転生人碁 ○TENSEININGO●

ぶらうにー

プロローグ

 前人未踏の領域に到達、人類の中でただ一人だけが味わうことが出来る完全なる初物。誰もが目指したが未だかつて踏み入れたことのない領域。選ばれし者だけが踏み入れることが出来る領域。

 有史以来、その領域に踏み込んだ者は英雄、あるいは神の子として人々からの賞賛と畏敬を一身に受ける権利を手にすることが出来た。

 不可能と思われたことをやってのけた大偉業。

 人類は空を飛び、宇宙にまで行った。歴史に名を刻み、未来永劫語り継がれる伝説をいくつも作った。自分が生きている間にその瞬間を目撃できることもまた偉業だ。

 その歴代の偉人たちの中にまた一人加わるものがいた。


 今日はその偉業を達成した人物の記者会見が棋院で開かれていた。テレビカメラが何台か入っている。それもそのはず、なぜなら緊急生放送だからだ。

 

  一世紀に一人の天才、ついに碁界の歴史を変える偉業を達成する


 壁にはこんな言葉が書かれた紙が貼ってあった。しかもただの文字ではない。高名な書道家が巨大な紙に巨大な筆で書き上げた逸品だ。

 この日の盛り上がりはとどまることを知らない。

 各方面からのお祝いの花束や電報が届いたりした。


 お昼のワイドショーで会見の模様が中継される予定だ。囲碁はどうしてもマイナーに分類されてしまう。某マンガのおかげで爆発的に囲碁ブームが起きたが、だんだんと下火になってる気がする。

 さらに将棋界にスーパースターが登場して明らかに将棋>囲碁、人気度はこんな感じになってると思う。

 しかし囲碁だってまだまだこれからだ。


「全冠達成おめでとうございます!」


 この声を合図にパシャパシャと一斉にカメラのシャッター音が会場を飛び交った。 

 目の前にはたくさんのテレビや雑誌や新聞等の報道関係者の視線があってそれを一身に受けている。多分俺はすごいことをやってのけたのだ。

 囲碁のタイトルの独占、独占禁止法は勝負の世界には通用しない、なったもん勝ちだ。

 棋士になってから早何年だったか、そんなことはどうでもいいことだ。記者会見はめんどくさいが質問に対しては的確に答える。ただ答えるだけじゃない。できる限り早く質問を頭のなかで分析して、用意してあったかのようにノータイムで答える。それは碁の読みと一緒だ。 


「全冠達成された今のお気持ちは?」

「全冠達成を意識し始めたのはいつからですか?」

「今までで一番大変だった対局は?」

「国民栄誉賞もありえるのでは?」

「今後の目標は?」

「ライバル視してる棋士は?」


 記者たちは競うように質問を投げかけてくる。明日の新聞でよい記事を書くために他社に後れを取るわけにはいかないのだ。

 その気迫に応えるために対局と同じように気持ちを落ち着けよう。用意されたペットボトルの水を飲むと体中に染み渡っていくのがわかった。思ってた以上に緊張しているのかもしれない。

 ついさっきの意気込み空しくシャッターと記者たちの質問攻めで軽くパニックになってしまう俺。投了寸前だ。もともと注目されるのが苦手な性格の俺だから当然だろう。しかし今はそんなこと言ってる場合じゃない。今日は特別な日というやつだ。

 そうだ、夢にまで出てきた全冠達成、囲碁のタイトル同時保持、それをやってのけた最初の棋士、それが俺、赤星太陽なんだ。


「ええ、そうですねえ…、まだちょっと実感がわかないというか…、多分もう少ししたら実感が出てくると思います」


 と言いながら本当は嬉しくて心の中では浮かれてしまっている。なんといっても全冠保持で、最初の棋士、でしかもハタチ。どんな謙虚な人間でもこの喜びを抑えるのはできないはずだ。


「全冠達成を意識しだしたのは、そうですねえ…、六冠になった時だと思います。六冠でも奇跡だと思ってましたけど、ここまで来たのならば全冠もいけるかもという思いは正直ありました」


 この時期はスポーツで言うならゾーンに入ってる状態だった。何時間勉強しても全然疲れないし、大仰に言えば負ける気がしない状態だった。


「今までで一番大変だった対局ですか? それはプロになってから、いや、碁を始めてからの対局全てです。全てが厳しい戦いで楽な対局は一局をありませんでした」


 それは本心だ。そんな簡単に勝てるなら苦労はしない。本気でやらなければ一局だって勝てやしなかっただろう。手抜きも妥協もしなかったから今の俺があるんだ。


「国民栄誉賞ですか…。歴代の受賞者は偉大な方々で、同じ賞をいただくというのはまだ自分には早い気もするのですが…」


 まさか国民栄誉賞という展開は想像してなかった。そういう可能性も出てきたのか。すごいことになってきた。


「今後の目標ですか? それは変わらずに碁の鍛錬をおこたらず、一生戦い続けることです」


 今後の目標か…。そういえば次は何を目指せばいいんだろう。全冠を保持していくくらいしかないような気がする。しかし一回で満足してしまっている自分がいるのも事実だ。


「ライバル視している棋士…、ライバルは全棋士です。初段も九段も関係なく全員がライバルです」


 実は本当にライバルだと思ってる棋士は一人いる。数年前に亡くなった同期入段の棋士だ。院生も同期で年齢も一緒だし棋力も互角だろう。あいつが生きていたら俺が全冠保持なんて結果にはならなかっただろう。そうだ…、あいつの分も俺達が頑張ると決めて必死にやってきた。全冠達成なんてその結果でしかなかったんだ…。俺は何か勘違いしてた…。


「赤星さん、これからまたより一層忙しくなると思いますが、体力はまだまだ大丈夫ですか? 何しろ七つも防衛しなければならないわけですから。いくら若いと言っても心身ともにストレスがたまってるんじゃないですか?」


 質問も終わりが近い気がしてきた。もう最終段階のヨセだ。


「そうですね、普通は激戦の連続で疲労はピークのはずだと思いますが、しかし自分の体力と気力は異世界級だと思ってます!」


「………」


 しまった、間違えたか…。今の異世界級という言葉はすべったのか…? 世界級ならまだしも異世界という言葉はこの場の記者達にはなじみがないのか…。確かに異世界なんて言葉はゲームとマンガとアニメ限定なところがあるしな。記者たちが一瞬引いたのは無理もない。


「ど、どうもありがとうございました。赤星さん、これからも頑張ってください」


 司会者の言葉もどこか引いた感じがある。早く終わらせようとしてるかのようだ。明日の新聞には今の異世界級という発言は使われるのだろうか、まあいいやそんなことは。

 それにしても今日はなんか疲れた。変な汗をかいてしまった。何かうまいものでも食ってゆっくり寝よう。俺の頭の中は夕飯モードに切り替わっていた。


                     続

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