第21話 幕間 次の標的


 ――――王国が建立した神話戦争時代の英雄の末裔たち‥‥それが、王国六代貴族たちの起源と言われている。


 王家に忠義を尽くした英雄たちは、戦が終結した後、各地の領地を王家から賜れ、4000年あまりの長い時間を広大な大地の支配者として君臨してきた。


 王国東部の地域を領地としている―――鷹獅子グリフォンの家紋を掲げる、クライッセ伯爵家。


 王国南西部の地域を領地としている―――八足雷馬スレイプニルの家紋を掲げる、アグネリア男爵家。


 王国北東部の地域を領地としている―――蠍魔人ギルタブルルの家紋を掲げる、ネーレイシア子爵家。


 王国西部の地域を領地としている―――焔蛇龍ナーガの家紋を掲げる、ローベル伯爵家。


 王国南部の地域を領地としている―――天馬ペガサスの家紋を掲げる、マルレニアーヌ男爵家。


 王国北部の地域を領地としている―――月影兎アルミラージの家紋を掲げる、レイセルフ伯爵家。


 別名、王国六代貴族と呼ばれる彼らは、代々王国で大臣職を世襲しており、その長年培ってきた権力の重みは、王国全土に影響を及ぼすほどのものだ。


 中でもクライッセ家、アグネリア家、レイセルフ家は、王陛下でさえも無碍に扱えないほど、大きな富と力を有している。


 故に、彼らに意見を言える貴族など、この聖王国には存在しないだろう――――。


「‥‥‥‥フン、どうやらこれは、六代貴族の信奉者が書いた本のようだな。奴らへの私的なごますり多すぎて、目が痛くなってくる」


 俺は本を閉じ、執務室の机の上へと乱暴に放り投げた。


 そして椅子に背を預けると、ふぅと、大きくため息を吐く。


 ‥‥アグネリア家は手中に落とし、フレースベルの村も支配下に置いた。


 万が一村の連中がこちらを裏切ろうとする素振りを見せようものなら、デュラハン・ナイトが内通者を見つけ、即座にその場で斬首することだろう。


 奴らには村の守護を指示しておいたが、同時に監視としての役目も指示しておいている。


 現状、村を支配下に置いたこちらの一手に、ミスはないと思える。抜かりはない。


「あとは‥‥王家と六代貴族たちが、どの程度の速さでアグネリア領の異常に気付くかどうか、か」


 執務室のテーブルに置かれているチェス盤から、ポーンの駒を手に取る。


 そしてその駒を手の上でクルクルと回し、俺は、ゆっくりと現状を整理していった。


「レーテフォンベルグ聖王国は、王都を中心とし、その周囲を囲むようにして六代貴族の領土が広がっている。アグネリア領は王都から南西部に位置している。いち早くこちらの異常に気が付くとすれば、隣接している西のローベル伯爵家か、南のマルレニアーヌ男爵家のどちらかか。いや‥‥アグネリア男爵家への物資流入のための荷馬車や、フレースベルの村を定期的に訪れる行商人にも目を向けておいた方が良さそうだな。何人かのアンデッドを、アグネリア領周域と他の領地を繋ぐ道に配置させておき、監視の目として置いておこう」


 ポーンを前へと進め、俺は次にルークの駒を取る。


「次は‥‥フレースベル以外のアグネリアの領村についてだ。確か、地図を見た限り‥‥この領地にあるのは三つほどの村だったか。パーシル、ウェンディア、メリオナシス‥‥早急に、この三つの村を、こちらの支配下に置く必要がある。だが、フレースベルの連中と違い、奴らはこちらの戦力を明確に把握してはいない。武力で訴えることもできるが、それは最終手段だな。この場合は、こちらの陣営に付く方がどれだけ得なのかを理解させる、交渉力が必要不可欠となるだろう」


 俺はクルリとルークを回し、元あった場所から二つ先へとコマを進めて、置く。


「ここは、ジェイクに任せるとするか。奴ならば、俺よりも対話力、コミュニケーション能力が高い。なるべく平和的な解決をするために、尽力してくれるはずだ」


 俺はそう呟いた後、ビショップの駒を手に取り―――逡巡した後、もう一度、同じ場所へと戻す。


「アナスタシアはこの屋敷の守衛戦力として、待機してもらうとするか。いざとなった時、彼女には俺の代わりにアンデッド兵団の指揮をしてもらうとしよう」


 そう口にした後、俺は、キングとナイトの駒を両手に持つ。


「リリエットは‥‥生前通り、前衛を護る剣士として、俺と共に行動をしてもらうとするか。そうなると‥‥次の標的をどうするかが、今の課題だな。できれば、王国側がこちらの異常に気が付く前に、先手を打って領土を拡大しておきたいところなのだが‥‥」


 その時。コンコンと、扉がノックされた。


「―――――ロクス兵隊長、少し、宜しいでしょうか?」


 扉の向こうから聴こえてきた、ジェイクの声。


 俺はその声に頷き、言葉を返す。


「入れ」


「失礼します」


 静かに扉が開き、執務室の中にジェイクが入って来る。


 彼は、俺の前で深くお辞儀をすると、手に持っていた一枚の丸められた羊皮紙を、テーブルの上へと置いてきた。


 俺は思わず首を傾げ、ジェイクの顔‥‥はないので、空虚な首を見つめる。


「これは‥‥何だ?」


「クライッセ伯爵家の屋敷の見取り図のようです」


「何!?」


 俺は驚きの声を上げた後、羊皮紙を広げ、その見取り図に目を通していく。


 確かにそれは、屋敷の見取り図に相違なかった。


 その地図には、隠し通路や宝物庫の在りかまで、詳細に書かれている。


「驚いたな‥‥何故、こんなものが、この屋敷にあるんだ?」


「どうやら、クライッセ家の御屋敷を新築する際に、アグネリア男爵家が多大の援助をした記録がありました。これは、その名残かと思われます」


「クライッセ伯爵家とアグネリア男爵家は、旧来から親交が深かった、と。これはそういうことか‥‥」


「こちらもご覧ください」


「む?」


 ジェイクから開封済みの一枚の手紙を俺へと手渡してきた。


 俺はそれを受け取り、その中身を読んでいく。


 そして読み終わった後、俺は‥‥思わず、愉し気に笑い声溢してしまっていた。


「ク‥‥クククッ! なるほど、なるほど‥‥。クライッセ伯爵殿も、そうやらアグネリア男爵と同じく、なかなかの趣味・・をお持ちのようだな。これは実に、面白い情報だ‥‥」


 俺は手紙をテーブルの上に放り投げると、席を立ち上がる。


 そして、ジェイクに指示を出した。


「ジェイク。リリエットとアナスタシアをここに連れて来い。これから、クライッセ伯爵家を攻め落とす会議を始める」


「承知致しました。しかし‥‥まさかこんなに早く、クライッセ伯爵に復讐する機会が回ってこようとは思いもしませんでしたね、兵隊長」


「あぁ。クライッセと親交の深かったアグネリアには感謝してもしきれないな。クククッ、俺たちを罠に嵌めたあの汚らわしい貴族様を今から殺せると思うと‥‥とても高揚してくるものがある。奴のその腸、生きたまま引き裂いてくれるぞ」


 そう呟いた後、俺は両手を広げ、大きく高笑いの声を上げた。 

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