亜美の本心

私が先輩を拒絶してから、2週間が経った。


先輩からの接触が無くなったため、放課後教室に押しかけられたり、他の男子生徒と話すと問い詰められたり、休みの日にはしつこく遊びに誘われることも無くなった。


教室では男の子との交流が増え、心配してくれていた女の子達も、良かったねと言わんばかりに先輩関連の話題を持ち出すことが少なくなった。


先輩関連で悪目立ちすることが無くなって、私は平穏を勝ち取った。


全て私が望んでいたことが実現した。






それなのに。







「……なにしてるのかな」


思わず言葉が零れ落ちる。2週間も先輩と会っていない。今まではほぼ毎日、会わないにしても連絡を取ったりしていたのに。


先輩が恋しい。先輩の束縛は確かに迷惑だったが、嫌ではなかった。実生活に支障が出たから対処したまでだ。先輩のことが大好きなのは、今も昔も変わらない。


「それってあの先輩のことっしょ?」


ふと横から話しかけられる。


「千智ちゃん……あはは、聞かれちゃってたみたいだね」


特徴的な長い金髪を払いながら、千智ちゃんは空いていた私の隣の席にズカっと座る。折り曲げに折り曲げられたスカートから下着がはみ出しそうで、何故かこちらがドキドキしてしまった。


「にしても亜美の彼氏急に教室来なくなったわな。なんか言ったん?」


「うん、ちょっと強めに言ってみた」


「おーやるじゃん」


「迷惑してたから、一回ハッキリ言わないとって思って」


千智ちゃんはほえーと感心するように息を漏らす。


「にしても、私からしてみればあのメンヘラ男が割とすんなり大人しくなったのは意外だわー」


「……そうかな?」


「もう他の宿主でも見つけたりしたんじゃねぇの?」


「……宿主?」


「メンヘラは愛してくれれば誰でもいい、みたいな奴が多いからねぇ?」


戯けたように笑う千智ちゃんを見て、彼女が冗談を言っているのは分かった。けれども、その言葉は確かに私の心にずっしりとのしかかる。


先輩が私以外の女に依存する。想像してみると、胸が締め付けられるように苦しくなった。


もしかしたら。そう考え始めたら最後、不安でソワソワした気持ちが抑えられなくなった。


「ごめん、ちょっと私行かないと」


「え?行くってどこに?」


驚いたように固まる千智ちゃんを背に、先輩のいる教室まで向かう。


「……少し、覗くだけ」


階段を急いで駆け上がり、曲がり角の奥の教室を捉える。


上がった息を抑えて恐る恐る教室を後ろのドアから覗く。


「いた」


思ったよりもドアの近くの席に先輩がいたため、すぐに見つける事ができた。


物思いに耽っているのだろうか、ぼーっと虚空を見つめる先輩の横顔は凛々しくて、少しドキドキしてしまった。


最初は覗くだけのつもりだったが、先輩の顔を見てしまうと、やっぱり話したくなってしまう。


教室に入って目立ちたくはないので、誰かに先輩を呼んでもらうよう頼もうと、廊下にいる先輩の同級生らしき人に話しかけようかと考えていると、教室から微かに先輩の声がした。


先輩が誰かと話しているところなんて見たことも聞いたこともなかったので、私の聞き間違いかと思いつつもう一度教室を覗いてみると、先輩に話しかけている人物を確かに見つける事ができた。


……先輩に友達が?私しかいなかった先輩に?


思わず耳を傾ける。


──も集ま──か。


集まる。


──行って──のか?


行く。


勿論!──杏奈と美里──らね。


杏奈と美里。………女の名前。


「……宿主」


ふと先程の千智ちゃんとの会話がリフレインする。


胸に形容し難いドロっとした感情が広がる。


気づけば、私は教室の中に足を踏み入れていた。


「おう、お邪魔させてもら──」


「先輩、どこにお邪魔させてもらうんですか?」


先輩の言葉を遮るように言葉を発する。今まで出したことのないような冷たい声が自分の口から出た事に驚いた。


「……どうしてここにいるんだ?」


「……ここにいてはいけないんですか?」


「いや、すまん。そういう訳じゃない」


先輩から向けられる言葉の節々に垣間見える遠慮、私を気まずそうに見つめるその態度が、私達の心の距離が大きく開いたことを示しているかのようで、辛かった。


先輩は少し考えるような仕草をとった後、決意の籠る目で私をもう一度捉え直してきた。


もしかしたら、以前のように、私に対して独占欲をむき出しにして何かを迫ってくるのかもしれない。以前は迷惑だと感じていたはずなのに、どこかでそれを期待している自分がいた。


「亜美、この前は本当にすまなかった。亜美を強く束縛していた事に、亜美に言われて初めて気付いた」


。だからどうか、許して欲しい」


帰ってきた答えは、求めていた答えと美しいほどに対極だった。


いやだ。いやだ。これ以上先輩と距離が離れるなんて、いやだ。


以前のままでいいから、変わらず私を束縛して欲しい。そう声を大にして言いたかった。


でも、できなかった。


だって、私が先輩を拒絶したのが全てのきっかけだから。


束縛するなと頼んだ2週間後に、今度は束縛して欲しいだなんて、発言に一貫性のない女だと先輩に思われてしまいそうで、言えなかった。


実生活での被害なんて考えるんじゃなかった。先輩に独占してもらえる事がどれだけ幸せなことか理解するべきだった。


微かに息の音が漏れるだけで、声が出ない。自然と目つきが悪くなる。後悔と絶望で頭が真っ白になっているうちに、いつの間にか先輩はいなくなっていた。


先輩のクラスメイトの視線が私に突き刺さっているのに気付いたのは、その後だった。

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