第39話 ヴェーラとニュルンルン


「あの男が、ヴェーラの言っていた鬼神ですか」


 333階あるアルティメット=セレブ=タワーの最上階で、邪神ニュルンルンがダンジョンアトラクションタワーでのイベント、『リビングデッドオーバーライド』を観戦していた。


「たしかに強い。だが女神の加護を受けた勇者というだけでは説明できない強さだ。あの男は一体……」


 ふとニュルンルンは、ぴくりと異変に気づいた。

 窓を空け、ナイトプールエリアに顔を出す。


 時空の振動を感じる。

 何者かがワープしてくるようだ。

 屋上のナイトプール上空に異世界とのゲートが生まれた。


「この光は妖精世界の……」


 ワイングラスを傾けながら、光を見守る。


「探しましたよ、女神ニュルンルン」


 ゲートから登場したのは、女神ヴェーラだった。虹色の光沢が長い髪の節々に浮かび輝きを放つ。


「へぶっ!」


 しかし転移と同事に、どぶん!と、プールに落ちてしまった。

 情けない登場だが『ヴェーラらしいな』と、ニュルンルンは目を細める。


「ぶへぁっ! ああっ。私のお召し物が、透け透けに……」

「誰もあなたの、だらしない駄肉など見ませんよ」


「ストロング・スタイルと言ってほしいですね。飛行だってできますし」

「駄肉が跳ぶなんて怖いだけではありませんか」


「失敬な!あなたよりちょーと、ウエストとヒップが大きいだけです!」


 ヴェーラはプールから這い上がり、水を滴らせながら、ニュルンルンの眼前に立ちはだかる。

 ニュルンルンは『仕方がないヤツだな』という顔で、ヴェーラをみた。


「……それで。よく、ここがわかりましたね。こちらの世界にくるのに、通行証はちゃんと発行したんでしょうね?」


「もちろん妖精世界での通行証は発行しましたよ。使命を放棄して邪神となったのは、あなたではありませんか」


「使命は放棄していませんよ。女神として隣の異世界を良い方向に導く。それが我々の使命です」


「では何故、邪神を名乗るのです? 〈女神の雫〉を流通させてまで……」

「今は〈邪神のダシ〉ですよ」


 ニュルンルンがこの世界に流通させていた〈邪神のダシ〉は、名称のみが邪神で、元は〈女神の雫〉という名称だった。


 女神の雫とは、迷宮探索者や転生者に力を与える源泉である。


 ニュルンルンは〈女神の雫〉を〈邪神のダシ〉として流通させていたため、問題視されていた。


「あなたは、資格のない人間に力を与えています。女神としては恥ずべきことなのではないですか?」

「いいえ。私は手っ取り早いことをしているのですよ。あなただってわかっているでしょう?」


「わかりません。ニュルンちゃんは……。わざと悪い人に力を与えているように見えます」

「その名は捨てました。今の私は邪神だ。女神の領分ではできないことをするために、必要なことをやっている」


 ヴェーラが倒したがっていた邪神とは、ニュルンルンのことだった。


 ニュルンルンは女神としてジェム魔力の流通するこの世界〈水晶世界〉へと転移したが、今は何故か邪神を名乗り、力をばら撒いている。


 何故彼女はそのようなことをするのか……?


 ヴェーラは踏み込み事にした。


「教えてください。ニュルンちゃんはこんなことをする人ではなかった。成績優秀、運動神経もバツグン。まあ顔は私の方が可愛いですし、私の方が女神としてとっつきやすいと評判でしたが」

「おい」


「ニュルンちゃんは料理はメシマズだし、掃除もできないポンコツだし、私がいなければ喧嘩もできない後方待機娘でしたが……」

「全部悪口じゃねーか。殺すぞ?」


「どうして……。ぐす。こんな闇落ちなど、してしまったのですか?」


「今の会話だけみれば、『お前のせいだよ!』って言いたいですよ。私は」


「またまた~」

「そういうとこだぞ?」


 適当にじゃれ合いつつ、ヴェーラとニュルンルンは牽制していく。

 女神候補生の時代は、互いに同級生として切磋琢磨する仲だった。


 何故異世界で悪さをするのか?

 ニュルンルンには真意があるはずだ。


「教えてくれないなら、考えがありますよ。ニュルンちゃん」

「力づくですか? こちらの世界では力を解放することは禁止されているはず」


「ええ。ですから相撲をしましょう」


「子供の頃からニュルンちゃんは、成績と運動神経と先生の評価だけよくて、技能教科や家事はてんで駄目でしたからね。間をとって相撲です」


「なんで間を取って相撲になるんです?」

「『なんとなく』です」


 ヴェーラのいうことは支離滅裂だったが、ニュルンルンはちょっとだけ納得した。


 成績と運動神経では、ヴェーラなど物の数ではない。

 けれど技能科目ではニュルンルンが劣る。歌も絵もはんだごても、ヴェーラは独創的ながらアーティスティックだ。


 お互いに得意科目がバラバラだから。


 あえての相撲を取る。


「いいでしょう。受けて立ちます」

「私が勝ったら、教えてください。異世界で悪さをする理由を……」


「勝てるものなら、ね」


 ニュルンルンは冷静に状況を見極める。

【お尻相撲】では過去全敗だが、ただの相撲なら問題はないだろう。


 運動神経も成績もすべてのパラメーターはニュルンルンが上なのだ。

 ヴェーラになど遅れは取らない。


 デビルドラゴンメイドのヨルナがいつの間にか〈行司(相撲の判定を下す人)〉となっていた。



「ニュルンルン様。ヴェーラ様。ナイトプールのくつろぎマットスペースを、土俵の形としておきました」


「気が利くわね。ありがとう」



 ヨルナもまたノリノリのようだ。


 ここはぜひとも勝たねばなるまい。


 ヴェーラに計画など話すものか。

 友人を巻き込むわけにはいかないのだから……。


「両者、位置について」


 ふたりは女神装束の布をスカートの上に巻き、道着とする。


「はっけよい」


「行きますわよ!」

「来るがいいです」


「のこった」


「はあああぁぁぁあああああ!」

「うおおおおぁぁあああああ!」


 冷静に気合を放つニュルンルン。

 熱気と共に絶叫するヴェーラ。


「相変わらず、駄肉ですねえ。ヴェーラちゃん」

「ニュルンちゃんこそ。少し見ない間に、大人になって……。昔は発育悪かったのに……」


「大器晩成でしてよ!」



 ふたりの女神はかつて妖精世界で親友だった。


 女神は異世界の調停役として様々な仕事を請け負う。

 妖精世界では、女神としての教育機関で、みっちりと女神の資格を得るのだ。


 苦楽をともにした友達のはずだった。


 だがニュルンルンはある日を境に、変わってしまった。

 いまや女神の範疇を逸脱し、異世界で邪神などと名乗っている。


 されどもヴェーラは相撲をして確信する。

 がっぷり四つに組むと、ニュルンルンの【心】が伝わってくる。



(心まで邪神になってしまったのかと思っていたけど。確かにニュルンちゃんだ。本当に邪神になってしまったら、鬼神きゅんに力を借りることも考えたけど。ニュルンちゃんが昔のままなら。まだ対話の余地はある)



 どっぷりよっつに組み合う女神ふたり。

 ニュルンルンは眼を光らせた。


(甘いですね)


 ヴェーラの腕を両腕で抱え、関節にダメージを与えたのだ。


「ひぐうぅう!」

「技でこの私に勝てると思っているのですか?」


 ヴェーラの腕は決められた。

 これでもう回しはとれない。

 ただの相撲ならば、ニュルンルンの勝ちだ。


 だがヴェーラの眼は死んではいなかった!


「まだ私は立っていますよ! 土俵に残っています。腕が傷んだだけで手も膝もついていない」


 幼い頃から、後ろをついてきたヴェーラちゃんの癖に。


「いいでしょう。壊し尽くして差し上げます」

「これが私の放つ最後の技となるでしょう」


 ヴェーラが新たな構えを取った。

 腰を、捻っている……。

 それは、お尻相撲の奥義であり、諸刃の剣。


 ヒップアタックの構えだった。


――――――――――――――――――――――――――

お尻相撲回その1!! 尻がよかったら☆☆☆ください!




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