第1話 異世界からの使者

「じゃあまた明日からよろしくな。お前のタイトルは今度はオレ達が奪取してやるからな、ダッシュで、なんてな」


「ははは、首を洗って待っててやるよ」


 棋士仲間達がささやかな祝賀会を開いてくれた。そういうのは照れ臭いからいいと言ったんだが何となく引くに引けなくなってしまった。

 でも行ってよかった。親しい仲間達からのお祝いは素直にうれしかった。盤上では対局相手でも盤を離れれば大切な仲間だ。けど正直複雑だ。仲間とはいえ全力で戦わなければならない。俺なんかに負ければ腹も立つと思う。でもみんなは祝ってくれた。それなのに俺はみんなに何かしてあげれたのだろうか。

 いや、やめたやめた。そういうことは考えるもんじゃない。勝負の世界というのはそういうもんだ。

 

「それにしてもこれからどうするかなあ。本当に何を目標に碁をやればいいんだ? もう十分満足なような気がする」


「あれ? もしかして赤星さんじゃないですか? やっぱりそうだ! 全冠達成おめでとうございます。わたし大ファンなんです! ネットで達成の瞬間をずっと見てました! さっきの会見もスマホで見てましたし! 自分のことのようにうれしかったです! あのう…、ご迷惑じゃなかったらサインとかもらってもいいですか?」 


「え、まあいいですけど…、ここにサインすればいいんですね、はいどうぞ」


「やったあ! 家宝にします! これからもがんばってください! ありがとうございました! 失礼しました!」


 みんなと別れて帰宅途中でのことだった。十代と思われる女の子が声をかけてきた。正直意外だった。囲碁はマイナーで、改めて考えても今は将棋人気に押されてしまっているのは認めざるを得ないだろう。プレイヤー年齢もほとんどが中高年以上だ。だからあんな若い女の子が正直なんの特徴もない顔の俺のことを知っていてネット中継まで見てくれてたなんて。

 囲碁人気復活か? 

 この後さらに複数の女の子に声をかけられた。もしかしてこれがモテ期というやつか? そういえば人生初のモテ期。実は彼女いない歴=年齢だったりする俺。次の目標は彼女を作る、いや、一気に結婚にするか! 今の俺だったらより取り見取りな気がする。なんか妙なテンションになってきたぞ。もしかしてアイドルとかと付き合えたりして。

 やばい、どんどん妄想が膨らんできた。


「あの、すみません、赤星太陽様とお見受けします」


 またしても背後から若い女の子の声がかかった。これがモテ期の威力! 声の雰囲気からして相当な美少女と見た。サインでも写真でもなんでもOKだ。


「はいそうです、棋士の赤星ですが何か……⁉」


 背後から声をかけてきたのは予想が少し違った女の子だった。顔は間違いなくかわいい、しかし着てる服がなんか世界観が違う! 異国風というのか、でもどこの国だ? 知ってる限りの民族衣装に該当するのがない。

 あれだ、ロープレに出てくるような衣装だ。どことなくメイド服っぽい。ということはこの子はコスプレイヤーか? そうか、それならば不思議ではない。

 いやいや不思議だろう、イベント会場とかでならわかるがこんな公道でコスプレして歩くなんてそんな人間いるわけがない。


「あ、あの、君はどちら様でしょうか? 君も囲碁ファン? それとも俺のファンなのかな?」


 どういう風に応対しようか迷う。コスプレに対してもそうだが、さっきお見受けしますって言ってたし。そういうキャラがいるのか? かわいい顔してるから怪しいようで怪しくない。距離感が難しい。


「申し遅れました。私はティーナと申します。赤星様を探しておりました」


「お、俺を探してたって? 君が?」


 ということは俺の熱烈なファンということか? タレントの出待ちみたいな?

それよりもこの子、片膝をついて俺を見上げてる。いくらファンだとしてもそんな大げさにしなくても。これじゃ主人と従者じゃないか。

 その前にこの子自分の事ティーナって言ってたぞ。日本人だよな? やはり何かのキャラクターを演じてるんだ。なんかめんどくさい展開になってる気がしてきた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、とりあえず普通に立って話をしようじゃないか、変なプレイをしてるみたいだし」 


 そう言うと普通に立ってくれた。名乗った名前といい、こういう子はこだわりが強い子で、かたくなにスタイルを貫き通すんじゃないかと心配した。


「君もサインか写真が欲しいのかな? よし、大サービスで両方だ。そしておまけに俺の名刺もあげちゃおう」


「名刺?」


「そう、名刺、いくら若くても名刺くらい知ってるでしょ? 君はまだ高校生でしょ? 生徒手帳みたいなもんだよ」


 不思議そうに名刺を眺めている。名刺くらい見たことあるだろうに、ドラマでも名刺交換のシーンだってあるし。


「なるほど、これ名刺というものですか、噂には聞いておりました」


「……」 


 なんか本当にめんどくさくなってきた。名刺はうわさで聞くほどのもんじゃないし、もしかして自分のコスプレとかキャラクターのなりきりに俺を付き合わせてるんじゃないか? そういう友達いないのかなあ。

 俺だったらそういう趣味に付き合ってくれるかもしれないとふんだのか……。 


「それと私は生徒ではありません。なるほど、この世界では私は学生に見えるのですね? 私は17歳ですが、学生ではなくウロ国の国王様のご息女、マルリタ様の侍女シルヴィでございます」


 ええ? 学生じゃない? ウロ国? 国王様? 娘の侍女? どこからツッコめばいいんだ? まずこの子はどうみても高校生くらいにしか見えんけど、侍女ってことは一応社会人? そんでもって聞いたこともない国の国王の娘の侍女って、そういう設定なの?


「ちょっとまった、申し訳ないが君の趣味に付き合ってる暇はないんだ。俺はこれから碁の勉強をしなくてはならないんだ。しかも大変な戦いの連続で疲れもたまってるんで戦士の休息をとりたいんだ。はいこれ、俺のサイン、それじゃあね」


 結構かわいいからさよならするのは惜しい気もするけど、このままだときりがなさそうだ。子供相手に邪険に振舞うのは気が引けるからこの場を去るしか方法はない。


「そうです! 赤星様はこの世界で一番の戦士です! 戦士の休息をとりたいのでしたらぜひ私の部屋にお越しくださいませ。その時に赤星様を探していた理由をお話しいたします」


「何ですと? 君の部屋に来てくれと?」


 意外な展開になってきた。若い子に部屋に来ないかなんて誘いを受けるなんて夢のようだ。そんなこと人生で一度もなかった。棋士になってよかった。

 しかし少女の部屋に行ってもいいのだろうか? もし誰かに見られでもしたら後々面倒なことにならないだろうか。少し考えてみよう。先を読むことに関しては得意だ。


「……、君は俺のことを探してたと言ってたけど、何か特別な事情でもあるのかな?」 


 こういう手で行くことにした。やむを得ない事情で、何か急を要する事情があるからそれを聞くために部屋に行く。先生の家庭訪問みたいなもんだ。俺も一応先生と呼ばれてるし、そういうことなら何にも問題はない。そういう風に納得しちゃおう。


「はい、とても大事な、国の一大事でございます」


「そうか、それなら仕方がない、そんな大事な話があるのなら聞かないわけにはいかない。困っている少女を見捨てるようなことはできない。そんなやつは男じゃないし」


後のことは特に考えないようにする。大事なのは今この瞬間の正直な感覚だ。


「本当ですか⁉ ありがとうございます……。話すと長くなりますので簡単に説明させてください、私がこれから使う転生呪文は赤星様を転生させるために一度仮死状態にする、と言えばよいでしょうか。そうしなければ私のいる世界には行けないのです。でも安心してください。全てが終わった後はまたこの世界に無事に送り届けることを約束します。

 今から私のいる世界に戻りますので、赤星様、私の手に触れていただけますか?」


「ちょっと待った、 今いろいろ気になること言ってたぞ? 転生とか仮死状態とか、仮死状態にするってのが一番気になるんですけど一体どういうこと? もしかしてやばい遊び?」


 この子は至って冷静だった。ダンスの相手をしていただけますか? というように手の平を向けてきた。もう何が何だかわからない。手に触れてくれって、手をつないで帰れというのか? それじゃ恋人同士じゃないか。今日初めて会ったのにそんなことしていいのか? 今はそういう時代なのか? それよりも転生呪文がどうとか言ってたけど本当に一体何なの?


「こ、こう? 手の平認証するみたいだな…」


 何だかんだ疑問を持ちながらも子供の遊びだと割り切って覚悟を決めた。

 いわれるがままやってるけど、いったいどういうオチになるんだ? 


「……リカーナ・ル・シオン……」

 

「え? 今の何語? なんて言ったの……? ってあれ? なんだ? か、体が⁉」


 この子が何かよくわからない言葉、そうだ、何か呪文のようなもの……、まさかそれもなにかのキャラの真似? そうだとしても実際に体に異変をもたらすなんてありえない!


「か、体く熱くなってきた⁉ しかも浮いてる⁉ マジか⁉ まさかこの子マジシャンとか⁉」


「私の手をしっかりと握っててくださいね。そうしないと転生呪文の響震で振り落とされてしまいます。そうなってしまったらもうこの世界には帰って来れませんから」


「何だって? それはまずくない? 帰れなくなるって異次元の狭間に落とされるとかそういう展開?」


 パニックだ、俺は夢をみているのか? 転生呪文とかいったい何のことかと聞きたい……、が、それどころじゃない! 体がどこかに持ってかれるうううううううううううううううううううううううううううう!

 俺は間もなく意識を失った。

 

                     続

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