重役会議

 Rキット社の社屋は休日のためにしんと静まり返っていたが、開発部だけは明かりがこうこうと点いて、人が集まって騒がしくなっていた。広崎部長が休日出勤してきた部下とともに資料を集めていた。それは水上のサバイバルゲームとそのモニターについてだった。それに有給休暇中の上野主任を探していた。しかし彼のスマホにかけたが電源をオフにしているようでつながらなかった。それで電話を方々にかけたが、それでも彼はつかまらなかった。


「有給休暇を3週間も取っているんですよ。多分、海外旅行ですよ。」

「仕方がない。上野のデスクは?」

「あの角ですが・・・」


 そのデスクは資料の山で埋め尽くされていた。広崎部長はそれにあきれながら指示を出した。


「なんだ、これは・・・整理が悪いな。しかしあの中の資料から何かわかるかもしれない。上野のパソコンからも資料を探してくれ。」


 会議室では青山社長をはじめ重役たちが首を長くして報告を待っている。責任者の上野はいないが事の次第を資料としてまとめられる・・・広崎部長は焦りながらも、何とか目途がつきそうだと額の汗を拭いた。



 しばらくしてやっと資料をまとめることができた。広崎部長はそれをもってすぐに会議室に向かった。一応、報告ができそうだが、これで青山社長や重役の納得のいく説明になるかどうかが不安だった。それにまだ上野主任の居場所がわからなかった。開発部の彼の同僚があちこちに聞きまわったところ、やはり旅行に出ているとのことだった。そしてその行き先はやはりわからなかった。本人のスマホがオフになっている以上、探しようもなかった。

 広崎部長が会議室のドアから入ると、もうすべての重役はそろっていた。それぞれが話し込んで部屋の中は騒々しかった。ただ青山社長だけは黙ったまま、腕を組んで座っていた。彼は何かをじっと考えているように目を閉じていた。


「遅くなりました。上野はつかまらなかったのですが、代わりに資料が出てきたのでそれを報告します。」


 広崎部長が頭を下げて席に着いた。青山社長がやっと目を開いて広崎部長に言った。


「では早速、お願いします。」

「わかりました・・・」


 広崎部長は自社のサバイバルゲームの製品やゴムボートを送ったいきさつを話した。


「水上でのサバイバルゲームをユーザーに提案して、その製品を売り出そうと上野から企画書が出ました。それを開発会議でプレゼンテーションに上げようということになり、実際モニターを募集して実験的にやってみて可能性を探ることになりました。」


 それを聞いて重役たちは勝手に発言し始めた。


「それで承認もなしにやったんだな!」

「開発部が勝手にしたのか!」


 広崎部長は重役たちのあまりの反応に困惑した顔をした。青山社長は右手を出して、勝手にしゃべる重役たちを制してから静かに尋ねた。


「それで琵琶湖でサバイバルゲームをすることになったのですか?」


 その言葉に広崎部長は大きく首を横に振って否定した。


「そんなことはありません。一応、20組ほどの装備を準備して、許可を取って水上でサバイバルゲームができるところやそのモニターになる人たちをピックアップしていました。しかし実現は難しそうで、その企画はお蔵入りになったと聞いています。それなのになぜか、急にそのようなことになったのです。」


 するとまた重役たちが騒ぎ出した。


「そんなことがあるわけない!」

「責任を逃れるつもりか!」

「開発部の管理はどうなっているんだ!」


 青山社長はドンと机をたたいた。それで重役たちはまた静かになった。青山社長は「はあっ」と息を吐いて、できるだけ冷静になって尋ねた。


「皆さん、お静かに。私が話を聞きますから。広崎部長。それはどういうことですか?」

「勝手に発注がかかり、わが社の製品が送られていました。その送り先もこちらでピックアップした方々ではなく、全く別の方々でした。」

「そんなことがあるのですか?」


 青山社長は眉をひそめてそう言った。普通ならそんなことが起こるはずはないと彼は思った。


「それは確かです。リストを確認しました。何者かが勝手に指示を送り、こんなことを引き起こしたとしか考えられません。」

「上野主任の仕業ということは?」

「まさかとは思いますが・・・」


 それでまた重役たちが口々にしゃべりだした。


「上野がしたんじゃないのか! 功を焦って。」

「開発部が独断でしたんだろう!」


 その声は徐々に大きくなり、やがて収拾がつかない状態になった。もっと詳しいことが報告できればよかったのかもしれないが、上野本人がいない以上、広崎部長が報告できるのはそこまでだった。

 青山社長はその状況にため息をつくしかなかった。その時、会議室に社長秘書が入ってきた。秘書は青山社長に耳打ちしてスマホを渡した。彼は「えっ?」と言葉を漏らして、そのスマホを受け取って部屋の隅で話していた。

 やがてスマホでの通話が終わり、青山社長が机の前に戻って来た。だが椅子に座ろうとしない。彼はそのまま重役に向けて言った。


「大変なことが起こりました。」


 その顔には苦悩の色が浮かんでいた。重役たちは「今度はまた何が起こったんだ!」とざわめいた。青山社長はそれにかまわず、言葉を続けた。


「琵琶湖でサバイバルゲームをしている方の中で亡くなった方がいます。ゲームから脱落した方が次々に水中銃で撃たれて、何人も殺されていると警察から電話がありました。一般の釣り客にも死者が出ているようです。」


 重役たちは事の重大さに言葉が出なかった。会議室は不気味に静まり返っていた。


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