ヘンリク卿〈7〉

 時は少し遡る。


「幸か不幸か、辺境伯軍は既に潰走状態…か。我らは果敢にこれを助けるべきであろうか?」


 黒衣の騎士団の先頭に立つ団長らしき人物が側の騎士に問うようにして、呟く。


 この戦場に到着したのは丁度侯国軍右翼が包囲に動き出した頃であった。


 皇帝の矛たる黒龍騎士団ドラゴネス・テデンシェは北方へ。

 皇帝の盾たる第十三軍団レギオン・トレンシェは南方へ。


 帝国の最精鋭たる両軍は主力が集う中部ではなく、南北にて戦況を覆すことを命じられていた。



ヘンリク卿ヘア・ヘンリク、少し待つべきでしょう。挟撃されるように敵方から態々整えようとしているのです」

 兜から発せられし女性の声は、北方テウドニアの伝承に登場する旅人と同じ名を以て団長に提言する。


「その点で見れば我々は幸運と言えるか。してコルネリア嬢。其方は如何様に友軍を助けるか?」


 目前の同胞が敗北しかけているのは不幸であるが、これを容易に覆せる状況で到着したというのは、偏に女神フォルトゥナの気まぐれに預かれたと見るべきだろう。


「半包囲が完成する機を狙い、砲撃を行わずして突撃します」

「何故砲撃を行わないか?」

「『我々は帝国の援軍だ!』と早々に伝える優しさは持ち合わせるべきでないかと」

「然らばどのように進路を取って突撃すべきと考えるか?」

「右翼突破後に中央指揮官の首級を上げ、そのまま回頭すれば宜しいかと存じます」

「結構。私も同じ考えだが、其方と同様の結論に至った事でより正しいものであると確信出来よう」


 辺境伯軍が崩壊している現状で侯国軍の全てを撃滅するのは難い。

 ならばここで重い一撃を加えた後に全軍を再編させるのが最善か、と黒衣の団長は考える。




 その後部下に対して短銃ドラゴンの発砲準備をするよう指示、霧中より突撃の準備を眈々と窺った。




※※※※※※



 こうして黒龍騎士団ドラゴネス・テデンシェは、回頭を繰り返して側面を脅かす侯国軍右翼騎兵隊に奇襲の形で突撃を実施した。

 辺境伯軍と挟まれるようにして背後を突かれた侯国軍は瞬く間に瓦解し潰走。

 続けて騎士団は侯国軍の中央側面へ隊形を整えながら・・・・・・・・移動。

 次なる突撃の準備を着々と進めていった。



 


 破竹の突撃に対して真っ先に動いたのは侯国軍中央でも無ければ、辺境伯軍でも無い。

 侯国軍左翼であった。



「侯子殿下、今すぐに他の騎兵を纏め上げて撤退して下さい」

「……っ!分かっているが…」


 黒染めの龍を旗印とした騎兵隊が右翼を壊滅させた報が届くやいなや、ラグナルスとエーギルはそれが帝国最強と名高い黒龍騎士団ドラゴネス・テデンシェが現れたものであると判断する。

 そして戦力を削いだとはいえ辺境伯軍は未だ健在。あっという間に勝機が潰えたとも同じように断じた。


「エーギルはどうするのか!?其方が率いずして、何処に行くか!?」

「私はこれより手勢を率いて中央に座すキデルベルト殿下を御救いせねばなりません」

「父上を御救いするのは、其処こそ子である私の役目ではないのか!?」


 啖呵を切ったようにしてラグナルスは条理を述べるが、エーギルは固く首を振る。


「失礼ながら殿下。私と剣を交えて勝てますか?」

「…分かった。エーギル、其方に任せよう」


 剣の才についてはラグナルス自身、凡庸の域を出ないものであると自覚していた。

 これから中央も右翼と同様、突撃が敢行されるだろう。そうなれば魔導の介在する余地が無い、純粋な白兵戦で以って勝負を決することになる。

 適材適所もまた物事の条理であるか、と渋々納得する。


 こうして左翼はラグナルス侯子が他の騎兵を麾下に加える。そして未だ継戦能力を保持する辺境伯軍騎兵隊を牽制しつつ、戦場からの撤退を実施した。




 時を同じくして動きを見せたのはライネスブルク辺境伯カールマンの軍であった。

 軍を脅かしていた側面の敵が蹂躙される様を見ていた伯爵は家臣に説明を求めた。


「一体何事が起きたか!?彼等は何処の軍であるか!?」


 そしてそれが帝国の黒龍騎士団ドラゴネス・テデンシェであると伝わると、驚愕の顔を貼り付けつつもすぐに命令を下す。


「これは好機である!全軍反転し打って出よ!」



 ヘンリク卿ヘア・ヘンリクが考えたのが最善・・であるならば、カールマン伯の起こした行動は次善・・である。

 奇襲に注意を向けられた隙に軍を再編するよりも、同時に攻撃することで功を挙げようとしたのである。但し瓦解しかけた兵を、未だ正面にて陣形を構える侯国軍に向けて、といった形ではあるが。


 この機を弁えているが無謀な前進は、諸兵に更なる犠牲を強いる結果となったが、他方で黒龍騎士団ドラゴネス・テデンシェの突撃をより効果的なものとさせた。

 

 


 

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