私たちの恋愛放課後会議「月が綺麗ですねっ!」

文字塚

第1話

 新学期を迎え、四月の穏やかな日曜日、私は少し遠い駅を目指すことになる。お母さんは、


「香織、あなたまだ五年生なんだから、早く帰って来るのよ」


 と心配していたけれど、ただ電車に乗って市の中心部、ショッピングモールに行くだけのことだ。そんなに心配ならと、早朝を選択したからきっと開店まで待つことになるだろう。


 私の住むこの町は、田舎と言ってしまうと簡単で、地方都市近くの片田舎、と言ったら少し失礼になるかな。

 でも事実、近くにモールもない寂れた場所と言えばそう。けれど自然は豊かで、山裾に広がるこの小さな町が、私は嫌いではない。好きかと言われたら、比較的好きかもと、アンケートの答えみたいに応じるだろう。

 早朝六時起床。七時には歴史を感じさせる美原家、古い一軒家を後にした。広いから不満はない。


 目的は買い物だけれど、お小遣いは多くない。今日は眺めるだけ、きっとウインドウショッピングになると思う。

 自宅を出て左折、真新しい住宅と混ざり合う景色に挟まれ、私は真っ直ぐ駅へと向かう。道のりは簡単。少し遠いだけ。目的のモールへ駅から向かうのも、すぐそばにあり迷うのが難しいぐらいだ。


 春の風は少し冷たくて、珍しく気温が低いのかもしれない。

 けれど必要なのは夏服。

 姉や親戚のおさがりを着るのにも、少し飽きた。

 口にはしないし、SDGsとか循環型社会とか言われたら、返す言葉はないけれど。

 子供に厳しい、環境ですね。田舎の。


 静かだな、と早朝の静けさを味わっていたら、突然視界に妙なものが飛び込んできた。

 左手から出てきたそれは、誰かが何かを引きずっている。

 そのまま道路を渡り、更に向こうへと進もうとしていた。

 しっかり確かめると、背丈はともかく私と同じぐらいの年齢の男の子、小学高学年ぐらいの子が……大人を引きずっていた。

 男性は二十代ぐらいだと思う。フードつきのウインドブレーカーに綿パン、普通の格好だけど、土などで汚れている。


 なんでしょうこれ。

 というか、なんか見たことある顔な気がする。

 引きずってる方のみだけど。

 確か、新学期から同じクラスになった新山高志君。

 背格好から間違いない。

 うん、日焼けしそうでしてない感じ、小学生とは思えない目つきの悪さ。短く切り揃えられた髪、既に夏服状態の健康児アピール。

 けれど新山君は今、ダークなオーラをまとって、なんだかゲームのキャラクターみたいになっている。モンスターでも狩りに行くかのようだ。

 これ、私どうすればいいんだろう。


 道路の真ん中で彼は立ち止まり、引きずるのをやめてひと息ついていた。

 私が躊躇わず真っ直ぐ進んだら、いわゆるエンカウント、遭遇してしまう。

 立ち止まっていると新山君が気づいてしまった。

 顎を上げ顔を傾け、鋭い視線が私を捉えている。


「なんだ、何やってんだ、こんな朝から」


 彼はそう言って目を細めた。

 えっと、そっくりそのままお返ししていいのでしょうか。

 判断がつかなくて言葉が出てこない。

 なぜだか二人で見つめ合うこの空間。一句詠んだら奇妙な川柳が出来上がりそう。


 新山君はすっと引きずっていた人に視線を向け、それからまた私を見た。見なくていいのに。

 そうして彼は口を開く。


「これか。これが気になるか」


 気にならない人がいたら、教えて欲しいレベルです。きっと自分にしか興味がない限られた人たち。


「仕方ない。不逞の輩だ。成敗したいがご法がそれを許さない」


 ……新山君ってこんな話し方する男の子だったんだ。なんだか大人が読む小説に出てきそう。時代劇とか。


「何をしたの? その人」


 詰まりながら尋ねると、


「人んちのものに落書きしやがった。許されざる愚行。とりあえず警察に連れて行って、事の次第を知らせなきゃならない」

「そうなんだ……」


 落書きするとこんな風に引きずられるんだ。私、新山君と文化遺産に限らず、絶対落書きしないって今心に決めました。

 私の気持ちも知らず新山君が尋ねてきた。


「どっか行くのか」

「うん。ちょっと」

「そうか。すぐすませるから待ってろ」


 ……待ってろ? えっと、どういう意味だろう。

 新山君は再び男性の襟首を掴み、ズザザと音を立て引きずって行く。

 どうして通報しないのだろう。そして引きずられる男性は、意識がない?

 なんだかおかしい。

 今いる場所は山の中ではないけれど、少し歩くと傾斜のきつい場所になる。山はすぐそこにあって樹々で占められている。まだ小さい頃はみんなでよく遊びに行った場所。人気がないから危ないと言われても、私達にとって庭みたいな、公園みたいな場所。

 新山君と行ったことはないけれど、森の中に向かっているように思えた。


 まさかそんなこと……絶対違う。

 そう思っても一度考えたら頭から離れず、シャベルがいるから後で取りに帰ってくるのかな? とか考えてしまう。埋めるなら。

 そして私は目撃してしまったから、そうか口止め料をもらえるかもしれない。

 ……ドラマの見過ぎかな。口封じは同じクラスだししないと信じたい。

 待ってろってそういう意味だったらどうしよう。

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