第2章 決別の刻

第22話 聖女の再出発


 今でも思い出すのは――――彼のあの後ろ姿だ。


『化け物どもめ!! こっちだ!!』


 大盾を持った、白銀の騎士。


 彼は幼い私を庇うようにして前に立ち、ワーウルフたちと対峙した。


 その時の‥‥ロクス兵隊長の姿は、今でも、私の瞳の奥に強く焼き付いている。


 私を魔物たちから救い出してくれた、真の英雄。私が憧れてやまない、真の勇者の姿。


 彼のような優しくて強い、誰かを護ることができる正義の騎士に、私は強く憧れを抱いた。


 彼のような騎士にいつか自分もなりたいと、そう思った。


 正義の味方――――それは、子供なら誰でも抱くような単純な夢だろう。


 成長するにつれ誰もが自身の力量に気付き、誰もが夢物語と諦めて行く幻想の姿だ。


 だけど、18歳を迎え成人になった私は、今でもそんな理想を諦めきれていなかった。


 正義の勇者が見果てぬ夢だと言うならば、少しでも、自分がそんな存在に近付いてみせれば良い。


 そうすれば、苦しむ人々に希望を与えることができるかもしれない。


 魔物によって両親を奪われた自分だからこそ、その思いは誰よりも強かった。


「ここが、冒険者ギルド‥‥」


 そうして私は――元修道騎士アルルメリアは、自身の理想を叶えるべく、今、王国の冒険者ギルドの前に立っていた。


 私は前職は聖騎士であり、元々は聖騎士団に所属する身だった。


 だが、二年程前に起こった王女暗殺事件をきっかけに‥‥私は聖騎士団に不穏な影を感じ取り、騎士団から脱退したのだ。


 私が最も敬愛する騎士であったロクス・ヴィルシュタイン隊長が、王女暗殺の罪に問われ処刑されてしまった、あの事件。


 あれは、今考えても、おかしいことが多かったような気がする。


 どうして、確たる証拠も無いのに、彼は斬首されてしまったのか。


 どうして、彼を庇った私の同僚たちが、一緒に殺されなければならなかったのか。


 自分も、あの『不動』の部隊隊員の一人だったからこそ、その疑問は未だに拭えなかった。


「‥‥私はあの処刑の時、ベルセル団長によって詰所に軟禁されていた。だから、みんなと一緒にロクス隊長を庇うことができなかった‥‥」


 仲間のみんなは、私を置いて先に逝ってしまった。


 だから‥‥ひとり生き残ってしまった私は、今、できることするだけだ。


 それは、彼らに代わり、理不尽な悪意から王国の人々の命を守ること。


 転職先として選んだのは、冒険者稼業だ。


 冒険者とは魔物を倒して金銭を稼ぐ、謂わば魔物専門の傭兵といった職業だ。


 私の理想と一致する、天職といっても良いだろう。


 私は両手で魔法の杖を握り締めながら、緊張と共にギルドの扉をゆっくりと開いていった。


「うっ‥‥」


 中に入ると、眉を顰めるような酒気が私を出迎える。


 基本的に冒険者ギルドというのは、宿屋と酒場が併設されているものだ。


 だけど、ここは‥‥。


「ただの酒場にしか思えないですね‥‥」


 多くの男たちが、麦酒の入ったジョッキを片手にガハハと大笑いしている。


 昼間だというのにテーブル席はどこも満席に近く、中には床に座り込んでまで酒を飲む者もいた。


 一瞬、入る場所を間違えてしまったのではないかと思ったが、ここにいる客たちの武装が私のその考えを一蹴していた。


 ここにいる彼らの出で立ちは、常人のそれではなかったからだ。


 異常なほどに鍛えたであろう筋骨隆々な無頼漢に、顔に大きな傷を持つ暗殺者のような風貌をした者。


 そして、本を読みながら何やらブツブツと呟いている怪し気な魔導師までもがいた。


 ここにいる人々は間違いなく、歴戦の冒険者に相違無いだろう。


 そんな冒険者たちの横を、私は緊張した面持ちで通って行く。


 その途中、ある男たちの会話が、私の耳へと入ってきた。


「おい、【首なしの騎士】の噂を知ってるか?」


「確か‥‥深夜のアグネリア領周域の街道に現れては、貴族や有力者の乗った馬車を襲うっていう‥‥アンデッドの話だろ?」


「そうそう。何でもそいつ、アンデッドの癖にめちゃくちゃ強いらしいぜ? 噂通りなら、討伐ランクSランク相当はあるんじゃねぇかって話だ」


「んなわけねーだろ。アンデッドなんて脆弱な魔物、せいぜいCランク相当が限界だろ」


 この国では3ヶ月ほど前から、数人の貴族が不審死する事件が、相次いで多発している。


 犯人は他国の凄腕諜報員だとか、貴族に恨みを持った没落貴族の者だとか様々な噂があるが‥‥アンデッド、か。魔物である可能性は私も考慮してはいなかったかな。


 私はそんな噂話に華を咲かせる彼らを横目に、最奥にある受付カウンターへと足を進めた。


「こんにちは。ご用件は何でしょうか?」


 カウンターの前に立つと、柔和な笑みを浮かべた受付嬢が、そう声をかけてくる。


 私はゴクリと唾を飲み込み、意を決して口を開いた。


「あの、冒険者採用試験を受けたいのですが」


「あぁ、冒険者志望の方ですね。畏まりました。では、身分証を提示して貰えますか?」


「はい」


 肩に掛けていた鞄から小さな紙を取り出し、私はそれを受付嬢へと手渡す。


 受付嬢は受け取った身分証を読み上げながら、その情報を別紙に書き写していった。


「アルルメリア・グレクシアさん。性別は女性、年齢は18歳ですね。出身は北のレイセルフ領にある修道院‥‥はい、ありがとうございました」


 そう言って彼女は身分証を私へ返すと、カウンターの下にある引き出しから何枚かの書類を手に取り、それを差し出してきた。


「こちらは契約書になります。よくお読みになった後、サインをして提出してください」


「契約書‥‥?」


 渡された数枚の紙を受け取り、目を通すと、そこには‥‥冒険者になることへの注意事項、冒険者ギルドに所属するにあたっての契約内容が書かれていた。


 これは、冒険者として採用された者にだけ渡される書類のはずだ。


 採用試験を受けてもいない私が受け取って良いものではないはず。


「あ、あの、冒険者になるためにはまず、採用試験を受けなければならないと聞いたのですが‥‥?」


「当ギルドでは昨年度から試験制度が撤廃されました。なので、身元が保証されている方は無条件で冒険者になることができるんですよ」


「なるほど、そうだったんですね」


 試験に向けて魔法の鍛錬を行なってきただけに、些か拍子抜けする展開だ。


 けれど、書類ひとつで冒険者になれるのであれば、是非も無い。


 私は一通り契約内容に目を通し、いくつかの項目にチェックを入れ終え、それを受付嬢へと渡した。


「確認させていただきます」


 受付嬢は契約書を受け取り、丁寧に確認作業を始める。


 そして、記入漏れや記載ミスが無いことが分かると、彼女は背後の引き出しから銅のプレートをひとつ取り出しそれを私の前に置いた。


「こちらは冒険者の身分と階位を示すランクコインでございます。アルルメリア様は他国での冒険者経験が無いようなので最低位の銅、ブロンズプレートのランクから始めていただきます」


「は、はい!」


 カウンターに置かれた銅のプレートを恐る恐る拾いあげる。


 プレートの中央には、王国の国旗に描かれている剣と鷲の美麗な紋様が施されていた。


 これは冒険者の証とも言える大事なものだ。


 そう考えると、ただの硬貨のはずなのに、妙に重たく感じてしまう。


 私はそれを慎重に修道衣の内ポケットへとしまった。


「これで貴方様は当ギルドの冒険者です。どうかこの国の平和のために、尽力してくださいね」


「はい! 頑張ります!」


 こうして私は晴れて冒険者になることができた。


 今の私の力では、役に立てることは少ないのかもしれない。


 けれど、この手でもし困っている誰かを救うことができたのなら。


 2年前に亡くなった私の想い人‥‥誰よりも弱い立場の人を救うことに躍起になっていたロクス兵隊長の無念が、少しでも晴れるのではないかと‥‥そう思った。

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