第4話 帰郷、そして死


 魔石を食べる。

 そんなトンチキなことを考える影治。

 確かに影治は虫歯一本もない白い歯に、現代人にしては強い顎の力を持っていたが、流石に石を噛み砕くことは出来ない。


「まずは民家にあったトンカチでぶっ叩いて……」


 魔石を実際に叩いてみると、それほど硬い構造はしていないらしく簡単に砕ける。

 そこで細かく砕いた後は、すり鉢で粉状になるまですり潰す。


「……とりあえずすぐに何らかの問題が起こる訳でもないようだ」


 粉状にした魔石を口にいれ、水で流し込む影治。

 まったくもって奇抜な行動だったが、これには以前読んだラノベの影響もあった。

 魔石を食べることで強くなる主人公というのがいたのだ。


「むっ? なんだ……? 体が熱い……ような?」


 魔石のストックはそれなりにあった。

 一つ一つのサイズは小さいとはいえ、それだけあると量も大分多くなる。

 しかし鋼の意志を持って魔石を食べ続けた影治は、自分の体の変化に気付く。


「これは、なにがしかの効果があったのか?」


 だが体が熱くなると同時に、倦怠感のようなものまで覚え始める影治。

 古武術の訓練で精神を鍛えていた影治であっても、フラフラとして立っているのが辛くなるほどだった。


「くっ……、だが効果はある! 次からは無理をしない範囲で続けていくぞ……」


 こうして影治に魔石を摂取するという習慣が新たに加わった。






 それから一年、また一年と時は過ぎていく。

 結局魔法に関しては使えないままであったが、魔石を摂取するようになってから影治は体の調子がよくなるのを感じていた。

 それこそ魔石を摂取しないと調子が悪くなるほどまでに。


 それはまるで依存症だとか中毒になってしまったかのようでもあったが、魔石を摂取し続けると体の調子が良くなることは確かなのだ。

 特にそれによって自分が魔物化するなどの変化も見られないので、影治は魔石食いを習慣化させた。


 島での暮らしの方は年を経るごとに良くなっていく。

 人は利便性を求める。

 拠点は影治一人の手ですっかり要塞化され、何度かあった魔物達の大攻勢をもどうにか乗り切っていた。


 魔物達……という呼称になったのは、年を経るにつれてゴブリン以外のものも出現し始めたからだった。

 ゴブリンよりは少しだけ背の高い犬顔の魔物、コボルト。

 こいつはゴブリンに毛が生えたような奴だったので、対処に問題はない。


 しかし人間と同程度の背丈で、豚の顔と短い豚の尾を持つ魔物、オークはそうはいかない。

 こいつは明らかに並の人間以上の力を持っており、武術の経験がない成人男性が武器を持って襲い掛かった場合、三対一でも勝てるか微妙なライン。


 だがオークより更に強力な奴も島にポツポツと現れ始めた。

 それはゴブリンと同じく緑色の肌をした、それでいて背丈はゴブリンの倍近くはあるような巨躯の持ち主。


 影治はその魔物のことをオーガと呼んでいた。

 オーク以上の怪力は、細い樹木などをその握力で握りつぶしてしまう程。

 丸腰のままのオーガもいるが、中にはそうして手に入れた自然の武器剥き出しの木を振るう個体もいる。


 流石にここまでくると、生身の人間が立ち向かえるような相手ではない……ハズなのだが、影治は己の身一つで戦い続けた。

 それは影治の使用する四之宮流古武術が、必ずしも力を絶対とする武術ではなかった点が一つ。


 そしてもう一つは、本人も無自覚ながらに身体能力がすでに人間のソレを超えていたことにある。

 その身体能力の向上は明らかに魔石摂取が原因であり、激しい戦闘をした後には体が魔石を欲するようにまでなっていた。


 そうした暮らしを実に三十年近く続けた影治。

 髪に白いものが混じり始めたその頃、影治は一つの決断を下していた。


「……よし。島を出よう」


 このような環境下で暮らしておきながら、影治はこれまで重い病気を患うこともなく過ごしてこれた。

 それもこれも、魔石を摂取し続けたからだと影治は認識している。

 すっかり魔石中毒者のようになっていた。


 だがそんな魔石パワーでも寄る年波には勝てず、影治は徐々に体の衰えを感じ始めていた。

 だからこその、島を出るという決断。


「結局、あれから世界がどうなったのかも分からんままでは死ねん!」


 すでに簡易的ないかだの作成は済ませてある。

 元より影治であれば泳いで渡れる程の距離だ。

 それでもいかだを用意したのは、荷物を運ぶために他ならない。


「ここともお別れか……。名残惜しくもあるが、いざ行かん!」


 立ち去る前に、長年過ごしてきた拠点を振り返る。

 最初に持ち込んだ固定種の作物は、この島での生活を実りあるものにしてくれた。

 そして更なる住環境を求めて、家の作成も行っている。


 これは影治がサバイバルに憧れるきっかけになった動画を元にして作り上げた。

 大きさはかろうじて二部屋ある程度の小さな家だったが、床暖房システムを組みこんだその家は冬の寒さをかなり和らげてくれたものだ。


 しかし影治はそれら一切を捨て、本土へと戻る。

 自作のかいでもって、いかだをぐ影治。

 すると、程なくしていかだは海岸へと辿り着く。


 荷は全て背中のバックパックと手提げのボストンバッグに纏めてある。

 両方とも、最初に影治がこの島に来るときに用いたものだ。

 いざ、岸辺へと乗り上げ三十年振りの町の光景を目にする影治。


「……まあ、そうだよな」


 影治の目に映ったのは、人ひとりいない無人の町だった。

 荒れ果てた町の光景からは、一目で誰もいないことが伝わってくる。


「船も飛行機も……。そういったものを一切この三十年で見かけていない。それに、最初に漁業組合と交わした漁に関する契約は三年。だが三年目以降に漁をしていても、一度も咎めに来ることはなかった……」


 一人暮らし……それも本当の意味での孤独な生活を送ってきた影治は、独り言の量が増えた。

 だが敢えて言葉に出すことで、より強く今の状況を自分に言い聞かせる効果もある。


「一応探索はしてみよう」


 ほっとしたような、何かを失ったかのような微妙な感情を抱きながらも、影治は海辺の小さな町を歩き回る。

 しかしやはり人の姿はどこにもなく、代わりにあるのは……


「骨があちこちに見られるな」


 明らかに人骨と分かるそれが、町中の至るところに見られた。

 それと共に、島では見かけなかった人型以外の魔物と思われる奴らも発見している。

 それは兎であったり野犬であったりと動物が元になっているのだが、明らかにそれらは魔物だと断定出来た。

 何故なら、ゴブリンやオーク同様にそいつらは赤い目をしていたからだ。


「こいつらに襲われて死んだのか? ……にしては、ずいぶん綺麗な骨ばかり残っているな」


 中には噛みつかれたり引っかかれたような傷を持つ骨もあったが、大半は綺麗な状態のまま野ざらしにされている。


「この町は小さな町だ。もう少し人の多い都市ならば……」


 この30年孤独に過ごしてきた影治だが、人の築いた町並みをみて思う所があったのだろうか。

 その後も人の姿を求め、各地を放浪していく。




 旅の終着地となったのは、かつて自分が生まれ育った街だった。

 その思い出の地で、旅の途中で見つけた日本刀を手に、影治はドラゴンへと戦いを挑むことになる。

 それは結局生きた人を見つけられなかったという、絶望からくる自暴自棄だったのだろうか。


 その答えは影治自身にも最早分からない。

 長く孤独な生活は、元々変人扱いされていた影治の内面に大きな変化を齎している。


 ドラゴンの額に大きな十字傷を創り、その後暴れたドラゴンによって地面へと振り落とされた影治。

 その眼前にはドラゴンの巨大な鍵爪が迫っていた。


(ここまでかッ!)


 死の間際、影治の心に過ったのは死への恐怖でもなく、人と出会えなかったことによる孤独でもなかった。

 それは純粋に目の前のドラゴンに敵わなかったという事実のみ。


(俺にもっと力があれば……)


 自分がこうもあっさりとやられてしまうことに、不甲斐なさを抱く影治。

 普通の人間であれば、このような化け物ドラゴンを相手にそのような気持ちを抱く者はいない。

 しかし影治は自分の力が及ばなかったことを強く悔いながらも、最後に声を張り上げる。


「覚えとけ! お前はいつか俺が倒す!!」


 死の間際だというのに、不思議とその声には虚勢というものが感じられなかった。

 影治は死の直前まで目前のドラゴンへの戦意を失わず、また死んだら死んだで、生まれ変わってでも最期の言葉を達成してやろうと本気で思っていた。


 ……だがその意気込み空しく、やがて影治の意識は闇に呑まれていった。

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