神海逃亡

 艇庫には神海がいた。彼はカバンを背にかけ、ジープに乗り込んでいた。ここの署員は、あらかじめ神海が出した偽の指示で別の部署に行っている。もう止める者は誰もいない。神海は運転席の下に潜り込み、回路を直結してエンジンを動かした。


「ちょろいもんよ。こいつで安全なところまで逃げられるぜ!」


 神海はアクセルを踏み、エンジンをふかした。艇庫に轟音が響き渡った。そこに荒木警部や佐川たちが到着した。


「神海!」


 荒木警部が叫んで拳銃を抜いて構えた。だが撃たれる前に神海は猛スピードでジープを走らせた。艇庫を走り抜け、開かれた後部ドアを越えて行った。狙うにはもう距離が遠すぎた。


「逃げられたか!」


 荒木警部が舌打ちした。ジープは夜の湖を悠々と進んでいた。やがて神海はそのハードトップを収納してオープンな状態にした。立ち上がって湖国の方に向いた。その顔は勝ち誇った表情で満たされていた。


「くそつ! バカにしやがって!」


 藤木刑事がそう声に出して悔しがった。これで神海は夜陰に紛れて逃亡するだろう。彼を追うことはもはやできないのか・・・。

 すると急に、


「うわあ!」


 と悲鳴が上がった。神海の胸をあの水中銃の長い弾丸が貫いていたのだ。彼は胸から血を吹きだしてそのまま倒れた。


「水中ドローンがいるぞ! 気をつけろ!」


 荒木警部の声が飛んだ。佐川たちは拳銃を構えて柱の陰に隠れた。いつまた襲ってくるかと・・・。だがそれっきり水中銃の弾は飛んでこなかった。多分、湖国に青い表示のあるタブレットがあるからかもしれない。



 しばらくして佐川はモーターボートでジープを回収しに行った。夜の湖は波が高く揺れは激しかった。佐川はやっとのことでロープを括りつけて、湖国まで引っ張っていった。ジープの座席の上で神海の死体がバウンドするかのように揺れていた。

 佐川は腕時計を見た。


「20時まであと少しだ。」


 水中ドローンが傍若無人に暴れるまでもう時間がない。神海の残していったパソコンで水中ドローンをすべてコントロールできるかどうかがカギだった。

 佐川がジープを回収した頃、船内電話が鳴った。そこにいた荒木警部がすぐに受話器を取った。


「荒木だ。」

「真森です。水中ドローンの活動が止まりました!」

「本当か?」

「はい。神海が残して言ったパソコンを操作したら水中ドローンのアプリを開けることができました。多分、これで止められたはずです。」

「わかった。すぐに戻る。」


 荒木警部は後を佐川たちに任せて、藤木刑事と情報センターに戻っていった。

 佐川と岡本刑事は回収したジープのそばに寄った。そこには胸に弾丸を受けた神海が倒れている。もちろん息はない。その傍らにやや大きめのカバンが置かれていた。岡本刑事が手袋をしてそのカバンを持ち上げた。


「何を持っていたんでしょう? 軽いですが。」

「開けてみてくれ。」


 岡本刑事がそのカバンを開けた。すると中にはあのタブレットが入っていた。


「サバイバルゲームのタブレットですね。」

「いや、ちょっと違うタブレットだ。上野と似ているが・・・」


 表示はもちろん赤だった。だから彼は水中ドローンに撃たれたのだ。


(どうしてこんなものをもって不用意に湖に出たんだ? これでは水中ドローンに攻撃されてしまう・・・)


 不可解だった。神海が逃げる際はある意味堂々としていた。自分が撃たれることなどないという風に佐川には見えた。それにタブレットを持っていったなら、水中ドローンを操作していたパソコンも持って行けただろう。それができないほど、切羽詰まっていたのか・・・

 容疑者の神海が死亡し、水中ドローンの活動も止まったので事件は終焉を迎えた・・・だが佐川には何かしっくりした感じがなかった。何かが違う・・・違和感が彼の中に渦巻いていた。

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