第53ひえい丸

謎のコンテナ

 話はさかのぼる。その日の未明、大型トラックが今津港に到着した。辺りは灯が消えて暗闇に包まれていた。その中をトラックは密かに貨物船に横付けした。

 運転手と助手が誰にも見られていないかを警戒しながら降りてきた。そしてそれを待っていた男たちも静かにそこに集まってきた。


「大丈夫だ。見つかっていない。」

「それはよかった。報告によれば北陸自動車道や国道は反対派が集まっている。ここからなら奴らを出し抜いて大津港に運べる。さあ、始めるぞ。」


 トラックの荷台にはコンテナが置かれていた。それはどこにでもあるようなものだった。だが彼らはかなり慎重にそれを扱った。中に極めて重要なものが入っているのは確かだった。

 やがてクレーンを使って貨物船に載せた。これで後は出航するだけだった。


「では大津港で! 先回りしておく。」

「ではまたな。」


 トラックは走り去った。彼らのトラックは反対派の者に停められて荷台を強引に調べられるかもしれないが、空であるからそのまま大津港に向かえるだろう。


 一方、コンテナを積み込んだ船は朝を待っていた。それは「第53ひえい丸」という小型の貨物船だった。乗組員が集まり、9時には出港できるだろう。詳しいことは伝えていない。怪しまれずに普通のコンテナのように大津港に荷下ろしできるはずだった。


 その日は霧が深かった。霧が晴れるまで出港を見合わせようと城山船長は考えていたが、乗り込んでいた荷主がすぐに出港するように迫った。


「このままでは時間に間に合わない。頼む! 大津港に時間通りに荷物を届けてくれ!」

「しかし・・・」

「この船なら安心なんだろう。湖の船にしてはレーダーもついて安全だと聞いているし。」


 城山船長は結局折れる形で出港させることにした。霧が気になるが、少しずつ晴れているようであるし、波はそれほど高くない。スピードを上げなければそんな危険はないと判断した。


 9時30分、第53ひえい丸は今津港を出港した。この日は日曜日なので釣り客に注意すれば問題ない。大津港に向けて順調に航行していた。

 だがそこに通信が入った。それは湖上署のある湖国から発せられていた。


「琵琶湖は現在、危険な状態にある。航行する船舶は、大小問わず、警察に現在場所を連絡するように。警察船『湖国』の位置まで誘導して乗員を保護する。なお岸に近づいてもいけない。また決して外に出ないように・・・」


 城山船長はわが耳を疑った。こんな奇妙な通信を受けたのは初めてだった。


(本当に警察か? いたずらではないのか?)


 彼はその通信を本当のものだと信じられなかった。だが確かめる必要はあると思って無線で返事を返そうとした。ちょうどその時、荷主が許可も得ずにブリッジに入ってきた。城山船長はその傍若無人な態度に眉をひそめたが、荷主は構わず船長に尋ねた。


「船長。霧はなかなか晴れずにスピードも上げられないようだが、いつ頃、大津港に着く予定ですかな?」

「遅れは30分ほどですが、それより奇妙な通信が入っています・・・」


 城山船長はその通信のことを話した。


「おかしな通信ですな。警察からものとは思えない。」


 荷主は首をひねった。彼は研究機関の人間だった。コンテナの中の物を無事に大阪の研究所まで届ける必要があった。彼にはその通信は反対派の妨害工作にしか思えなかった。


「船長はどうお考えかな? これが本当の通信だと。」

「それを確かめようと思うのです。今から無線連絡をします。」


 それを聞いて荷主は思った。


(多分、反対派によって近くの港に誘導されてコンテナを押さえられてしまうだろう。そうなれば大問題になる・・・)


「船長。それはやめておいた方がいい。」

「どうしてですか? もし警察からだったらどうするのですか?」

「警察船『湖国』の位置はわかっているんでしょう。」

「ええ。それはわかっています。」


 この貨物船は最新設備を備えていた。多分レーダーに映る大型船が湖国であることはわかっていた。


「それならそこに向かったらいいでしょう。そうした方がはっきりするし、警察の指示を無視したことにならない。」


 荷主は微笑を浮かべながら言った。だがその目は笑っていなかった。城山船長は彼から威圧されているように感じた。


(あくまでも通信して確かめるなどと言ったら喧嘩になる。まあ、荷主の言うとおりにしてみるか・・・)


 城山船長はしぶしぶ荷主の意見に従うことにした。彼は荷主が何か訳ありの物を運んでいるように感じていた。

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