亜美の再来

放課後。それぞれの活動のためにクラスメイトが動き出して忙しない中、俺はというと少し昔を思い出していた。


『突然ですが、聡太くんは遠くへ転校することになりました』


当時の担任の声が頭の中で響き渡る。人間、人を声から忘れていくと言われているが、意外と覚えているものだ。


その後担任に促されて、ざわついた教室の前方に立って一言話したんだっけかな。


『今まで仲良くしてくれてありがとう。遠くへ引っ越しても、またいつかみんなと遊びたいです!』


『絶対遊ぼうね!』


『またいつかな!』


このような約束が決して叶うものではないと悟り始めたのは転校を2回ほど経験してからだった。


親戚にたらい回しにされて何度も転校する中で、友達との仲はいとも簡単に引き裂かれた。その度に辛く、苦しい思いをした。


いつからか、"そんな思いをするぐらいなら友達を作らなければいい"と思い始めるようになった。転校の回数が増えていくほど、その思いは強くなって、次第に人と距離を取るようになった。


普通の子供がその期間で養われるはずである社交性の欠如は、高校生になっても尾を引き、孤独は続いた。


そんな俺に、転機が訪れた。


カラオケでの集まりの後、紫苑は教室でも俺に話しかけてくれることが増えた。その繋がりで他の生徒とも少しずつ話をする機会が生まれ、純粋な異物だった俺がクラスに馴染み始めた。


今の今までずっと孤独だった俺に、高三の春になってやっと人との関わりが生まれた。


ずっと友達なんて要らないって思ってた。亜美さえいればいいと思ってた。今思えば、友達が1人もいないという事実に惨めな思いをさせられないように、自分が選んだ状況だと思いたかったんだと思う。


けれど、そうじゃなかった。友達が出来た今、確信を持って言える。


「聡太!今日も集まるけど、来るよね」


紫苑が不意に話しかけて来る。あれから何度か集まりには誘ってもらえている俺だが、今回も呼んでもらえるらしい。


当然人の数だけ予定の合わない日があって、毎回集まるメンバーも不規則なので交流が少ない人、はたまた多い人それぞれいるが、俺をもうあの集まりの一員だと認めてもらえてるようで、心底嬉しかった。


「今日も集まるのか」


「そうだよー」


「俺が行ってもいいのか?」


「もちろん!特に杏奈と美里からは絶対呼んでって頼まれてるからね」


ありがたいことに杏奈と美里は俺を気に入ってくれたらしい。ならば、その思いに応えるのが男というものだ。


「おう、お邪魔させてもら──」


「先輩、どこにお邪魔させてもらうんですか?」


快諾しようと声を発した途端、それを遮るように聞き覚えのある声が響いた。


「……どうしてここにいるんだ?」


声がする方に顔を向けると、そこにいたのはやはりと言うべきか、亜美であった。放課後とはいえ俺のクラスの、しかも中に入ってくるのは初めてのことである。


教室に残っているクラスメイトの視線が俺たちに突き刺さる。


「……ここにいてはいけないんですか?」


「いや、すまん。そういう訳じゃない」


どこか普段と違う声色。まだあの日のことを怒っているのだろうか。


いや、怒っているのだろう。亜美と距離を取るという口実で謝罪もせずに彼女から逃げ続けていた俺は、むしろ怒られるべきなのだ。


俺は誠心誠意彼女に向き合う必要がある。


「亜美、この前は本当にすまなかった。亜美を強く束縛していた事に、亜美に言われて初めて気付いた」


「これからは放課後亜美の教室に行ったり、亜美が他の男子と会話する事を妬んだり、休日にしつこく遊びに誘ったりすることはやめる。だからどうか、許して欲しい」


亜美を正面に捉えて、しっかりと頭を下げる。


「………」


対する亜美は、黙りこくって椅子に座る俺を冷たく見下したまま。


まだ多くの生徒が教室にいるのが嘘のように教室が静まり返っている。


この沈黙に流されてなにかを言おうともしないあたり、亜美はもう俺に失望し切っているのかもしれない。


「よ、よーし!聡太!トイレでも行こうよ!僕連れション得意なんだよねー!」


「……すまん、もうちょっと頭を冷やす」


雰囲気を察した紫苑がかなり強引だが助け舟を出してくれる。俺はそれに乗っかる他なかった。


亜美が何をしにこの教室に来たのか分からないままに、彼女の横を通り過ぎる。お互い目配せもしなかった。

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