救出へ

 湖上署の艇庫にはジープが準備されていた。それで中野警部補とタブレットを貨物船第53ひえい丸に送り届けるためだ。佐川が運転席に収まった。だが出発する寸前に船内電話がかかってきた。


「出発は中止。各自は持ち場で待機。」


 それは大橋署長からだった。


(今になって中止とは・・・。一刻を争う状況なのに、何があったんだ!)


 佐川はジープを降りた。すると捜査課と警護課の署員は会議室に集まるようにとアナウンスがされた。そこで大橋署長が説明するようだ。佐川が狭い階段を上がると、ショットガンを担いだ中野警部補の姿があった。


「一体どうしたのでしょう? 今になって中止なんて。」

「大橋署長に直接、わけを聞きましょう。」


 2人はまた階段を上がって行った。


 ◇


 第53ひえい丸は救援を待っている状況にあった。幸いにも水中ドローンは襲って来ない。だが沈没の危機は続いているのだ。

 船が危険な状態にあるのは乗組員、すべてがわかっていた。だがそれが水中ドローンのためだとか、積み荷が核物質で沈没すれば琵琶湖が汚染されるなどは知らされていなかった。彼らは船が助けに来て、移乗すればいいと思っていた。


 だが3人だけ積み荷のことを知る者がいた。それは甲板作業員の中年の女性と若い男2人だった。人手が足りず、急遽、雇い入れたばかりで、目立たないようにいつも部屋の隅にいて人と話すことは少なかった。

 船が水中ドローンに襲われて、座礁して動けなくなった。そこで3人は持ち場をすっと離れた。女はブリッジに近づいて中の様子を探った。何が起きたのかはよくはわからないが、座礁して救助されるのを待っているのを知った。そして2人の男が待っている、人目のつかない貨物室にたどりついた。

 女は2人の男に船に起こっていることを話した。


「・・・まずい状況だわ。計画が狂った・・・」

「どうします? 中止しますか?」

「いえ、混乱しているときこそ、うまくいくわ。」

「では計画通りに・・・」


 その女はうなずくとポケットに右手を入れた。そして引き抜いた時、その右手には小型の拳銃が握られていた。他の2人の男も拳銃を抜いた。


「これでここを制圧して仲間を呼ぼう。計画は変わったけど、これでうまくいくわ。」


 女は不気味に笑った。


 ◇

 

 会議室に捜査課と警護課の署員が集められた。そこに大橋署長が現れて彼らに言った。


「捜査1課からの命令が出た。湖上署は動くなと。」


 それに対して荒木警部がすぐに反対した。


「それでは今、湖にいる人はどうします! 見殺しにするのですか! そんなことはできません。いくら捜査1課の指示だと言っても。」

「そうです。私も反対です。捜査1課にはこちらの作戦は伝えているはずです。20時まで時間があります。まだやれます!」


 中野警部補は立ち上がってそう意見を言った。


「救出を続行すべきです。犯人が約束を守るとは限らない。今すぐにでも貨物船を攻撃するかもしれません。タブレットを届けてせめて20時まで時間を稼ぐべきです。」


 佐川も反対した。そこにいる署員も全員同じ意見だった。大橋署長は全員を見渡してから話し始めた。


「わかった。私も同意見だ。危険を目の前にしている人たちを救出しないようでは警察官は務まらない。捜査1課に反抗することになるが、責任は私が取る。皆は存分に力を尽くしてくれ!」

「はい!」


 湖上署の方針は決まった。それで各自がそれぞれの任務に向かった。

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