@yanagimachi_0

明け方の山手線のホームは嫌いだ。場所を弁えられない若者たちがベロベロに酔っ払いながらはしゃいでおり、水商売と見られる女性が体育座りをして顔を足に埋めている。こんなことはいかにもおじさんという感じがして嫌だが「健全ではない」と思ってしまう。仕事に没頭し、終電を逃してもなおパソコンと向き合い、やっと始発がきて家に帰れると一息ついたおじさんにはなんとも相性の悪い場所である。

 若者には若者の楽しみがあって、おじさんにそれを奪う権利などない。自分が若い頃、それをしようとした当時のおじさんに反発してきたはずだ。でも、自分の若い頃はこんなに酷くなかったように思える。いつの時代のおじさんもそう思ってるんだろうけど、やっぱり自分のこととなると贔屓目が出てしまうのだろうか。

 最寄り駅に着いた時目の前に階段がある位置にまで移動したいのだが、金髪にピアスを開けた若者たちが大笑いしながらフラフラしている。万が一ぶつかって「おいこらどこ見てんだよ。」とか言われても困る。自分の息子と同じような年齢の子らにビビるなんて、情けない。でもこの情けなさを受け入れることが何よりの護身術なのだ。

 神様なんていねえな、そう思う。今まで真面目に生きてきたつもりだ。もっと報われても良いはずだと思う。でも記憶にある限り神様の恩恵を受けたことはない。チャラチャしてる奴ばかり人生を楽しんでいる気がする。自分の子どもにはああ育ってほしくない。でも…。

「あのくらいの方が良いのかもな…」

 こんな言葉が漏れる。自分が授かったこの世でたった2人の宝物のうち、次男の貴明は高校生にして引きこもりになってしまった。理由は色々ある。学校での友達との関係、先生との関係、勉強についていけない、それから、、

 親との関係。

 貴明が引きこもった原因は自分にある、常にそう思って生きてきた。自分さえもっとどっしりしていれば、そう思わない夜などない。生まれ持った性格が貴重面で臆病な貴明をどうしてもっと上手く支えてやれなかったのか。

 山手線に揺られながらたまに出るナイーブな一面に苦しめられていた。

 部屋のドアを開けると妻の由美子はもう起きていた。

「お帰りなさい。」

 自分にはもったいないくらい素敵な妻だと思う。結婚して20年経つが、今まで大きな喧嘩もなかったのは、妻の人柄によるものが大きいだろう。

 由美子はカバンを受け取ると「一杯飲む?塩辛あるよ?」と台所の方へ消えていった。返事を聞く前に準備にとりかかった。もし私に返事をする時間があったら、断っていた。ビールが嫌なのではなく、塩辛が嫌なのではなく、リビングに行くのが嫌なのである。正確にいうと貴明に顔を合わせたくないのである。昼夜逆転状態の貴明は朝5時半に起きていてもなんの不思議もない。もしリビングにいたら、なんて言おう。

 父親らしい言葉を言わねば、という気持ちと、何も言わずに貴明の好きにしてやりたいという気持ちが入り混じる。

(お前、一晩中起きてたのか。学校にはまだ行けないのか?勉強は大丈夫なのか?大学のことは考えてるのか?将来のことは…)

本来言うべきセリフなら次々と出てくる。しかし、不運にもリビングでお茶を飲んでた貴明にかけた言葉は「ただいま」だけだった。

 貴明は「おかえり」すら言わなかった。

 部屋に戻ると胃がキリキリと痛みだした。新しく任された仕事はとても自分のキャパシティで処理できるものではなく、そのくせ社運がかかったレベルの大プロジェクトだった。毎週金曜日は終電で帰ってる余裕などなく、こうして朝帰りが続いている。これから寝るともう土曜日の夜だ。休日の半分は終了する。

部屋のドアがノックされた。

「水飲んだ?」

 由美子は身体のことを本当に気遣ってくれる。塩辛のように塩分の多いものを口にした後は必ずお水を持ってきくれる。

「いや、飲んでなかった。ありがとう。」

 いらないけど、必要な水をクビッと飲み干す。

「ねえ、明日出かける元気あるかな?」

「うーん、どうだろう。身体動かないかもしんないな。」

「和博が帰ってくるって言うのよ。」

 和博は貴明の3つ年上の兄貴だった。2年前に就職したと同時に家を出て、今は東京の西の方で一人暮らしをしている。最後に会ったのは一つ前の正月だから、半年ぶりといったところか。

「久しぶりだなぁ。」

 18年間毎日ように一緒にいたせいか、半年会わないだけで随分と久しぶりに感じてしまう。

「でもね…。貴明、会いたくないっていうの。」

「やっぱりそうかぁ…。」

 兄弟仲は、良くない。和博はなんとも思ってないかもしれないが、貴明が拒否をしている。

「和博に言ったらね、“じゃあ3人で外で晩飯でも食べようよ。ちょうど駅前にできたレストラン気になってたんだ”って。ホントあの子気遣いよね。」

「そんな気を遣う必要ないのにな。」

 そう言いながら、内心ほっとしている自分がいた。今の自分には日常にイレギュラーな事態を起こしてる余裕がない。貴明と触れ合わないことで、かろうじて体力の限界を保っている。認めたくないが、それはつまり自分の日常から貴明を除外してしまっているようなものだった。世の中の父親はもっと上手にやっているんだろうな、しきりにそう思えてくる。

仕事も妻も子どもも、全てが日常に出来ているんだろうな。

もう今日は何も考えたくない。

泥のようにベッドの中で眠った。


「久しぶり!」

 普段貴明の無気力な表情を眺めているからか、和博がやけに逞しく見える。思えば子どもの頃から勉強に運動に苦労しない達者なやつだった。昔は父親である自分が先頭を切って歩いていたのに、すっかり立場が逆転し、和博がレストランまで案内してくれた。

「仕事はどうだ。」

 和博になら、父親らしい言葉を平気で言える。貴明のことを考えると、言えるというより和博がそう言わせてくれているといった方が正確かもしれない。

「やっぱ社会人は大変だね。嫌なことばっかだよ。」

 和博の明るい表情とは少しミスマッチなセリフだ。どこまでも気の遣える子だ。こういう時和博は絶対に順調だとは言わない。昔からそうだった。小学生の頃、少年野球に所属していた時、バッティングが上手くいかない、守備ができないと毎週のように相談されていた。その度にいろんな指導をした。あーしろこーしろと無遠慮にアドバイスしていた。これで和博が少しでも野球が上手くなればと願ってのことだった。

 ある日、和博に無断で少年野球の試合を見に行った。試合は10-0で和博のチームの圧勝。エースで4番の和博はホームランと完封の大活躍だった。僕のアドバイスが効いたのかもしれない、内心とても嬉しかった。しかし、家に帰ってきた和博に「どうだった?」と聞く「やっぱり何投げても打たれちゃうや。」といつも通りアドバイスを求めてきた。

 あの時のように体裁上アドバイスをした。少々回りくどいが、和博の口から「順調だよ。」と聞くよりもよっぽど順調さを感じられた。


「貴明は…どんな感じ?やっぱまだ行けてない?」

たった1人の兄として、弟の動向は気になるようだった。由美子の顔が少し曇る。

「うん、行こうとするとやっぱり気持ち悪くなっちゃうみたい。」

「そうかぁ…。相変わらずだな。」

「昔は元気な子だったのにねぇ。」

 由美子の何気ない一言と、目の前の和博が合わさって昔の景色が蘇ってきた。小さい頃、和博と貴明はとても仲が良かった。2人で虫取りに行ったり、図鑑を眺めたり、お風呂に入ったりしていた。しっかり物の和博と泣き虫の貴明。2人はいつも一緒だった。

 3つ違いということで、喧嘩もよくしていた。1番の喧嘩は「お菓子の取り合い」。大人にとってはくだらないことでも少年にとっては大きなことだ。

「俺にもくれよ!」

「ダメだって。これは俺のヤツなんだよ。」

 本来ならこれくらいで終わるような喧嘩だが、たまたま2人とも虫の居所が悪かったのかもしれない。それから3日くらいプイと口を聞かなくなってしまった。由美子は随分と心配したようだが、私は微笑ましいと思っていた。男の子2人が喧嘩して仲直りして、そうやって互いに成長していく。兄弟としてあるべき姿だと感じるし、そういう息子2人を眺めていられる父親にとってはこの上ない幸せの象徴だった。


「そうだ和博、近いうちにおばあちゃんのところいける?」

 由美子がスケジュール帳を眺めながら聞いた。

「あぁ、もちろん行けるよ。着替え、持っていけば良い?」

 和博のおばあちゃん、そして由美子の母親は今精神病院に入院している。昔の天真爛漫な性格はすっかり消え失せ、今は抜け殻のようになってしまった。娘夫婦のこと、それから孫のこと、誰よりも気にかけてくれたお義母さんは、今じゃ誰がお見舞いに行っても“誰だ”と言わんばかりにポカンとしている。

 げっそりと痩せ細った姿が正直ショッキングだった。だから貴明には合わせてなかった。和博はその辺の気持ちの整理も上手くできるだろうと、定期的にお見舞いがてら着替えを持っていってもらっていた。

「そうじゃないの、おばあちゃん、最近もうすっかり元気がないみたいで。前までは頑張って歩いたりご飯も食べてたんだけどもう今寝たきりみたいで。だから和博が行ったら刺激になるかなと思って。」

「OK OK。そういうことなら次の休みにでも行っちゃおうかな。午前じゃないとダメなんだよね?」

「うん、お願いね。」

「貴明も、本当は行ってあげた方が良いんだけどな…。」

 貴明はおばあちゃんのことが大好きだった。家族と決定的に険悪になる2年前以前から、なんとなく家族に心を開いていなかった貴明だったが、おばあちゃんにだけはやたら懐いていた。学校で嫌なことがあったり、親子喧嘩などして家を飛び出した時はよくおばあちゃんの家に行っていたようだ。

 そこでおばあちゃんに愚痴を聞いてもらっては晩御飯をご馳走になっていたらしい。「おいしいよ、おいしいよおばあちゃん」と笑顔で話す貴明のことをお義母さんは大好きだと言っていた。

 おばあちゃんが精神をおかしくして入院したと伝えた時、貴明はなんのリアクションもしなかった。受け入れられてないのだと思う。あんなに大好きだったおばあちゃんが、もしかしたら自分を覚えていないだなんて、ありえない話なのだろう。何回かお見舞いに誘おうかとも思ったが、今の貴明におばあちゃんの姿を見せるのは良くないことだと思ってやめた。

 なんの問題もなく、入院しているおばあちゃんのお見舞いに行ける人生にしてやりたかった。

 貴明は極度の貴重面で、子供の頃から学校の友達と上手く行かなかった。友達に触れられることが不快だったり、使い回しの学校給食の食器に抵抗があった。生まれ持っての性格だから、貴明は悪くない。でも社会はそんなこと考慮してくれない。そんな彼を受け入れてくれる存在なんて、家族くらいしかなかった。彼は引きこもるしかなかった。負い目からなのか、なんとなく家族とも距離を置くようになった。

 2年前、私は貴明を殴ってしまった。人生でたった一回、過ちを犯してしまった。原因は貴明が由美子が剥いて渡したミカンを“汚い”と払いのけたことだった。貴明の潔癖は知っていた。でも、由美子の優しさを卑下にされたのが悔しかった。由美子は自分の行いが軽率だったと悔いていたが、あの場において私ほど軽率な大人がいただろうか。

 その日以降貴明と家族は決定的に険悪になってしまった。当たり前だ。父親に殴られたのだ。家族で貴明を受け入れようと頑張っていたが、私のせいで貴明が家族を受け入れなくなった。

 勝手に育った和博を見て父親ぶるのは簡単だが、私は間違いなく最低の父親だった。



 無謀にも押しつけられたプロジェクトも佳境に入っていた。最初は無理だと思えたが同僚の協力もありなんとか成功できるかもしれない。

「みんな、もうひと頑張りだ。悪いが今日は朝まで頑張ってほしい。来週のプレゼンが終わったらしばらく残業は無くす。だから頼む。今日だけは頑張って欲しい。」

 みんなには、感謝してる。頼りない上司だったと思う。そんな自分を信じてついてきてくれた部下たちには頭が上がらない。

 携帯の電話が鳴った。

「あなた、ママが…ママが…。」

 由美子の嗚咽混じりの言葉が聞こえた。

「落ち着け。どうしたの?お義母さん何かあった?」

もしかしたら、もう長くはないかもしれないと言われたらしい。原因は“気力がなくなったこと”らしい。ふざけるなと言いたくなるようなフワフワした言葉だが、病人とはキレイゴトとかではなく最後は気力らしい。生きようとする気持ちが心臓を叩く。その気持ちがなくなれば、寝たきりとなり、もう起きることはない。お義母さんは一日中ベッドから動かず無理やり動かさないと寝返りも打たないらしい。

「このままじゃやばいってだけだから、何も死ぬよって言われたわけじゃないんだから、とりあえず落ち着いて。明日和博も行ってくれるし、きっと元気出るよ。そうだ、俺も行くよ。みんなでお義母さん励まそう。ね?」

「うん…。」

 ふと、貴明のことが浮かんだ。確かに貴明はおばあちゃんのことが大好きだった、でもおばあちゃんはそれにも増して貴明が大好きだったと思う。

貴明が行ってくれたら、そんな都合の良い理想が頭によぎる。

 貴明がおばあちゃんと呼んであげれば、声を聞かせてあげれば、微笑んであげれば、顔を見せてあげれば、行ってあげれば、

気づいたら私は立ち上がっていた。

「みんな本当にごめん。」

 会社を飛び出していた。意識していなかったが社内のザワザワを想像するとゾッとする。

 山手線に揺られながらも由美子をメールで励まし続けた。そこには記さなかったが、家に帰った後やることは決まっていた。


「貴明!貴明!」

 ただいまも言わずに家の中を探し回った。

「あなたどうしたの?仕事は?大丈夫なの?」

 私のいつにない形相に由美子も慌てた様子でついてくる。

「なんだよ父さん、勝手にドア開けるなよ。」

 たとえこんなかわいくないセリフでも言ってくれたらどれだけ嬉しいか。部屋のドアを開けて目があった貴明は無言でこちらを見つめていた。私は半分涙を流して叫んだ。

「おばあちゃんのこと聞いたよな。おばあちゃんが元気ないの知ってるな。行こうよ。明日、おばあちゃんのところに。お前が言ったら絶対喜ぶぞ。父さんも嬉しい母さんも嬉しい。きっと和博も嬉しい。みんな嬉しい。なあ、頼むよ。明日家族みんなでおばあちゃんのところ行こうよ。貴明が必要なんだよ。」

「行かねーよ、めんどくさい。」

 これでも良いから何かを言って欲しかった。貴明は無言でこちらを睨んだままだった。ただ目頭に、何か熱いものが光ったような気がした。由美子がそっと部屋のドアを閉めたから正確には確認できなかった。少なくとも泣いている人が2人、多くて3人、我が家にとって悲惨な夜になった。


 翌朝、朝日よりも眩しいものを見た。貴明が外出用の服に着替えて部屋から出てきた。喜んだ由美子が貴明にお礼を告げる気がしたので僕は由美子を制して「じゃ、行くか。」とそっと微笑んだ。正しい行いではないかもしれないけど、貴明が望むリアクションをとったつもりだ。

 病院には車で行った。和博とは病院で落ち合った。和博は貴明の姿を見て目をまん丸にしたが、察しの良いやつだ、そっとしておいてくれた。


「おばあちゃん…」

 貴明はたまらず言葉を漏らした。2年間徐々に弱っていったおばあちゃんの姿を見るのはやはり残酷かもしれない。寝たきりで、鼻にチューブを詰めてて、痩せこけてて、髪の毛もボサボサで、そのどれもが貴明の知るおばあちゃんではなかったはずだ。

「ママ、和博と貴明。来てくれたよ。ママ、良かったね。」

 由美子は赤子に話しかけるようにゆっくり言った。

「そう、ありがとうね。」

 お義母さんは目をキョトンとさせて、とりあえずお礼を言った。多分目の前の4人が誰なのかよくわかっていないのだろう。

「ママ、これ食べようよ。」

 カップ麺だった。前日医者に「好きなものを食べさせてあげて構いません。」と言われた。もう長くないことの何よりの証拠に思えて辛かった。昨晩由美子は昔お義母さんが大好きだったカップ麺を泣きながら袋に詰めていた。

「食べる…。」

お義母さんは割り箸を掴んで割ろうとしたが、割れない。和博がすっと割り箸を受け取って割ってあげた。

「ママ、ゆっくりね。いっぱい口の中に入れると詰まるからね。」

 お義母さんは割り箸に麺を挟み口の中に頬張った。チューブの関係なのか、口の形も歪になり、上手く食べれない。涎の制御もできず、唇にまでこぼれた涎は啜られることはなく服やカップの中にポタポタ垂れていた。

 貴明はどう思っているだろうか。何も言わずおばあちゃんの食事を見守っていた。

 2.3口も食べるとおばあちゃんは口の中の麺をカップに少し出してしまった。

「もういらない。」

 机の上にはお義母さんの涎に塗れた食べかけのカップ麺が残った。

「どうしてよママ、カップ麺大好きだったじゃない。」

由美子の力ない声はお義母さんにはきっと届いていなかった。ただぼーっとこちらを眺めていた。

 食事なんて楽しむ状態じゃない。由美子の前じゃ口が裂けても言えないが、カップ麺を食べさせてあげたいというのもこちらの都合なのかもしれない。

 ふと、お義母さんが貴明を見つめた。

「食べる…?」

 カップ麺を貴明に突き出した。貴明は目をまん丸に開いてカップ麺を見つめた。無理だ、給食の食器や母親の剥いたミカンにすら抵抗のあるヤツだ。

「あ、俺食べよっかな?お腹減ってたんだよね!」

 察しの良い和博が言いかけたとき、貴明がカップ麺を乱暴に掴んだ。

 一心不乱に麺を啜り出した。途中少しむせながら、それでも啜り続けた。

「おいしい、おいしいよおばあちゃん。」

 衝撃の光景だった。あの貴明が、あの貴明が、

 自然と涙が溢れてきた。連れてきて良かった。昨日貴明に気持ちを打ち明けてよかった、大事な仕事を抜けてきてよかった、貴明が生まれてきてくれて本当に良かった。

 表情のなかったお義母さんが少し笑った気がした。いや、これは都合の良い幻覚もしれない。でも少なくとも家族4人は同じ幻覚に溺れた。

「ずるいぞ貴明、俺にもくれよ!」

「ダメだ!これは俺のやつなんだよ。」

 2人がした久しぶりの会話だった。

「ありがとうねおばあちゃん、おいしかった。本当においしかったよ。」

「おばあちゃん、今度は俺とカップ麺食べようね。」

 私は本当にダメな父親かも知らない。ダメな夫かもしれない。しかし世界一の家族に恵まれた幸せな男だ。しっかりしなくてはいけない。床に崩れ落ちて泣き崩れる由美子を息子2人が抱きかかえているようじゃ、ダメだよな。

「そろそろ面会時間が終了です。」

 劇的な病室に反してドライな医者が告げにきた。

「今夜は焼肉でも食べるか。久しぶりに4人で晩飯だ。」

 4人を乗せた車はどこまでも走り出した。今日以降、家族がどうなるかはわからない。もしかしたら今日のことなんてなかったかのように、また以前に逆戻りするかもしれない。それでも良い。貴明の腹の底を知れたから。今後何があっても俺たちは家族なんだと胸を張れる一日を、神様がプレゼントしてくれたから。

 

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