沈没寸前

 しばらくして船は「沖の白石」を過ぎようとしていた。「沖の白石」とは大小4つの石が見える琵琶湖の名所の一つである。その名は鳥の糞が長年、岩に堆積して白くなっているところからきている。

 第53ひえい丸はそれを右手に見ながら進んでいた。するとその時、見張り員が声を上げた。


「奇妙な波が10時の方向からこっちに向かっています。」


 城山船長はその方向の湖面を見た。確かに塊のような盛り上がった波が白い航跡を引きながら近づいてきていた。彼にはそれが非常に危険なもののように感じられた。


「面舵!」


 城山船長はとにかく舵を切ってその波から逃れようとした。だが波の方も向きを変えて追ってきた。


(もしかして通信で言っていた危険とはこのことなのか。あれはいったい何なんだ? いや、とにかく逃げなければ・・・)


 だが波の方が早い。みるみる距離が近づいた。すると「バン! バン!」と何かが船体に当たる音がする。よく見ると矢のようなものが船体に突き刺さっていた。あの波から撃ってきたのだ。


「襲ってきた! あいつらが襲ってきた!」


 横にいた荷主はしゃがみこんで震えていた。城山船長は荷主の様子があまりもおかしかったので彼が何か知っていると直感した。


「あいつらって誰ですか!」

「あいつらだよ! 原子力研究反対派だ!」


 城山船長はよくはわからなかったが、何か厄介なことに巻き込まれているのはわかった。しかし今は救難信号を出して無線で助けを呼ぶしかない。


「こちら第53ひえい丸。水中の何者かに襲われている。くりかえす・・・」


 するとドーンと船全体が大きく揺れた。その強い衝撃で船長をはじめブリッジにいた者はすべて床に叩きつけられた。


「どうしたんだ?」

「あの波がぶつかってきたようです! その衝撃で水中の飛び出た岩にぶつかったようです。」


 城山船長はなんとか立ち上がって計器を見た。機関は止まり、浸水の警報のブザーが鳴っていた。そして座礁して船体が傷ついている。


「機関が停止した。エンジンを見てくれ!」


 するとすぐに機関室から連絡があった。


「エンジン故障。舵も故障しています。 少しずつですが浸水も始まっています。」

「何とか浸水を食い止めろ! 救援を呼ぶ!」


 城山船長はそう指示した。そして無線のマイクをつかんだ。


「こちら第53ひえい丸。水中の何者かに襲われて座礁。浸水している。救助を頼む! くりかえす・・・」


 ◇


 霧の中で第53ひえい丸は漂流していた。船はなんとか沈没を免れていた。乗組員が何とか船体の穴をふさいで浸水を防いだのだ。だが機関は回復しそうにもなく、どうにもならない状態だった。これであの波に襲われれば今度こそ沈没する・・・


「だれか応答してくれたのか?」


 やっと落ち着いた荷主は城山船長に尋ねた。彼はいまだにブリッジから出て行こうとしなかった。


「湖国が応答してくれました。しかし動けないということでした。」

「じゃあ、他の船は?」

「他には連絡が取れないのです。どうも朝から緊急事態が起こっているようです。」


 城山船長は(だから出港を見合わせようとしたんだ)とも言いたげに荷主に答えた。


「それではこのままなのか?」

「いえ、今は何とか沈まずにいますが、もう一度あの波に襲われたらダメでしょう。一応救命ボートの用意はしてあります。」


 それを聞いて荷主は青ざめた。沈没してしまったらあの荷物が琵琶湖の底に沈み、とんでもないことになると・・・。荷主は城山船長にまるで命令するかのように言った。


「湖国に連絡を取ってくれ。私が話す。」

「えっ! あなたが?」

「そうだ。私は政府機関の人間だ。」


 荷主ははっきりとそう言った。深刻な事態を迎えて彼の目が鋭くなっていた。

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