキアリガトウゴザイマシタ」


 まったく、なんて陽気なオーラだ、俺が陰キャラに見えてくる。主役が交代したみたいだ。


「あんた今魔王はいなくなったって言ってたけどどういうことだ? 魔王がいなくてモンスターはいるなんて矛盾してるんじゃないか?」


 モンスターは魔王の手下で魔王の命令一つで手足のように動かせる。そういえばちゃんはモンスターの指揮権を碁ッドに譲ったって言ってたし、モンスターは魔王ありきの存在なんじゃないのか?


「魔王はこの間わしが倒したったわ、けどそれはそれ、っちゅうかモンスターと魔王に深い関係性はあらへん、魔王は報酬と引き換えにモンスターどもを動かしとっただけや、早い話モンスターどもはただの傭兵やな、報酬くれる奴がおらんくなったら働かんやろ、モンスターは魔王が作ったもんやと思てるやつ多いけどそれはちゃうで?」


「魔王を先週倒したってなんかあっさりゆうなあ、じゃあこの世界はもう平和な世界ってことか?」


「まあそういうこっちゃ、世界を支配したろう思う奴はもうおらんやろ、終わってみればあっという間やったなあ、あっはっは」


 さらりと余韻にひたっている。俺の思ってた勇者像と全然違う、勇者ってのはもっとクールで無口なイメージだ。ところがこいつは全然無口じゃない、どっちかっていうとチャラ男だ。


「そういやあんた姫様奪還作戦に失敗したそうじゃないか、魔王は倒せても女の子一人連れて帰れないとはね」


「ああそのことか、ティーナに聞いたんやな? 強引に連れ帰るだけならどうにでもなったけど、そんなことしようもんならあいつ城壁の上から飛び降りて舞うやろ」


 あっさり言い返された。筋肉だけじゃなく言葉の壁も厚い。


「君らこれから城に行くんやろ? 一緒に行こか? まだ近くにモンスターおるかもしれへんし」


「大丈夫、俺はさっきレベルアップした音が聞こえたんで」


 こんなチャラい奴とはすぐにでも解散したい、こいつと一緒にいたら俺はただの付添人になってしまう。


「ほんまに? 別に無理せんでもええで?」


「ゆ、勇者様………、様がこう仰っていますので……ここからは私たち二人だけで大丈夫です…から…」


「ふーん、さよか、ほんならええわ、わしはまだ見回り続けるわ、ほなさいなら」


 そういうと勇者は背を向けて手をチャラく振って去っていった。


「なんだいあいつは、ずいぶん軽薄な男だな、あれでも勇者なの? 勇者になる審査もっと厳しくした方がいいんじゃない?」


 勇者ってのは公務員みたいなもんだろう、職務中なら民間人に対してああいう口の利き方はないね。

 それよりもティーナちゃんが心細そうにしたのがショックだった。そんなに俺は頼りないのか、しかし悔しいがあいつに比べたらそうだろう。


「赤星様、勇者様が言われた通りもう魔王はいませんが、さっきのゴブリンのようにモンスターが滅んだのではありません。ですがお城まではもうモンスターは現れないでしょう、勇者様が近辺にいるという気配をモンスターたちは感じ取ってると思いますので」


 結局勇者の威光かよ、もういいよそれで。


「ところであいつも言ってたけどこれから君の城に行くの?」


「はい、お城に戻って国王様に会っていただきたいと思います。大方の事情は巣窟内でお話ししましたから。あとは私からの報告を兼ねて赤星様を国王様に紹介いたします」


「こ、国王様ね…、そうかティーナちゃんは国王の命令で俺を連れてきたのか」


 一国の国王、一番偉い人、立派な髭をたくわえて険しい表情で玉座に座っている最高権力者。

 その周りにはいかにも頭のよさそうな魔法使いとか、屈強な近衛兵とかが取り巻いている。そういうのは苦手だ。俺は自分の師匠にだって苦手なのに。

 だいたい 十分ほど歩いたと思う、目の中にそれらしきものをとらえた。これは知ってる、城塞都市という奴だ。ドーム何個分だろう? 囲郭都市とも言うんだっけ? 


「赤星様、到着しました。この門を通ればお城に入れます」


 石造りの城壁は防御機能が目的のためか来る者を拒むような雰囲気だ。こういう建造物は初めて見る。海外ではなく異世界で見ることになるとは。ちょっとした観光旅行気分になってしまっている。

 二人の門番が人形のように微動だにせず立っている。大丈夫かな、俺だけどう見ても普通とは違う服装だ。手に持ってる槍で、怪しい奴! とか言われて捕まらないか心配だ。


「メニーダ(おかえりなさい)! ティーナ様」


「ご苦労様、こちらの方は大事な客人ですのでこのままお通ししますね」


「え? お帰りなさいませ様?」


 今ティーナちゃん門番に様付けされた? この門番たちはさっきの勇者ほど強そうではないけど、門を守る役目を担うだけあるためか屈強感がハンパない。その人たちに様付けされるって、侍女ってのはすごい職業なの? それともティーナちゃんがすごい人なのかな? 


「赤星様、それでは参りましょう」


「え? あ、う、うん…」


 言われるがままチャンについていくしかない俺、今はティーナちゃんが頼もしく見えてくる、完全によそ者の俺は借りてみた猫のようにおとなしくしてるしかない。

 

「あ、ティーナ様、おかえりなさいませ! もしかしてそちらが?」


「ええそうよ、赤星太陽様よ、これから国王様の所に行くから、赤星様の部屋をメイクしておいてね」


「はーい、かしこまりましたあ!」


 指示を受けて元気に仕事に向かっていった女の子は、ティーナちゃんよりもすこし控えめなメイド服を着ていた。そしてまたしてもティーナちゃんを様付けで呼んだ。


「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、ティーナちゃんてもしかしてすごい人なの?」


  足を止めて耳打ちする感じで廊下にいた別の侍女仲間っぽい女の子に聞いてみた。どうやらちゃんは侍女の中でも最上位の侍女らしく、直接王の間に入れていろんな権限も持っているらしい。なんか納得、ゴブリンの言葉がわかるし、転生魔法をつかえるし、そりゃすごい人だわ。

 大丈夫かな俺、馴れ馴れしくちゃん付けでよんでるし、おんぶしたり体を密着してたし。


「赤星様? どうかされましたか?」


「い、いいえ、何でも!」


 赤い絨毯の廊下を進んでいくとまたしても槍を持った二人の衛兵が立っていた。おそらくここに国王がいるんだろう。外にいた門番と瓜二つのような感じ。しかし今度は特に何もしゃべらなかった。

 ティーナちゃんが歩いていくと二人の門番が左右分担して扉を開けた。さっきの女の子が言った通り国王の間には顔パスだ。


「国王様、赤星様をお連れいたしました」


 扉から進むとちゃんはお辞儀をした。佇まいからお城モードに入っていて緊張感が漂っている。俺も見よう見まねでお辞儀した。会見だってこんなにかしこまったことはなかった。


「おお、ティーナか、よく無事で戻った。この国で転生魔法をつかえるのはおぬしだけだからのう。おぬしがいてよかったぞ、ここまで来るがよい」


「ありがたきお言葉、身に余る喜びでございます」


 王の間はイメージ通りの部屋だった。ロープレそのままだ。王様の後ろには錫杖を持って探るような目つきをしている魔法使い風の男、そして全身鎧で身を固めた騎士風の男、その他召使のような人物が数人いて、視線を俺に注いでいるのがわかる。

 男の視線など興味はない、早くここから出たいぜ。


「さてと、遠い世界からようこそ参られた………、ウェルカム・マイ・キャッスル。そんなに固くならなくてよいぞ? 早速だが、その様子だと今回の件のことは承知しておる感じじゃのう。まあそういうことじゃ。そなたには碁ッドを打ち負かして我が娘を納得させてほしい」


「赤星様…、何かお言葉を」


「え? あ、ああ、そ、そうか…」


 お言葉をとか言われても何をどう言えばいいんだ? 天皇様のような人なんだよな? ウェルカム・マイ・キャッスルとか言ってたから意外とフランクな人かもしれん。


「えええ、こ、今回はお招きいただき…、あ、ありがとうございます…。ティーナちゃん…、ティーナさんから事情は聴きました。とりあえず全部終わるまではここにいてもいいかなあと…」


 うーん…、こんな感じでいいんだろうか、気が付けば棋士になっていてバイトの面接も就活の面接もしたことないから面と向って何かを言うのは難しい。

 俺の少し後ろに控えているちゃんはどんな顔して聞いているんだろう? もっとうまくじゃべれ、とか思ってたらヤダな…。


「国王様、ここに来る途中、私たちは不運にもゴブリンと遭遇し、巣窟へと連れていかれました。ですが赤星様が勇敢な判断と行動で私を守ってくださいました。赤星様なら必ずやマルリタ様を連れ帰ってきてくださると存じます」


「ティーナちゃん…」


涙ぐんでしまった。なんて優しい子なんだ…、俺はただゴブリンと碁を打っただけなのに…、もうここまできたら引くに引けない。姫様奪還碁、ミッションコンプリートしてやろうじゃないか。俺の魂が吠えた。


「なんとゴブリンに、それは災難であったな、それにしても太陽殿は武術の心得もありなさるとは、いやはや驚きましたぞ、人は見かけによりませんな、わっはっはっ」


「え? いやそれは違う…、そういうことは勇者が現れて…」


 なんか国王に誤解されている。しかし訂正する気にはならない、そういうことにしておこう。


「とにかく今日は疲れたであろう、ゆっくりと旅の疲れを癒すがよい」


「はあ…、それはどうも…、」


 ティーナちゃんが一礼したので俺も一礼した。


「では赤星様、お部屋にご案内します、こちらへ」


 どうやら謁見は終了したようだ。よくわからない手ごたえのようのものを感じた。なんにしてもここから出れる。なんか短時間のうちにいろいろあったな。腹もすいてきたし、少し横になりたい。


「ちゃんさっきはありがとんね、俺のフォローしてもらって。助かったし、うれしかったよ、おかげで王様ウケしたんじゃないかな」

 

 俺一人だったら手荷物検査とか尋問と化されていたに違いない。


「いえいえ、私は別に、思ったことを言っただけですよ?」


 歩きながら礼を言うとちゃんは微笑んでくれた。さっきまでのちゃんのピリピリした別人のような雰囲気は消えて親しみやすいちゃんに戻っていた。

 ぼどなくして俺は城内の客室に案内された。


「こちらになります」


 カチャリと扉を開けてくれた。


「おお! すげえ!」


 三十畳くらいはありそうな部屋だった。天井には蝋燭が何本も立っている照明、隙間なく本が並べられている本棚、そして壁にはいろんな絵が飾ってある。誰かはわからない肖像画とか風景画、歴史の一場面のような絵などが、豪華な装飾をほどこしてある額縁に収められていた。

 何千万、何億とかするんだろうか、とか思ってしまう。他にもいろいろあるけどまあとにかくいろいろと現実離れした部屋だ。


「この部屋は自由にお使いください、用がありましたら何なりとお申し付けください。テーブルの上にあるベルを鳴らせば使いの者が参りますので」


「ありがとう、ありがたくそうさせてもらうよ」


 ティーナちゃんが部屋を出ていくの見届けた後俺は、キングサイズの倍くらいあるベッドにうずうずして横になった。ふかふかの心地よさを味わっているうちにいつの間にか寝落ちしてしまった。


                     続

                   

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