第48話 真のヘカントンケイル


 背後からは【オメガ・デビルフィッシュ・クトゥーゾテプ】が迫る。


 さらに次々に生まれくるタコ型の子群も無数に迫る。


「全力でぶった切っても、大丈夫だろ」


 俺は光る鉈、サイファーハチェットを一閃。


 サイファーハチェットの光斬撃で、【オメガ・デビルフィッシュ・クトゥーゾテプ】はタコ型の頭部を真っ二つにした。


 同時に100階層の上半分が消失。瓦礫となって崩れていく。


 瓦礫の向こうからは、夜空が垣間見えていた。


「鬼神ぃぃぃい……。」


 999の触手はとまらない。

 俺はエンジュちゃんの前に戻る。


「きゃあぁあぁぁああ!!!」


 エンジュちゃんが迫る黒いタコの子群をみて絶叫する。


 ぺとぺと……

 ぺとぺとぺとぺとぺとぺとぺとぺとぺとぺと!!


 と、明らかに生理的恐怖を催す吸盤の音が、100階層に響きわたる。あとちょっと海くさい。


 【オメガ・デビルフィッシュ・クトゥーゾテプ】は真っ二つにされてなお、分裂を続けていた。


「ふふ……。馬鹿め!斬撃程度でカタがつく魔獣じゃないんだよ!」


 一刀両断じゃ駄目らしい。

 屍田が叫ぶ。


「さらに触手だ!」


 触手ダブルウィングマンとなった屍田が、紅白歌合戦じみた触手の翼を広げ、ひゅんひゅんと、どどめ色の触手を俺に飛ばす。


「1000の触手だ! この数の触手をみきれるか? さらに背後には900のタコ子群だ! これが本当のオールレンジ攻撃だ!」


 屍田が煽るが、俺には見えている。

 1000というが、正確には983の触手が、前後左右から俺めがけて襲ってくる。


 背後には【オメガ・デビルフィッシュ・クトゥーゾテプ】の子群が、ぺたぺたぺたぺた融合し、タコの波となり、俺を覆い尽くそうとする。


 タコの波に囚われれば、吸盤で捕食され、俺は骨だけになってしまうだろう。


 俺は鉈で触手を刻む。

 俺は鉈で触手を刻む。

 触手を斬る。触手を斬る。


 ぼしゅうううううううう!

 どしゅぅううううううう!


 血と粘液が100階層に飛び散る。

 斬りながら俺は思う。


 なーんかそういうことじゃない。


「リコがみてんだよなあ。こういうきめぇ光景を見せちまうのは嫌だよなぁ。なんかイキそうになってるし」

「ひぐっ。ひぎぃ……」


 リコが屍田の触手につつまれ、上空に吊される。

 リコが触手に包まれてるのはエロいので別にいいのだが、もう屍田はぶっ殺すって決めたので、泥臭い闘いは面倒くさい。


 ここはどうせダンジョンだしな。

 人殺しにはなんねーだろ。


 というかあいつはそもそも人なのか?

 メルルから通信がくる。


「鬼神ぃ。【迷宮法第90条】を送るね」


 メルルが俺の脳内に情報を転送してくる。


【魔物に変貌を止めた人間は、人間の判定が消失するものとする。戦闘の結果に関わらず罪には問われないものとする】


 よーし。ぶっ殺してもオッケーか。


 俺はまず速度重視で両腕をイーグルハチェットにする。


 速さ重視の鉈を振り回し、突っ込んでいく。


 シュンシュンシュンシュンシュンシュンシュンシュン!

 ズババババ、ズババババババババァ!


 飛び散る触手!

 適当に背後を振り返ると、エンジュちゃんは、翼の大きくなったメルルに捕まって、100階層の天井付近に逃げていた。


「きゃあぁぁああああ!」


 100階層は体育館めいた広さなので、上に逃げるのが正解だ。


「がんばれ、がんばれ!」


 メルルはぷるぷる震えていたが、巨大な羽は伊達じゃないらしい。

 この妖精、有能じゃん?


 もっとも屍田の触手は、どこに逃げても360度ついてくる。


 俺は右腕にイーグルハチェット、左腕にサイファーハチェットを持ち飛翔。


 屍田の本体と、その付近に吊るされたリコへ向けて跳躍!

 俺はまずリコを救おうとする。


「来たぜ、触手ウィングマン」

「まっさきにリコ君を助けにくると思ったよ、鬼神ぃ!」


 俺がリコを縛る触手を切り刻もうとすると、しゅるんと、さらなる触手トラップが俺の四方八方から、展開!


 触手は俺を串刺しにしようとしつつ、リコごと貫こうとしていた。

 俺が回避すればリコがやられてしまうだろう。


「この女は死んでもどうでもいいからなぁ! 殺してから死姦する!」


 屍田が最悪の二択を俺に突きつける。


 俺が貫く触手を回避すればリコが死ぬ。

 リコを守れば、俺が貫かれる。


 さらに触手が倍増!

 視界を覆い尽くす。


「終わりだ鬼神ぃ! お前は人の心を捨て切れていなかった! それが敗因だ!」

「あぁ。超ぅ。わかるわ。だが触手って時点で、想像力の限界なんだよな」


「何……?」

「人の心は捨てるが、1ミリだけ残しておくんだよ。それが『想像力』つってんの」


 屍田の触手が俺を貫こうとする。

 避ければリコが死ぬようだが、今の俺にはそういう駆け引きとかどうでもいい。


 触手の槍が俺に触れるや『ぼじゅ』と音を立てて触手が沸騰し、崩れた。


「防御壁だと?」

「そんなチャチなもんじゃねえよ」


 俺はマナを全力展開している。

 迫り来る触手は俺の周囲に触れるや、ぼじゅぼじゅぼじゅと沸騰し、消えていく。


 虹色マナが俺の背中から噴出し、形作っていた!


「この光は……?!」


「雷轟神と書いて〈ヘカトンケイル〉と読む。この意味を教えてやるよ」


 俺の背後から巨大な腕が顕現する。

 触手を沸騰させていたのは防御壁などではない。


 俺の体から突き出る《雷轟神の本体》だ。

 背中からは100の腕が実体化し顕現を始めていた。

 

 雷轟神の腕からすれば、触手など髪の毛サイズだ。


「俺の武装の種類は100種類。これは100の武装を使い分けれるという意味じゃねえ」

「雷轟神だと……。名前だけ言っていたんじゃないのか……?」


「『100の腕を持つ雷轟神をまるごと召喚できる』という意味だ」


「なん……だと?!」


「伊達じゃねえってことだよ」


 俺は背中から雷轟神を完全顕現。

 雷轟の巨人が100の腕と共に立ち上がり、体育館の天井を突き破る。


「ぁ……ぁぁ……ぁぁぁぁあ!」


 触手ウィングの中心にいた屍田は雷轟神を見上げ、眼を見開き、喉を震わせることしかできない。


 ダンジョン最上階の夜空には、俺の雷轟によって生まれ、実体顕現した〈真皇雷轟神〉が生まれていた。


「真皇雷轟神〈シン・ヘカントンケイル・トール〉と呼んでいる」


 怒髪天をつく全身雷の神。

 髭を蓄えた相貌は、神話の神そのものだ。


「こ……。こうなればリコごと殺!」 

「おせーよ」


 俺は雷轟神の100の腕を触手ウィングマンに振り下ろす。

 50の槌と、50の鉈のオーバーキルが、100階層に炸裂した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る