第18話 変化


「‥‥‥‥ふむ。あまり役に立つ情報は無さそうだな」


 アグネリア男爵家の屋敷、三階の書斎。


 そこで俺は、ジェイクと共に書架の本を見て回っていた。


 王家に関わる機密情報や、王城の隠し通路などが載った地図など、何か今後の役に立つような情報を探してまわっていたのだが―――あるのは、アグネリア家の歴史書や交友関係のある諸侯との契約などが記載された書類ばかりで、復讐の手がかりになるような情報が載った書物の存在はどこにも見当たらなかった。


 アグネリア家の歴史書と思しき分厚い本を書架へと戻し、俺は、無言で本を読み漁っている最中の隣にいるジェイクへと視線を向ける。


「ジェイク。何か良い手がかりはあったかね?」


「‥‥いいえ。未だ、王家や六代貴族の情報が載った本は、見つけられておりません」


「そうか‥‥。アグネリア男爵は、そういった情報を何処か他の場所に秘匿していたのかもしれないな。クククッ‥‥小物の癖に、存外、頭の回る男のようだ」


「あの、兵隊長。少し、我輩の考えを聞いてもらってもよろしいでしょうか」


「考え? 何かね?」


「この屋敷に来る前に、道中、兵隊長がお話されていた‥‥レーテフォンベルク聖王国に復讐しようとしている件についてです」


 そう言うと、ジェイクは本を閉じて、こちらに身体を向けてくる。


 そして、どこか真摯な様子で、再度、口を開いた。


「聖王国を滅ぼし、新たな国を創造する‥‥リリエットも、アナスタシア殿も、貴方のその目的に異存もなく、賛同していることでしょう。彼女たちは間違いなく、ロクス兵隊長に力を貸すはずです」


「その言葉から察するに‥‥ジェイク、お前は聖王国を滅亡させるのには反対、だということか?」


「‥‥‥‥勿論、我輩たちを死に追い詰めた聖王や、ベルセル団長、クライッセ伯爵には恨みがあります。彼らが到底許されぬ行いをしたのも事実です。ですが‥‥無辜の民が危険な目に遭うというのは‥‥胸中、複雑な思いがあります」


「そうか。お前は生前から、誰よりも優しい男だったからな。そう答えるのも薄々分かってはいた」


「申し訳ありません、兵隊長。決断できかねているこの愚かな自分を、お許しください」


 そう言って頭を下げてくるジェイク。


 オレはそんな彼に向かって、鷹揚に手を振った。


「別に構いはしない。お前を責めることなどしないさ」


「ありがとうございます」


「それで‥‥話というのはそれだけかね?」


「あっ、いえ。その‥‥難しいことを問わせてもらうのですが‥‥聖王国に攻め入った場合、アルルメリアはどうするのでしょうか? 彼女はまだ、聖王国で生きているのですよね?」


「‥‥‥‥」


 ふぅと深く息を吐き出し、脳内に、かつての仲間だった金髪の修道女の姿を思い浮かべる。


 彼女は、俺が処刑されたあの場にはいなかった。


 何故、アルルメリアがあの場所に来なかったのかは分からないが‥‥いや、今更その背景を推察するのはどうでも良い話だな。


 ジェイクが俺に投げている問いは、俺が、アルルメリアを斬れるかどうかの疑問だろう。


 アルルメリアは、ジェイクとリリエットと同じくらい、俺にとってはかけがえのない存在だった。


 そんな、我が子同然だった部下が俺の前に敵として立ちはだかったその時、果たして俺は、容赦なく彼女の首を刎ねることができるのだろうか。


 王国への復讐と仲間への愛情―――どちらに天秤を掛けて、どちらを選ぶのか。


 今まで目を逸らしてきた問題が、そこにはあった。


「―――――――ジェイク。へいたいちょーをあんまし困らせないでよ」


 いつの間にか書斎の入り口に、リリエットの姿があった。


 彼女はどこか苛立った様子でジェイクに向けて、再度、口を開く。


「へいたいちょーは忠誠を誓っていた王国に裏切られて、深く心が傷ついちゃっているの。それなのに、かつての部下を殺すことが出来るのかって‥‥そんな残酷な質問をぶつけて、これ以上へいたいちょーの心を傷付けってどうするっていうのよ? あんたバカなの?」


「いや、そんなつもりは――――」


「必要とあれば、へいたいちょーの代わりにアタシがアルルメリアを殺すよ。騎士団の時のように、アタシがへいたいちょーの剣になる。もうこれ以上、アタシはロクスへいたいちょーを傷付けさせるつもりはないから」


 そう言ってフンと鼻を鳴らすリリエット。


 そんな彼女の姿に困惑していると、ふいに、ジェイクが驚きの声を上げた。


「!? リリエット!? お前、その手に持っているのは――――何だ!?」


 その声に釣られて、リリエットの右手に視線を向けてみる。


 すると、その手に握られていたのは――――長い紫色の髪の少女の頭部だった。


 その少女は、かつて、俺がオーガの襲撃から救った元村娘の女騎士のもの。


 何故、【グール】に変えたはずの彼女の頭部を、リリエットが持っているのかが分からず、俺は思わず、疑問の声を溢してしまった。


「リリエット、それは‥‥」


「あぁ、これ? これはね、アタシの新しいにしようかと思って、持ってきたの」


「顔‥‥?」


「ほら、アナスタシアっちってば、腕を背中に縫い合わせているだけなのに自由自在に手を動かせるでしょ? だから、もしかしたらアタシも首に生首を縫い合わせたら顔を動かせるんじゃないかなって、そう考えたの。‥‥生前のアタシに比べたら全然ブスだけど、他に可愛い顔の女の子もいないし。まぁ、今はとりあえずこれでも良いかな、って、ね」


 そう言ってぬふふふふと、不気味な笑い声を上げるリリエット。


 そんな彼女に、ジェイクは動揺した様子で開口する。


「リリエット‥‥お前、それ、本気で言っているのか? その少女の死体を弄ぶことに、罪悪感、とかはないのか?」


「は? 別に無いけど? 知性化していないアンデッドなんてただの無機物、死体じゃん。それをどう扱おうが人の勝手でしょ?」


「そう、か‥‥そう、なのかもしれないな‥‥」


「でしょ? あっ、下の階からアナスタシアっちが呼んでる声が聴こえるから、もう行くね! ジェイク、へいたいちょーをそれ以上いじめたら許さないからね! じゃあね!」


 そう言葉を残すと、リリエットはその場から静かに去って行った。


 後に残されたジェイクは、何処か辛そうな雰囲気で、ぽつりと、小さく呟く。


「‥‥‥‥アンデッド化の影響、なのでしょうか。リリエットが少し、以前とは変わったように感じられます」


「そう、だな。俺もまだ、【アンデッド・ドール】の仕様を完全に理解はしていないからな。何かしらの影響があってもおかしくはない」


「‥‥兵隊長も、以前とはどこか変わられたと、我輩はそう思います」


「何‥‥?」


「‥‥‥‥いえ、すいません。今の発言は取り消します。ロクス兵隊長はただ、我輩たちを想い、復活させてくれた。リリエットも、我輩も、再びこの世に存在することを許されたのならば、そんな些細な変化など、気にしない方が良いのかもしれませんね‥‥」


 そう言葉を発すると、ジェイクは書架に向き直り、再び本棚を漁り始めた。


 そして、一冊の本を手にすると、横に立つ俺に声を掛けてくる。


「ここは、我輩が調査しておきますので、ロクス兵隊長は他のことをなさってください」


「‥‥あぁ、そうだな。すまない、ジェイク、頼んだぞ」


「はい」


 そう返事をしたジェイクと別れて、俺は書斎を後にした。


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