第5話  ミスターゴブリンバスター

 これから碁の対局をする。子供の時からの毎日の日課、もはや体の一部だ。正直そういうところまで来るとは思わなかった。碁は一人では成立しないゲームだ。自分がいて相手がいる。 

 当たり前だけど今日は違う。当り前じゃない相手が今日の対局相手だ。

 ゴブリン、まさか人間じゃない生物と対局することになるなんて夢にも見なかった。しかも俺を気絶させた憎き敵、遠慮はいらない

 碁というのは確かに年齢性別人種、国を選ばない懐の広いゲームだ。まさか異世界のモンスターすら受け入れてしまうとは。

 


「Gogogogo? Gogogogo6,5」


 …? 碁ブリンがなんか言っている、ニタニタと余裕の笑みのようなものを俺に見せつけている。


「ティーナちゃん、こいつなんて言ったんだ?」


 俺の右斜め後ろに不安そうにちょこんと正座しているティーナちゃんに小声で通訳を頼んだ。ティーナちゃんがいなかったらどうなっていたことかと身震いする。


「お前の先番でいいぜ? コミは六目半だ、そう言っています」


 ゴブリンを刺激しないようにと小さい声だった。


「俺が先番でいい⁉ コミは六目半⁉」


 ツッコミ甲斐があるゴブリンだ、俺が先番でいいだと⁉ 有利な黒番を持たせてくれるってのか⁉ ちゃっかりコミは六目半なんて言うとは、まさか後手番の不利を補うためのコミまでちゃんと知ってるなんて…、ゴブリンをなめていたかもしれない。

 

「いいだろう、ゴブリンに俺が黒を持つと伝えてくれ」


 黒番の俺が先番ということになる。ゴブリンは小鬼ともいうらしい、それらしく対面すると子供くらいの大きさにしか見えない。しかしそれは背丈の話だ。顔つきは凶悪そのもの、正々堂々と勝負しますと言っても信じられない。

 ゴブリンは俺が初手を打つのを今か今かと持っている。打つ前にやることがある。

 俺には特殊能力、というと大げさだけど、ちょっとした特技のようなものがある。相手の棋力を測ることができるんだ。名付けて

            

           シースルー・アイ(棋力を測る目)


 俺は目に気合を入れてゴブリンを凝視した。俺の黒目が銀色に代わる、これを人間以外に使うのは初めてだ。しかもそれがゴブリンだなんてなんかショックだ。もっとかっこいいモンスターが良かった。

 時間にしてたったの一秒、それだけで相手の棋力がわかる。

 え…? ル、ルール覚えたて、レベル⁉ 棋力レベルG、それじゃ相手にならない…。いや、むしろラッキー、絶対必勝、命拾いした。一気に緊張の糸が切れた気分だ。


「ティーナちゃんやったぞ! あいつは碁を覚えたてのゴブリンだ。どう考えても負けるはずがない。ここから出れるぞ!」


 ゴブリンの面前で声が大きくなってしまったが、仕方ないだろう、勝利は保証されたようなものなんだから。でもティーナちゃんの顔は相変わらず不安の色を消せないでいる。


「赤星様、油断しないでください、相手はゴブリンですから…」


 俺に隠れるように座っているティーナちゃんは自信満々の俺とは対照的に言葉のトーンが下がっていた。相手はゴブリンだからとはどういうことだろう? なんだかややこしくなってきたけどまあいいや、とりあえず初手を打ってやる。


「まずは16の四、右上隅星!」


 基本中の基本とも言える至って普通の初手を放ってみた。まずは碁ブリンのお手並み拝見と行こうじゃないか。碁を打つゴブリン、はたしてどんな手を打つのか。


「Gogogogo」


「…⁉  十の10…、天元⁉」


 まさかの手を打ってきた。碁盤のド中心、ピラミッドなら頂点の位置。

        

        ドミネイトポジション(支配する位置)


 先に打つ黒番でなら初手天元は十分有効な手だ。しかしそれでもかなりの棋力があってこその手だ。直接領土になるような手ではないからだ。碁は一言でいえば領土拡大ゲーム、石で囲った広さを競うゲームだ。

 勝敗をわけるポイントはどれでけ効率よく領土をとるかだ。天元に打つ手はその棋理に反する手。諸刃の剣の手。プロの公式戦でもめったに見られない。自由な暴れ馬に乗るような手でコントロールが難しく勝率が下がってしまう。

 それを後手である白番で、しかも碁を覚えたての碁ブリンが打つなんて! 

 ちらっとゴブリンの顔を見てみるとものすごいドヤ顔をしている。すでに勝った気でいるんだろうか。 


「ゴブリンめ……」


 碁を甘く見すぎだ。碁は例外を除くと99%の自由度の高いオープンワールドゲーム。初手天元だって文句は言えない、しかしこいつの場合は人を馬鹿にしたような手にしか感じられない。こいつの顔をみればわかる。人の命を懸けてる勝負ならこんなニタニタとした顔などできないはずだ。


「そのニタニタ顔を改めさせてやる、四の16,左下隅星…」

 

 ゴブリンの打った天元のことは構わず、本来一手目に白番が打つべき候補に俺は打った。ゴブリンが打った天元の石を対角線上に挟んだ形になる。この段階でゴブリンが打った手を緩着にした。


「Gogogogo⁉」


 動揺をみせるゴブリン、自分が打った天元の石に俺が慌てふためくと思ったんだろうが、そんなことで狼狽えるはずもない。早くもゴブリンの顔からニタニタ顔が消えた。

 ゴブリンは少し考えた後、四の4、左上隅星に打ってきた。俺はその後間髪入れず十六の16、右下隅星に。これで四隅のうち三隅を俺が有利に領土にすることが出来る。それに対してゴブリンは一つの隅を陣地にしやすくしたのみ。五手目にして明らかな差がついた。


「Gogogogo………………⁉」


 盤上を睨みつけるように見渡す碁ブリン、碁を覚えたての頃は全体を見て打つのがまだ不得意だ。碁は局部だけよければ勝てるわけでもなく、大局観が勝敗をわける。まだ碁を覚えたてのゴブリンはそういう技術はないんだ。

 その後の数十手も俺が有利に進めた。ゴブリンは視野が狭く目先の小さい利益こだわりすぎている。差は確実に開き続けて領土の広さは確実に大差になっていた。


よし! ここまでなら十分だろう。四回表で20点差ついたようなもんだ

 

 冒険の最初の敵は一番弱い奴と決まっている。俺の冒険もそうらしい、いきなりゲームオーバーになるような状態は回避できそうだ。


「…赤星様、周りを見てください…」

 

 袖をクイクイと引っ張られて意識が盤外に向いた。


「え? 周り?」


 対局者に口を出すのは厳禁だけどティーナちゃんは碁を知らないし、まあいいとしよう。周りを見てくれと言ってたけど盤上での俺の黒石には何も不安なところはない、盤石だ。


「赤星様、周りを…」


 やはり周りを見てくれとせっつくティーナちゃん、さすがにこれ以上口をはさまれるのはよくない。


「ちゃん対局中は、しー、だ」


 口に人差し指を当てて静かにするように促した。


「周りにゴブリンが…」


「え? ゴブリンが……? …うわ!」


 いつの間にかさっきよりも多くの碁ブリンたちが俺たちの周りを取り囲んでいる。 相手の石を囲めばその石を取ることが出来て勝敗に大きく直結する。まさか囲んで俺たちを取った気でいるのか⁉

 違う、威嚇というやつだ。取り囲んでいるゴブリンたちは手に何やら武器を持っている。ある奴は武器をぶんぶんと振り回し、ある奴は両手に持ったナイフをすり合わせてチャリチャリと不快な音を出している。

 ゴブリンリーダーの顔色を見て負けそうだと悟ったんだろう、リーダーに有利になるようにしている。明らかなマナー違反。

  そういえば対局前にティーナちゃんが言っていた。相手はゴブリンだからって。なるほどそういうことかよ……………。

 ゴブリンの持ち味は数の多さだ。ケンカの時だって大人数に囲まれたらふつうは委縮する、戦意喪失だ。

 碁ブリンたちはそれを狙っているんだ。『もし勝ったらオレたちが攻撃してやるぞ』そういう殺気が全方向から伝わってくる。


「赤星様…」


 ティーナちゃんもこの状況を心配しているようだ。俺の袖をぎゅっと掴んでくる。

 このまま碁で勝つのはもはや容易い。ゴブリンは俺が勝ったらここから出すと言っていた。しかし周りにいるゴブリンたちを見てる限りじゃとてもそうは思えない。

 かといって何もしなかったら危険な状況なままだ。よし、とりあえず勝ってみよう。

 俺はとどめとも言える一手を碁ブリンに放った。この一手によってゴブリンの石が死んだ。


「!!!⁉」


 ダダンゴブリンリーダーが立ち上がった。仁王立ちで盤面を見下ろしている。鬼のような形相、握りしめた拳をそのまま盤上に振り下ろしそうだ。普通の対局なら負けましたとか投了の意思表示をするものだけどゴブリンにその様子はなくそのままの姿勢を保っていた。


「Gogogogoーーーーーー!」


「うわあああ⁉」

「きゃあああ⁉」 


 激昂したのは周囲のゴブリン。一斉にこっちに向かってきた! ティーナちゃんが俺の服が破れそうなくらいに力が入っている。絶体絶命のピンチだ⁉

 俺は咄嗟に盾になろうとした。


「Gogogogo…………」


 ここまでかと思った瞬間、碁ブリンリーダーが手で仲間たちを制した。


「あれ…………⁉ 一体どうしたってんだ⁉」

「今……あのゴブリンは手を出すなと言ったような……」


 巣窟内に一筋の光明が見えた気がした。


「手を出すなとはどういう意味だ?」


 その場が一気に静まり返った。嵐の前の静けさならぬ、後の静けさというか。ティーナちゃんと密着しているこの状況を楽しむ余裕があるほどの小康状態。

 

「Gogoogoog…、Gogoogoog…」


 ゴブリンリーダーは何か一言、小さな声でつぶやくようなトーンだった。


「今あいつなんて言ったんだ?」


 袖をつかんだままのティーナちゃんの顔が明るくなったような気がする。

「約束だから出ろと…、まっすぐ行って突き当りを右いけば出口だ。確かにそう言っていました…」

「本当に⁉」


 まさかあいつ負けを認めたってことか⁉ 負けましたと言わないのは耐え難いのかもしれん。それよりもここから出してくれるってのか⁉ 出してくれるって表現はよくない、こっちには何の非もないし勝負に勝ったんだし、こっちは正々堂々と筋を通したんだから。

「な、何か意外と潔い展開になったな、あいつの気が変わらないうちに早く出よう」

「は、はい…」

 かわらず密着状態でその場を離れる俺たち、廃墟探索するカップルの気分だ。走って逃げたら追いかけてきそうだったから極めて冷静に歩いて外に向かう。後ろから碁ブリンたちがぶつぶつ何か言っているのが気になるし、殺気が触手のように伸びてる気がする。

「こ、怖くなかった?」

 ふとそんな言葉が出てきた、聞くまでもないのはわかってるし、過去形にするのもおかしい。まだ安全圏にいるわけじゃないから。

「平気でした…、というのは強がりになってしまいますが、赤星様が何とかしてくださると思っていましたから…」

「嬉しすぎる!」

 20年の人生で聞いた言葉で一番嬉しかった。俺は異世界の方が向いてる気がする。考えてみれば向こうの世界にいても碁を打つことしかできない俺には何のハプニングも起こらない人生で終わってしまう。

「あ、出口か⁉」

 立てかけてあるだけの板の隙間から光が漏れている。間違いない、やっと外に出られる。何日もここにいたような気がした。

「ティーナちゃん目をつむってて、急に光が差し込んでくるから」

「は、はい…」

 目をつむったのを確認してから俺も半目状態にして板を取り除いた。光の強風は夏の日差しよりも強烈だったが、一歩出てみるとあの森だった。

「やった…、外だ。ケガとかしてない?」

「は、はい…、大丈夫…、あ、ご、ごめんなさい⁉」

「え?」

 なんであやまるのかと思ったけど、どうやらずっと俺に密着していたことにハッと気が付いたみたいだ。 静かに距離をとってしまったのが寂しい。また巣窟に戻ろうかなとか少し本気で考えてしまった。

「まあ、なんとか無事に? 外に出られてよかったね、またさっきの森の中だ」

「そうですね、一時はどうなることかと思いました」

「Gogoogooo!」

 安堵したのもつかの間だった、巣窟の方からゴブリンたちの叫び声が響いてきた。嫌な予感がして入り口から距離を取り様子をうかがった。


「ななななんだ⁉」


「まさかゴブリンたちが⁉」 


 案の定だった。入り口から一匹、また一匹とわらわらと飛び出してきた。手には武器をもっている。どう見ても攻撃態勢だ!


「あいつら! やっぱそういうやつらなんだ! とりあえずさっきの事は終わった、こっからはまた別の話、そう言いたいんだ、根はゴブリン、本性出したな⁉」

「赤星様…⁉」

「全力で走って逃げるぞ!」

「は、はい!」

 今なら逃げれるかもしれない。しかし全力で逃げるってどこまで逃げればいいんだ⁉ この森の出口はどっちだ⁉ この森は一気に修羅場と化してしまった。最初ここに来たときは自然はいい、なんてのんきなことを思ってたけどそれは間違いだった。自然の中では何が起きるかわからない。甘く見ていた……。


「このまま真っ直ぐ進めばこの森から抜けられます!」


 福音のようにティーナちゃんの声が届いた。

 そうだった、ティーナちゃんはこの国の子だ。地理に詳しい。この森は城から少し離れたところの場所だと言っていた。この状況では俺なんかよりよほど頼りになる。

 後ろからは碁ブリンが迫っている、何も考えずに走ることだけに集中しよう!

「きょあ!」

「ティーナちゃん! 大丈夫か⁉」

 しまった……。ティーナちゃんのペースにまで気が回らなかった。ただでさえスカートで走りづらいのに。俺の責任だ……。全力で逃げるぞなんて急かしたからだ。俺はちゃんの手をつかんで何とか起こそうとしたが恐怖と緊張のためか足をがくがくさせてうまく起き上がれない。

「…………赤星様、私のことは構わずに逃げてください………」

「な、なに言ってんだよ⁉ そんなことできるわけないだろう⁉ 俺の背中に乗って!」

 あきらめかけているちゃんをなかば強引に背中に乗せた。一人だけ逃げるなんてできない。

 俺は出せるだけの力を出そうとしたがもともと体力に自信があるわけじゃない。女の子一人背負っただけでも奇跡的なのに、走って逃げ切るなんて勇者とかじゃないと無理じゃない?

「Gogoogoo!」

「うわあ!」 

「きゃああ!」

 そうこうしてるうちに追いつかれてしまったようだ。こういう時は、せめて俺が盾になれば…………、そういう覚悟は不思議と瞬時に出来た。優柔不断な性格で対局の時も打つ手に迷うことが多い。

 なんとなくすべての動きが遅くなったみたいに感じる。走馬灯というやつか? 

 ゴブリンがナイフを振りかざしている、なんかよけれそうな気もするけどティーナちゃんを守らないといけないからその手は却下、しかしどうするどうする俺……。

 結局どうすることもできず目をつむることしかできなかった…………。せめて俺が盾に……。

「Gogoogoooooooooooooooooo!!」 

 耳障りな碁ブリンの声、獲物を狩った歓喜の雄たけびか? まてよ…………、別にどこも痛くない…………。それに静かになった。

 恐る恐る目を開けてみるとだれかわからない人が立っていた。


                  続

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