第44話 リコ猛追


 俺は70階層の触手エリアに踏み入る。

 触手が総合格闘技覇者ユ・ハンソンの全身に絡みつく。


「ああああああ、あああああああ!」


 汚い声を出しながら、ユ・ハンソンは気絶した。絶頂による気絶だった。

 男の絶頂気絶など、ただただ汚いだけだった。

 俺は、触手エリアでため息をつく


「家の裏の迷宮にもあったなあ。触手根絶から始めたんだよな」


 俺は一年かけた〈果て成る水晶の迷宮〉の探索を思い出す。水晶の迷宮では50階層あたりに触手エリアがあったんだ。

 その先に女神の泉があったんだよな。

 触手の向こうに何かがあると、俺は信じていた。

 だから、感度4000倍の対処には慣れている。


 俺は両腕をリビングハチェットにする。


 しゅばっばっばっばばっば! と触手を切り刻んでいくが、触手の一本が皮膚に触れる。


「タイミングが命だ」


 感度4000倍の衝撃をいなすコツはない。

 だからこの瞬間俺は、全身に電流を流す。


「うぉおおおおお!!」


 触手もまたビリビリと、電流を受けて痺れ、ビクンビクンとなる。


「ふぅ。ぴったりだ。水晶の迷宮にも触手エリアはあったからな。練習しといてよかったぜ」


 感度4000倍は電流で相殺した。

 俺に届いた感度はせいぜい2倍といったところだろう。


「しっかし悪趣味な部屋だ。リコとヤってなかったら耐えられなかったな」


 リコという相棒が待っていると思えたから、俺は触手を跳ね除けることができた。


「うっかり触ったら終わりだからな。あぶねーあぶねー」


 探索者の汚い絶頂の叫びを聞きながら、俺は70~80階層を抜ける。


 80階層からはサキュバスエリアのようだった。



「こんにちはぁ~」


 迷宮魔獣・キメラサキュバスが俺の前に立ちはだかった。


「お、美少女ゲット!」


 キメラサキュバスは、本物のサキュバスとは違い、ハリボテの淫魔だ。


 頭ではハリボテだとわかっている。


 その本体は淫核に封じ込められた悪魔でしかなく、女性のハリボテを取り払えば醜悪な悪魔が現れるのみだ。


「いやぁ、いいおっぱいしてんな!」


 俺はキメラサキュバスの乳をもみしだく。

 ちょっと休憩って感じだ。


「鬼神ぃ! 惑わされちゃだめだよ?!」


「あぁん? ラッキースケベなんか思春期はゼロだったんだよ。いいだろこれくらいちょっとだけだからよぉ!」


 メルルが反対するのも構わない。

 80階まで瞬殺したはいいものの、ちょっと休憩くらいいいだろう。






 鬼神がキメラサキュバスの誘惑に引っかかっているその時、スタジオではリコが拳を握っていた。


「鬼神さん……。私というものがありながらぁ!」


 立ち上がりリコはスタジオを抜け出そうとする。

 すぐさまディレクターの女史に呼び止められた。


「どこに行くんですか? 輝竜リコさん」

「大事な人がピンチなので、助けにいくんです」


「スタジオを抜け出すのは契約違反ですよ。出演料もなくなります」

「主催者の屍田さんだっていないですよ」

「あれは主催者としてトラップをしかけたりしてるからで……」


「あー! いまトラップって言った! ズルしてるってことじゃないですか!」

「……とにかくスタジオに戻ってください!」


 リコは屍田の発言から、もう番組の問題だけではないことを理解した。

 絶対、意図的に罠をしかけている。


 だとすればこれは、鬼神と屍田の闘いなのだ。


(出演料とかこの先のオファーとかいろいろ有るけど。私は配信者だし声優だってやってる。大事なのは目の前のお金じゃない!)


『敗北しちゃいけない』ってことだ。


 リコは冷静にディレクターのメガネの女史にレスバする。


「アクシデントはつきものですよね? 私は探索者で配信者ですから。飛び入り参加したくなっちゃったんです」


「しかしそんな我が儘は通用しません」


「ここは学校じゃありません。おいしい展開がすべてでしょう? 暴走機関車ってことで、宜しくお願いします~!」


 リコはわざとスタジオに聞こえるように大きな声でいった。


 司会者がリコの声を拾いにやりと笑う。



『おおーと! ここでゲストの輝竜リコさんが、アトラクションタワーの挑戦を希望したぁ! 暴走機関車女子が突入を果たすのかぁ! アトラクションタワーはどうなってしまうのかぁ!』



 リコは私服を脱ぎ捨て、探索者ローブとなり、走り出す。

 スカートを翻す様子が、絵になった。



「カメラさん宜しくお願いしまーす!」

「ちょ、待ちなさい!」


 ディレクターの女史の制止も聞かず飛び出していく。

 だがリコの突入は番組的にはおいしい展開だった。


 ディレクター女史が「はぁ。いいんですか?」と番組の総監督に尋ねる。

 サングラスの監督はグーサインを出した。


「オーケーだ。屍田さんだっていねーし。番組は視聴率がすべてだ。今の輝竜リコの探索者ルックへの変身で、視聴率は3倍になった」


「わかりました。認めましょう」


 リコはスタジオを抜け、隣に屹立するタワーへと入っていく。


「鬼神さん待っててね」




 俺の横で妖精メルルが、きゅぴんと何かを感じていた。


「リコが来る!」

「おい。どこいくんだ?」


「配信は後だよ。リコが追ってくる。助けに行くよ」

「お前がひとり行ったってどうにもなんねーだろ」


「軽くなる〈フェザージェム〉、借りていくね」

「俺のジェム!」


 メルルは俺から離れて、すうぅと吹き抜けへ向かってしまう。


「リコならきっと追いつけるよ。ハニトラに引っかかったと思って心配したんだと思うよ。つれてくるよ。鬼神側のほうが安全だと思うからね」

 

 妖精メルルは吹き抜けから一階へ降りて言ってしまった。


「まあいいか。配信カメラが戻るまでサキュバスと遊んでよう」


 俺は目の前のサキュバスと戯れることにした。




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