昔、彼氏に浮気されたと泣いていたお姉さんに「三年後にまた会おう」と言われたんだけど、その人が有名モデルになっていた

中村 青

「君が私を好きだと言うなら、また会いに来てよ」

 初恋は実らないもの———そんなジンクス、知っているだろうか?


 それまでも憧れはあったと思う。幼稚園の先生とか、隣の席の女子とか。

 けれどハッキリと恋だと認識したのは、きっとあの人だと胸を張って言える。


 その人は彼氏らしい人と二人乗りをして、怖いものなんてないって顔で笑っていて、その表情があまりにも綺麗だったから、僕はいつまでも見つめていたんだ。


 ランドセルを背負った僕と、セーラー服のお姉さん。その差は大きくて、遠い世界の人に見えた。



 だがそんな関係に、ピリオドが打たれたのは突然だった。

 月日が流れ、僕も中学生になって受験生として多忙な日々を送っていた。その日も塾へ向かう途中だったと記憶している。


 いつも無敵に笑っていたお姉さんが、一人で河原に座っていて、ただ一点を見つめながら、たまにズズ……っと鼻水を啜っていた。


『まさかコレ……! もしかして傷心中ってヤツじゃ?』


 あの頃の、子供だった時とは違う。僕もそれなりに経験を重ね、何人かの女子と付き合ってきた。キスだって、経験済みだ。


 まぁ、結局お姉さんの顔がダブって、長続きしなかったんだけど。


 周りを見渡したけど、あの男の姿は見当たらなかった。この泣き腫らした横顔は、やっぱりそうだよな……。


 僕はハンカチを探そうとポケットを漁ったが、こんな時に限ってシワクチャで幻滅した。誰がこんなの使うかよ……!


 仕方がないので、一緒に入っていた飴を握り締めて「んっ……」と差し出した。


「……え? くれるの?」


 数秒の時間が経ってから、自分にくれていると気付いたお姉さんは口を開いてくれた。


「だ、だって……元気がなさそうだったから」


 長年想い続けていた憧れの人を目の前にし、思うように話すことができなかった。くそっ、もっと気の利いたことを言えよ、僕!


 緊張でガチガチだった僕に、お姉さんは微笑みながら受け取ってくれた。悲しいはずなのに、眩しい笑顔で。


「ありがとう。君、優しいね」


 ———っ! う、美しすぎる! こんな綺麗な人がこの世に存在していいのか? 神よ、なんて罪深い……、この笑顔は人を殺めることができるぞ?


「おーい、君ー? 大丈夫?」


 本当は塾に行かないといけないのに、憧れの人に手招きされた僕は、誘われるがままに隣に座った。

 そんな僕に対して彼女は、小さな飴袋を開けて、ヒョイっと口の中に入れて舐め出した。


「甘……、このミルク飴、好きなんだよね」

「そうなんだ。それは良かった」


 確かそれは朝ご飯を食べ損なった僕に、母が持たせてくれたものだった気がする。思春期になって、初めて母親に感謝した。明日からもう少し優しく接しよう。


「ねぇ、君と私ってさ、初めて話すよね?」

「え、まぁ……」


 妄想では何度も会話を重ねたけど。

 僕はコクンと頷いて、真っ赤になった顔を隠すように俯いた。


「そっか、私……初めて話す子にも心配されるくらい思い詰めた顔をしていたのかー」

「だ、大丈夫なんですか?」


 普段なら、もう少し流暢に話せるのだけれど。どうもお姉さん相手だと上手くいかない。

 クラスではクールで大人っぽいと言われているのに、こんな醜態、知ってる奴には見られたくないな。


「私さ、彼氏に振られたんだよね。ずっと浮気してたみたいで……ヤンデレ系の重い子に取られたんだ」

「ネトラレですか?」

「今時の中学生はそう言うんだ。うん、そう。その子に告白されてから、何かと相談されてたらしくて……。気付いたら放って置けなくなったって。はは、情けないよねー……五年も付き合っていたのに」


 お姉さんは参ったように額に手を充てていたけれど、じんわりと浮かんできた涙を堪えることができなかったようだ。


「ミヤコは俺がいなくても大丈夫だろって……、一人でも生きていけるだろうって……。そんなわけないよ、バカって感じだよね」


 お姉さんは……別れた彼氏のことを思って涙を流しているっていうのに。許せない理由だ。そんな下らない理由でお姉さんの笑顔が消えてしまったなんて、悔しくて仕方ない。

 僕だったら……僕だったら!


「僕なら絶対に泣かせたりしない! 絶対に浮気なんてしないで、お姉さんのことだけを想い続けるのに!」


 彼女の驚いた顔を見て、自分の発言の重大さを痛感した。


 何てことを……!

 お姉さんも困っているじゃないか。


「………へぇ、君……私のことが好きなの?」


 困っていた口角がニヤッと上がりだした。

 そんな悪戯な笑みですら、虜になってしまうから嫌になる。


 お姉さんの手が重なる。体温とか汗とか、緊張とか心音とか……全部狂ってしまう。上手く息ができない。パクパクパクパクと酸素不足の金魚のように、手の平で踊らされる。


「君、可愛いね。どうせなら君のように純粋で可愛い子と付き合えば良かった」


 五年も無駄な時間を過ごしちゃったよと自嘲していたが、僕は知っている。彼といた時のお姉さんは本当に綺麗で、輝いていた。

 だから無駄なんて言わないでほしい。僕は……そんなお姉さんを想い続けていたんだ。


「ねぇ、本当に私のことを想い続けられるか……試してもいい?」

「え?」


「三年後、また私に会いに来てよ。約束しよ?」


 三年後? どうして三年なんだろう……? 理由を聞こうとしたが、お姉さんはお礼を言って去ってしまった。そして次の日から、彼女の姿を見かけることがなかった。




 あれから三年———十八になった俺は、お姉さんとの約束を守るために河原へと向かった。


 あの人に釣り合う男になるために、身体も鍛え、お洒落も覚えた。

 おかげで街を歩けば人が振り返るほどになったし、芸能事務所からも何社か声を掛けられた。


 友人にお姉さんとの約束の話をしても「お前、遊ばれてるって。折角の青春を無駄にしてるから、今からでも遊ぼうぜ」と馬鹿にされ続けていた。

 でも俺はそうは思わない。きっとお姉さんは約束を守ってくれるはずだ。


 だが河原にいたのは野球少年達だけで、お姉さんの姿はどこにも見当たらなかった。


 友人の言う通り、遊ばれていたのだろうか? そもそも僕の存在なんて、覚えていないんじゃないだろうか?


「……はは、やっぱりジンクスの通りだ」


 初恋は実ることはない……初恋は綺麗で儚くて、実らないから輝き続けるんだ。

 現に俺の中のお姉さんの姿は、いつまでも綺麗で、楽しそうに笑い続けている。



 諦めて自宅に戻ると、リビングで母親と妹がテレビを見ていた。二人の好きなアイドルがライブを行うとか言っていた気がする。

 全く羨ましいもんだ。いつでも大好きな異性を見ることができるんだから。


「わー、今日デビューのmiyakoだって。足長、顔小さ! 同じ日本人に見えないね」


 アメリカで活躍していたモデルがPVに出ているとか……。

 音楽番組にモデルが出るのって珍しいな。何でもこのPVがきっかけで、有名になったバンドだと紹介されていた。


『ちょっと私用なんですが……』


 モデルのmiyakoが液晶の向こうで話し出した。聞き覚えのある声に、俺は身体が硬直して、身動きが取れなかった。


『私、三年前にある男の子と約束したんですけど……覚えているかな?』


 振り返ると、あの時よりも綺麗になったお姉さんが、俺にだけ向けて語りかけてくれていた。


『私は覚えているよ。これが終わったら果たしに行くから、少しだけ待っててくれるかな?』


 嘘だ嘘だ……、俺は信じられなくて両手で顔を覆った。

 もう何年も待ち続けたんだ。数時間なんて、あっという間だ。


 俺は憧れの人が待つ河原へと急いだ。

 満点の星が輝く下で、俺達は約束を果たし合った。そして改めて君に言うよ。


「ずっと好きだった。俺は一生、君を大事にするよ」




   ——— happy end ———




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昔、彼氏に浮気されたと泣いていたお姉さんに「三年後にまた会おう」と言われたんだけど、その人が有名モデルになっていた 中村 青 @nakamu-1224

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