第6話 緊急事態②

 山麓の森か……なんとなく人為的な何かを感じて、俺の足は冒険者たちも一足早く山麓の森へと向かっていた。

 俺が感じていた人為的な何かは今回に限らず以前からずっとそうだった。

 それでもこちらから行動を起こさなかったのは相手の実力が未知数だから、そしてそれは俺たちの任務では無いからだった。

 だが今回は違う。

 今回に限っては俺の身の回りでの出来事であって、たった一人の大切な家族が危険に晒されるかもしれないのだ。

 

 「空のお散歩は快適だね、少年。風が気持ちいい」


 そんなことを考えながら移動していると、横合いから二人組に声をかけられた。


 「いつの間に!?」


 気配さえ感じさせることも無く俺の横合いに突如として現れた二人組。


 「まぁそう、身構えないでくれ給えよ」


 仮面で顔を隠した男の声に滲むのは余裕。

 それだけでも十分に分かる、この二人組は強者だと。

 女の方は俺を気にかけるでもなく、ただ男が戦闘状態に突入したときにすぐさま援護できるような位置関係を保っていた。


 「それとも僕らを殺さないと気が済まないのかい?」


 仮面の奥、僅かに見えるのは眼光炯炯な瞳。


 「いや、随分と胡散臭い格好だと思ってな。道化師でも生業にしているのか?」


 万が一を警戒して雲の上で足を止めつつ、相手の出方を伺う。

 山麓の森の上空で出会った怪しげな二人組。

 彼らが今回の騒ぎの元凶であることは間違いない。


 「ご明察。人を驚かせることが今の僕の生業だよ。そういう君は何故こんなところにいるんだい?」


 道化師の一言に、女もまた俺へと視線を向けた。

 女の動きや体つきからもわかる、おそらく女の方が前衛職的な役割をするはずだ。


 「道化のタネを暴くという目的が今出来たところだ」


 さぁ、どう出る……?

 女の方が殺気立ち、緊迫した雰囲気が漂う中、しばらくして男が口を割った。

 

 「見破られないよう道化のタネを磨いておくよ。ではまたいづれ」


 道化師は帽子を胸に当てるとお辞儀をして次の瞬間には女共々消えていた。


 「戦闘になるかと思ったが、何も起きなかったか……」


 練り上げていた魔力を解放してホッと一息つこうかと思えば、【思念通話エスィド】の魔法陣が展開された。


 「――――お兄ちゃん、聞こえる?」


 緊張感を滲ませるヘレナの声に、嫌な予感が背筋を走った。


 ◆❖◇◇❖◆


 「【氷穿アイシクルピアース】」


 【飛行フライト】の魔法を展開し、重力に干渉しながら迫り来る触手を一つ一つたたき落としていく。


 「ヘレナちゃん……本当に青銅級の冒険者なの……?」

 「あの戦い方、並列行使を普通にやってのけてるよな……?」

 

 触手は大振りな動きで襲ってくるため、戦闘経験豊富なヘレナは、冷静にその動きを見極めて対応していく。


 「これ、やれるんじゃないか!?」


 気がつけば触手の数は減り、傍から見ればヘレナが押し込んでいるように見えた。

 だがヘレナは大蛞蝓スラッグに起きた僅かな変化を見逃さなかった。

 大蛞蝓スラッグの触手の一本に高濃度の魔素が集まっていた。


 「ありったけの魔力で防御魔法を展開して!!」


 ヘレナが叫ぶの方が先か、大蛞蝓スラッグがその触手を振り上げるのが先か――――。


 「間に合わない!!【暗斬光閃レイティンストルヴィル】」


 自身の運命を左右する洗濯を迷わずヘレナは行動に移した。

 即座に撃ち出したそれは、到底人族に扱えるはずもない闇の代物。

 ヘレナと大蛞蝓スラッグの息を飲む戦いを見ていた者は、すぐさまそれに気づいた。


 「あの少女、何故に闇の魔法を?」

 

 だがその疑いは、彼らの生への期待との二面性を持つ。


 「頑張れ、ヘレナ!!」

 「ヘレナちゃん、負けるな!!」


 【暗斬光閃レイティンストルヴィル】は、高濃度の魔素が集まった大蛞蝓スラッグの触手を切り飛ばし、魔素が激しく暴発した。


 「【絶対領域サンクチュアリ】」


 その暴発に一番近い場所にいたヘレナは、咄嗟に防御を兼ね備えた支援魔法を展開させ、自身と冒険者達を庇った。

 だが、闇属性と聖属性のあまりにもかけ離れた魔法の行使にヘレナの体内にある魔力機関は悲鳴をあげていた。


 「これ以上は無料……カハッ……」


 吐血とともに意識を手放しかけたヘレナの体は重力魔法を維持出来ずに墜落していく。

 だがその瞳に希望の姿はしっかりと映っていた。


 「よく持ちこたえたな……ヘレナ」

 「お兄ちゃん……これでもう大丈夫……」


 心地よい安堵感にヘレナは意識を手放したのだった―――――。

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