第20話 ユユニ水晶とメルル出現


 俺はリコを追って迷宮低層の森を歩いている。


「そろそろモンスターとかでてくるな。武装するか」


 鉈を取り出すと、持ち手にストラップのような紐がぐるぐる撒かれているのに気づいた。


「なんだこれ?」


 ストラップの紐の先には水晶があった。

 マナを宿しているのか、薄く光っている。


「やけにでかい水晶だな。なーんか見たことあるような」


 山羊鬼が首に巻いていたような……。

 でも拾った覚えはない。


「もしかして、あいつか?」


 リコの仕業かもしれない。

 この水晶が山羊鬼のドロップアイテムでリコが拾っていたのだとしたら、合点がいく。


「いたずらのつもりか。とっととリコに会うしかねーな。ポンコツナビでも開くか」


 携帯でナビを開き、ポンコツナビの妖精白樺メルルを召喚すると、途端に水晶が光り出した。


「ぁん? なんだこれ?!」

 ホログラムに表示が浮かぶ。


 ――ユユニ水晶を起動します。ナビ妖精の進化が可能です。


「いやいや。頼んでねえって!」


 ユユニ水晶の力により、俺のポンコツナビ妖精白樺メルルが光り出す。

 いままではハエか虫のようなものにしか思えなかったナビ妖精が、精巧なフェアリーへと容姿を変貌させていった。


「ナビの進化ってのは聞くけどよぉ」


 ホログラムにすぎなかった妖精が小さな肉体を獲得していく。

 羽は薄い四枚羽。

 可愛らしいドールのような顔立ちに、長い耳。体長は20センチほどだ。

  

「ぷっはぁ。よくやく〈顕現〉できたよ」


「顕現だあ?」


「知らないのぉ?」


 妖精メルルはムカツク笑みを浮かべた。


「僕たちは迷宮の向こう側の異世界〈妖精世界〉から、マナを通じてスマホに忍び込んでいたんだよ」

「いや。アプリじゃねえーのかよ?」


「アプリはアプリだけど。安いアプリは、遊びでハックできるのさ。『妖精』という記号を通じて、僕たちは他の世界に意識を飛ばせるんだ」


「……アプリナビは精巧なプログラムのはずだが? 俺のアプリがポンコツでバグってしゃべりはじめたのか?」

「僕がハックしていたんでした~。いやあ。今まではホログラムしかなかったからねえ。お話するのも一苦労だったよぉ」


「やっぱりバグか?」


 鬼神は妖精を掴む。


「あ、やめやめ。僕はマジです!」

「実体がある。今までみたいなホログラムじゃないのか? でかい虫みたいだが」


「妖精ですよぅ! でもいまはユユニ水晶の力で〈受肉〉できたからね。うふふ。君のアプリをハックしてからかうのは楽しかったなあ。これからは、前よりもずっと直接からかってやる!」


「あれは、お前の仕業だったのか!」


 鬼神は握る力に手を込める。


「いたたた。って、怒っている場合じゃないよ。リコが危ない。北東200メートルだよ」


 俺は怒りを静める。


「リコが危ないってのは?」

「襲われてるんだ。信じてよ」


「信じられるかよ。このポンコツが」

「……僕はリコの魔力で顕現したんだ。ユユニ水晶と契約したのはリコだからね」


「あんだと?」

「妖精は〈契約者〉の危機だけは裏切らない」


 聞いたことがある。

 アプリで出てくる妖精はプログラムだが、妖精の形を模しているのは〈本物の妖精〉が実在してるからだ。


 ――妖精世界が迷宮の向こう側にある。

 ――稀にアプリの妖精を媒介に、本物の妖精が顕現することもあるという。 


 都市伝説と言われているが、稀に発見例があるからこそ、噂になるものだ。

 まさか、俺の目の前に表れるとはな。


「お前のいうことは一理あるか。目の前にいるものな」

「お、鬼神、話わかるぅ」


「てめえをいたぶるのはまた後だ。案内しろ」

「ひえぇ、怖いなぁ。でもいいや。リコには優しくして貰おう。ふたりのことも、みてたからねーぇ」


「てめぇ!」

「こっちだよ~」


 メルルに先導されながら俺は森を駆ける。

 急な展開で目白押しだが、どのみち目的はリコだ。


 ここで俺は、足跡の性質に気づく。


(足跡が不穏だ。リコを追いかけているような……)


 ここは迷宮。無法地帯だ。

 法がないということは人の根本的な善意のみが頼り。逆をいえば法の縛りがないゆえに、悪意が増幅される場所でもある。


「なーんであいつが追いかけられてるか知らないが、有名インフルエンサーで声優だからな。つっても背中はみえねえな」


 俺ははたと思いつく。


「おい。ナビに顕現した妖精ってなら。ナビの機能は使えるのか?」

「別世界に顕現した妖精は、媒介にしたものの能力を使えるよ」


「じゃあナビアプリ全種も使えるのか?」

「当然、ばっちこいだよ」


「なら、頼みがある。リコの位置情報を頼りに、先に行っててくれ。そして俺のスマホに位置を知らせてくれ」

「鬼神が直接、リコにGPSつければよかったんじゃないの?」


「女の位置情報を把握するとかストーカーみたいなことできるか」

「口はわるいけど、良識あるんだね」


「監視されるのも監視するのも嫌なだけだ。犯罪抑止ならしゃーないがな。俺個人は自由でいたいんだ。ごちゃごちゃ行ってないで早く行けよ」

「もしや、リコのことを心配?」


「してねーよ……。ああ、待て。念のため。『配信』も繋いでおけ。アプリ全種使えるなら、できるよな」


「当然。妖精にできないことはないよ」


 若干うざさのある妖精だが、有能なようだった。


(ユユニ水晶の魔力でアプリに顕現なんて。俄には信じられなかったが。使えるものは使った方がいいな)


『配信、配信、配信!』


 メルルは、羽ばたいてリコのもとに飛んでいった。


「ったく。がらじゃねーのによ」


 俺は万が一の危機に備えて、鉈を構えた。

 前方に人影がみえる。

 複数の男と、縛られたリコが眼に映った。


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