許すことができない欠点

三鹿ショート

許すことができない欠点

 彼女は、優秀な人間だった。

 国内屈指の偏差値を有する大学には合格が確実だと言われ、国際大会で表彰台に立った人間に運動能力で勝利し、嫉妬することすら烏滸がましいほどの美貌を持っていれば、誰もがそのように認めざるをえないだろう。

 己の能力を自慢することもなく、それどころか、自分をさらに向上させるべく努力を続ける姿は、人間的には素晴らしいといえる。

 だが、彼女には欠点が存在した。

 それは、あまりに優秀すぎるゆえに、交際相手が存在していないことだった。

 もちろん、恋人が存在しないということが悪ではないが、同年代の少女たちが交際相手との時間を笑顔で語る姿に、彼女は憧れを持つようになっていた。

 しかし、確実に一人で生きていくことができる彼女の隣に並ぼうとする人間が現われることはなかった。

 常に劣等感に苛まれ、自身の矮小さを見せつけられるのならば、どれほどの美人でも入手したくはないのだろう。

 彼女もまた、周囲の人間のそのような思考に気が付いている。

 だが、彼女は己の生き方を変えることはできなかった。

 ゆえに、自分とは異なり、出来損ないの見本ともいえる妹に、私という恋人が存在していることが面白くなかったのである。

 彼女は妹から私を奪おうと手を尽くしたが、私が彼女の誘惑に敗北することはなく、恋人を裏切るような行為は、一切なかった。

 そのためか、何時しか彼女は、私に対しても敵対心を抱くようになった。

 ある意味で、彼女のような立派な人間に認められたということになるが、光栄だと思うことはない。


***


 学校でいじめられ、すっかり引きこもってしまった恋人だが、私と顔を合わせると途端に元気になる。

 外の世界について伝えると、恋人は目を輝かせるものの、部屋から出るつもりはないらしく、ただ話を聞くだけだった。

 しかし、私は恋人と会うことができるのならば、何処でも構わなかった。

 今日もまた良い時間を過ごし、恋人の家から出たところで、彼女と鉢合わせした。

 彼女は眉間に皺を寄せながら、大きく息を吐いた。

「何時まで、妹を甘やかすつもりですか。妹が部屋から出ようとしない一因は、あなたにもあるのではないのですか」

「世の中には、生きづらさを抱えている人間も存在する。ある人間にとっては不要なものでも、ある人間にとっては必要なものなのだ。きみの妹における私が、それである」

 怯むことなくそう告げると、彼女は舌打ちをし、自宅の中へと入った。

 他者に愛想を振りまいている彼女が浮かべる負の表情を目にしているのは、おそらく私くらいのものだろう。

 その優秀さゆえに、彼女には言い合いをするような人間が存在していなかったのだ。

 それに加えて、妹の恋人である私という人間を目にするたびに、彼女は己の唯一の欠点をまざまざと見せつけられているということになるために、怒りを露わにすることも仕方の無いことだといえよう。

 私は、恋人とともに、彼女に勝利することができる数少ない人間なのだ。

 それは何の自慢にもならないが、自信にはなった。


***


 恋人が外の世界に出ることを拒否してから数年が経過したが、私との関係は変わっていなかった。

 一方の彼女は、順調な人生を歩んでいき、誰もが耳にしたことがある企業に入社すると、その手腕を発揮しているらしい。

 だが、やはり彼女に近付く異性は存在していなかった。

 近付く人間が存在するとすれば、満員電車での痴漢くらいのもので、それすらも彼女は自分で捕らえると、然るべき機関へと通報していた。

 ゆえに、彼女は未だに、私と己の妹を嫌っている。

 火に油を注ぐわけではないが、私は恋人と結婚することにした。

 自宅から一歩も外に出ないのならば、自宅のことを任せた方が、合理的だからだ。

 その説明には恋人も納得し、むしろ自分のような才能の無い人間を見放さなかったことで、私に対する愛情は確実に強まっていたらしい。

 恋人の希望で、結婚式を挙げることはなかったが、我々は夫婦となった。

 当然ながら、彼女の怒りは、さらに強まった。


***


 我々が子どもや孫に囲まれる一方で、彼女は孤独のままだった。

 この世界に別れを告げようというときには、私と彼女の妹である妻とともに看取ろうとしたが、彼女はそれを拒否し、一人で旅立った。

 私は彼女の墓石に手を合わせながら、様を見ろと心中で言い放った。

 憶えていないだろうが、かつて彼女は、愛の告白をした私を無下にした。

 しかし、彼女を諦めることができなかった私は、近しい存在である彼女の妹に近付き、せめてもの慰めとして、手に入れようとしたのである。

 いわば彼女の身代わりとして見ていた我が妻には、未だに申し訳なく思っている。

 だが、彼女の悔しがる姿を、生涯にわたって目にすることができたことには、感謝しているのだ。

 だからこそ、私は彼女の妹を愛し続けることができたのである。

 己の欠点に早く気が付いていれば、このようなことにはならなかっただろう。

 彼女は、周囲が想像しているよりも、愚かな人間だったのだ。

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