第3話 魔石
慌ててベースキャンプへと戻る影治。
幸いにもここにゴブリンは現れていないようで、荒らされた様子もなく無事であった。
「これは対策を施さないといかんな」
この期に及んで本土に戻ろうとしなかったのは、ようやくこの島での生活が軌道に乗ってきていたことと、この生活が気に入っていたこと。
また本土にも同じようにゴブリンが出現していた場合、色々と厄介ごとに巻き込まれる可能性などを考慮しての判断だった。
「まずは……バリケードを張るか」
食料に関しては、この間のイノシシ肉がまだまだ残っている。
大半は干し肉へと加工してあるので、日持ちもするはずだ。
それに夏真っ盛りのこの時期は、食料も獲得しやすい。
そういった訳で、影治はベースキャンプの強化に取り組んだ。
これまでの島での生活の中で、影治は集落跡のものには手を付けないという自己ルールを課している。
古井戸に関してはバッチリ使用していたので何を今更とも言えるが、妙な所で影治には拘りがあった。
「だがこんな事態になっちまったんだ。臨機応変にルールも解除していこう」
影治は拘りを持つ男でもあるが、機転の利く男でもあった。
流石にボロボロ過ぎて中で過ごすには不安な古民家だが、かつての住民が残していったものが数多く残されている。
大工道具から農耕用の道具まで、その種類は割と豊富だ。
斧などは大分さび付いていたが、砥石なども残されていたので出来る限りメンテナンスをして道具を蘇らせる。
そうして影治がベースキャンプの周辺に堀を巡らせ、その内側に土壁を作り終える頃には夏が終わりかけていた。
「……拠点も出来たことだし、本土の様子をちょっと見てこようと思ったんだが」
拠点が一先ず完成すると、影治は外の様子を見に島に一つしかない船着き場へと向かった。
しかし、そこにあるはずの影治が乗ってきた船はそこになかった。
ゴブリン達がここまでやってきた形跡が残っていたが、係留されていた船をゴブリンに動かせたとも思えない。
「どうも奴らは俺だけでなく、人間が作ったものに対してにやたらと攻撃的になるようだが……」
影治はいち早く機転を利かせて必要なものを集落跡から引き揚げたが、その後集落跡を見るたびに崩壊が加速度的に進んでいた。
跡を見れば一目瞭然だが、ゴブリンがチマチマと破壊活動に勤しんでいるらしい。
「まあ、ないものはないで諦めよう。いざとなれば、泳いででも渡れる距離だ」
影治は幼いころから異様に物覚えが早かった。
普通の人が10かかるところを1で覚える。
そうして色々なスポーツを身につけていった影治は、水泳も得意としていた。
「む……」
拠点へと戻ろうとした影治は、そこでゴブリンを5体発見する。
これまでに何体もゴブリンと相手しているので、今更5体どころではどうということもない。
だが心なしか中央にいるゴブリンが、少しだけ背が高いように影治には映った。
「いや、気のせいじゃないな。それに奴だけ杖のような物を持ってやがる」
いつもと違うゴブリン。
警戒した影治は、次のゴブリンが起こした現象にも咄嗟に対処してのける。
「ッ!?」
何もない場所に急に現れた、矢のような形をした炎。
それが影治に向かって飛来してきていた。
しかし速度自体はそう早いものではなく、警戒していた影治はそれをスイッと半身ずらしで躱す。
「魔法……か!」
驚きはしつつも、口の端を上げる影治。
炎の矢を躱されてしまった杖ゴブリンは何やら叫んでいたが、相変わらず何を言っているのかは分からない。
分からないまま、二度と言葉を吐けなくなる状態にまで追い込む。
「少し背が大きいだけで、肉体的な強さはそう変わらないな」
杖ゴブリンはゴブリンと同じように、小石だけを残して塵と消える。
この石のことは拠点で調べてみたのだが、何分専門の機材がある訳でもないので詳細は分からなかった。
だがファンタジー物の定番でいえば、これは恐らく魔石と呼ばれる物なのだろう。
先ほどの杖を持ったゴブリンも恐らくはゴブリンメイジだとか、そういった名で呼ばれるゴブリンの亜種。
しかし落とす魔石は通常のゴブリンのものとそう違いは見られない。
「とりあえず一つ分かったことは、係留していたロープはあいつの魔法で焼かれたということだろうな」
桟橋部には微かに焼け焦げたような跡が残っていた。
ただの汚れと勘違いしそうになるほどの僅かなものだが、今のをみればゴブリンメイジの魔法によるものだと分かる。
「俺にも使えるのか?」
この日より、影治は内なる自分に注目し始める。
心を落ち着け、自分の体の中へと意識を置く。
それが正しい方法なのかどうかは分からない。
だが傍から見た影治は、非常に様になっていた。
これは、四之宮流古武術に似たような訓練方法があったためだ。
こうして新たな日課を加えた影治は、島での生活に戻っていく。
あれから一年。
未だに影治は魔法の魔の字も使えないままだった。
変化といえば、あれから更に二度ほどゴブリンメイジと交戦したことと、メイジとはまた違う武器を持ったゴブリンが出現し始めたことくらいだ。
「作品によっては、俺がやっているような方法で赤ん坊の頃から魔法を使えていたものだが……」
何分、生活を維持するだけでもかなりの労力を使うので、魔法の練習ばかりにかまけている訳にはいかない。
しかし一年かけて整えた住環境は、それなりに整ってきている。
食料も十分確保出来たので、少しは他のことを考える余裕も生まれていた。
「……そもそも、俺に魔力というのは存在するのか?」
それは根本的な問題だった。
少なくとも、影治は世界が崩壊する前にマジモンの魔法使いを見たことはない。
あれだけネットが広がっていたにも関わらず、本物と思しき動画すらなかった。
あったのはマジシャンの使う奇術くらいだ。
「少なくともあのゴブリンメイジは、魔法を使う為の何かを持っている。……となると、やはりこれか?」
影治は手に持った魔石をジッと見つめる。
不思議なことにゴブリン達は、殺すとこの石以外を残して消える。
だがその後の調査で判明したのだが、戦闘中にゴブリンを出血させた場合、影治の体にかかった血が消えることはなかった。
それに気付いてから、今度はゴブリンが身に着けていた粗末な布切れを剥いでから殺してみたのだが、今度はゴブリンの体から離れていた布切れもゴブリンの死と共に消えていった。
ゴブリンが身に着けていた汚い布とはいえ、雑巾替わりに使えないこともなさそうだったのだが、それはどうもうまくいかないらしい。
「じゃなくてだな。奴らは必ずこの魔石を残して死ぬ。つまり、こいつに何か秘密があるんじゃないか?」
それは一種の妄執だったのかもしれない。
しかしこの時の影治は、魔法という非現実的な現象に魅入られていた。
それは何もただの憧れとかいったものだけでなく、修得出来れば生活を楽に出来るものでもあるのだ。
「よし、
そこで影治が考えた末に出した結論が、これであった。
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