ウェブ小説についてのとある雑談

牛盛空蔵

本文

 とある大学の創作文芸サークル。

 その部室で駄弁っていた白山は、唐突に口を開く。

「最近のウェブ小説って、偏ってるよな」

「おお、いきなりそんな話をして、いったいどうしたんだい?」

 赤井はきょとんとしつつも促す。

「世間ではよく多様性、多様性っていうけど、ウェブ小説、というか『人気を博する』ウェブ小説の傾向はだいぶ偏っているように感じる」

 いわく。

 読者の多く集まるウェブ小説、ネット小説、いわゆるなろう系の特徴を、白山が極限まで簡明に言うと。

「主人公は苦戦しないし、戦い以外の困難も主人公にとってそんなに大きくない」

 これは白山によると、バトルがメインの小説以外でもそうであるようだ。

 男性向けラブコメでは、ヒロインが最初から主人公に好意を抱いているか、序盤の段階で高い好感度へと至る。一言で表すなら、最初から恋愛的な勝ちが確定している。

 女性向けでは、主人公は婚約破棄や場合によっては追放をされるも、早い段階で別の優れたヒーローが主人公を拾い、または結ばれ、破棄を宣告した側はすぐに報いを受ける。この報いについては手を下すのが主人公ではない場合が多い。

 戦闘のある作品になると、先述の特徴はさらに顕著である。

 並外れた威力の魔法、場合によっては剣技などの武術も披露し、しかし主人公は自分のどこがすごいのか無自覚に、友人などに尋ねる。

 もちろん例外的な作品も、特に小説投稿サイト黎明期にはある。また、物語の中盤や終盤まで執筆が続けば、その主人公が全力を出してようやく勝てるような強敵や困難が出現することも多い。

 しかし、「苦戦しない」「さしたる困難がない」というエッセンスは、白山の知る限り、だいたいの人気ウェブ小説に共通しているように感じるという。

「苦戦しない、困難が簡単に解決する、か。……てっきり白山くんはそれを肯定すると思っていたけどな。こないだも本格ファンタジーとかいうのを色々批判していたし」

「それはそれ、これはこれだ」

 作者は何を書いてもよい。定義もよく分からない本格ファンタジーを書けるというのなら書けばいいし、反対に流行に乗ってもよい。止めることはできない。

 しかし、それはそれとして。

「偏っている点は認めなければならないんじゃねえかって」

 原因は種々、様々に主張されているが、しかし現象とか結果として、投稿サイトのランキングに昇る作品は、先述の点に偏っている、と白山は説く。

「じゃあそれを書けばいいんじゃないかな」

「物書きには色々いる。そういう要素を核にすえたものを、書こうとしてもなかなかうまくいかない人も多いはずだ」

「だけど、ねえ」

「それに、いまやそれはゴールではなくスタート地点に立つ手段にすぎない。その線に沿った作品を書いて、ようやくランキングへの挑戦が始まるって感じなんだよ」

 両者、自分の腕を組む。

「しかし、じゃあどうするんだってことだよ、ここはそれを憂いているきみが、新機軸で新たな流れを作り出せばいいんじゃないかい」

「それも無茶だ。新機軸がギャンブルであることは、なんだって一緒だろ」

「そう言われたら、もう策はないよ」

 両者、沈黙。

「流行なら過ぎるまで待てばいい、というのはあるけども、この流行はもう十年近く続いているよな……俺の感覚だと」

「まあね。それに手をこまねいて待っているのも、創作家のやることじゃないね」

「なろう系は様々に派生しているけど、このエッセンスは基本的には共通のまま、終息しないよな」

 白山はコーヒーに口をつける。

「原因を断つにも、原因を論じるものはあくまで推論だし、小説投稿サイトの構成の仕方とか、俺たちじゃどうにもできないものもあるしな」

「でもきみはその偏りを是正したいんだろう、それとも単にランキングを昇りたいのかい?」

「はっきり言うと」

 白山はコーヒーを机に置いた。

「両方だ。俺がその偏りに合わせられるようになれば、少なくとも俺が憂える必要はなくなるし、新機軸で成功できれば、同じく困りごとはなくなる」

「なるほど。頭が固いのか柔軟なのかよく分からないね。ハハハ」

 赤井は茶化すように。

「まあ……物書きは業界の改革者ではないし、無理にパイオニアになる必要もない。それにこの偏りの問題は間違いなく一個人だけでは解決できない。となると答えは一つ」

「所与の環境を受け入れて、その中で書き続けるしかない、ってこと?」

「その通り」

 白山はうなずく。

「配られたカードで勝負するしかない。俺は俺の作品を書いていくしかないってわけだ。……すまない、この結論に至るんなら相談する必要はなかったな」

「そうでもないさ。興味深い考えだったよ。コーヒーのおかわりは要るかい?」

「いや、いい。そろそろ帰る時間だ、今日は用事があるからな」

 いってらっしゃい、と手を振る赤井を尻目に、白山は部室を出た。


 六年後、長きにわたる「偏り」なろう系の台頭を、白山は新機軸の作品を発表し、赤井はライトノベル編集者として強力に市場などに働きかけることによって、打ち破ることになる。

 しかしそれは別の話。いまの彼らは未来を知らない。

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