亜美の絶望。そして……


日常に彩りが無くなって久しく経った。


私の心は冷え切ってしまったのだろう。初めにご飯の味がよく分からなくなって、次に寝付きが悪くなった。次第に物事へのやる気が失われていって、終いにはベッドから体が離れなくなった。


共働きの両親には体調不良と言ってあるが、もう学校を休み始めて1週間が経つ。そろそろ怪しまれる。だから、体に鞭を打って、せめて学校には登校しなければならない。


でも、もう何もしたくない。考えたくなかった。


意味もなくスマホに電源を入れる。先輩から連絡が来ていないだろうか、そんな淡い期待を持ってメッセージアプリを開く。


ピン留めしていている先輩との個別チャット欄には、やはりメッセージは来ていない。分かっていたけれど、少し目が潤んでしまう。


この薄暗い気持ちをなんとか払拭しようと、大量に溜まっていたメッセージに目を通して、所々返信していく。


どれもこれも先輩とは何ら関係のない、言ってしまえばどうでもいいメッセージで───


「……え?」


息が、止まった。


暗喩などではない。本当に、一瞬息の吸い方が分からなくなった。


同じクラスの男子から送られてきた一枚の写真。そこには先輩と──2人の女。


仲睦まじげに、楽しそうに。


たった一枚の静止画からでも、そこには信頼関係が垣間見えた。


『亜美の彼氏、めっちゃ可愛い女2人と遊んでたよ(笑)』


『別に俺はどうでもよかったんだけど、亜美が可哀想だし、一応報告と思ってさ(笑)』


続く薄気味悪い二つのメッセージを無視して、その写真から逃げるようにスマホの電源を落とす。天井をボーッと見つめていると、次第に視界は潤んできた。


3人で出かけている訳なのだから、きっとデートだとかそういう類いではない。そう自分に言い聞かせても、涙が止まることは無かった。


少し前まで、先輩には私しかいなかった。先輩は私に依存して、嫉妬して、束縛して、信じられないほど多くの愛を注いでくれた。


それはとても幸せな事だった。


私以外の人間には興味無さげに冷酷に接するのに、私だけにはとても優しかった。


自分だけが先輩の"特別"なのが、嬉しかった。


なのに。


私に依存していた先輩を、捨てるかの如く拒絶してしまった。


そんなことをしなければ、きっと今でも先輩には私しかいなくて、依存も、嫉妬も、束縛もしてくれて、他の女に目移りする事なんて無くって。


「……このままじゃ、奪われる」


いや、もしかしたら、もう奪われているのかもしれない。


「うっ……」


胃の中にはなんにも無いはずなのに、何かが込み上げてくるような感覚を覚える。


次に息が浅く小刻みになってきた。苦しい。満足に酸素を取り込めない。


「ふぅ………………ふぅ……………」


落ち着いて。落ち着いて、私。深呼吸。体の力を抜いて。


しばらくすると、心臓の高鳴りが抑えられてきて、呼吸も安定してきた。


「……私、すっごい不安定だ」


先輩のせいだよ。先輩が私をこんな風にしたんだ。だから、責任を取ってもらわないと困る。先輩は私のものだ。誰にも渡さない。渡したくない。


「なにか、しないと……」


束縛するなと言った手前自分から連絡は取りたくない、だなんて甘えた事はもう言えない。


早くしないと、この写真写った女のどちらかに、はたまた他の誰かに取られる。


何か、何か───


「あっ♡」


なりふり構っていられない。やれることは、全てやる。


===


『先輩、今日の学校休んで私の家に来てください』


『両親は仕事でいないので、気を使う必要もありません』

 

朝起きて、朝食を取った後、いざ学校へ向かおうと思った矢先、スマホにこんなメッセージが送られていた。


亜美との久方ぶりの交流。彼女から送られてきたたった2つの文だけでも俺の心は高鳴って仕方がない。


のだが。


「学校を休むのは……」


この高校に入って以来、俺は無遅刻無欠席を継続している。折角ならばこのまま卒業までこの記録を更新し続けたいという気持ちがあったので、少し気乗りしなかった。


きっと少し前の俺なら、有無を言わず彼女の家に直行していたと思う。


少しずつ、亜美への依存から抜け出せているのかもしれない。


『学校終わってからじゃダメか?』


すぐに既読が付く。きっと亜美のことだから、分かりましたと返事がくるだろう──


『なんで来てくれないんですか?』


『私、先輩の彼女ですよね?』


『私のこと、嫌いになっちゃいましたか?』


『どうなんですか』


『早く来て』


俺はここで初めて、亜美が普段と様子が異なることに気づいた。


『分かった、すぐ行く』


皆勤の称号を手に入れるのは諦めた。プレゼントを学校のカバンにそっと入れて家を出た。



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