第17話 幸福


「二人とも、本当に‥‥本当に、良かった‥‥っ!!!!」


 ジェイクとリリエットを抱きしめ、俺は涙声でそう叫ぶ。


 すると二人が、困惑した様子でこちらに声を掛けてきた。


「その声は‥‥ロクス兵隊長、ですか‥‥?」


「へいたいちょー、なの? ど、どうしてそんなに泣いているの!?」


 ただただ強く、首のない二人を抱きしめ続ける。


 そんなこちらの様子を訝し気に思いながらも、二人は、俺の背中にそっと優しく手を当ててくるのだった――――。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 二人にその後の顛末‥‥死後、アンデッドとして蘇った俺が、新たに手に入れた力【アンデッド・ドール】で、ジェイクとリリエットを復活させたことを簡単に説明してみた。


 すると、その話を静かに聞き終えたジェイクは、腕を組み、うーんと困惑した声を溢す。


「なる、ほど‥‥我輩たちは死後、ロクス兵隊長の魔法によって復活を遂げた、と‥‥。とても信じ難いお話ですが、この首の無い現状を見るに、真実として受け入れざるを得ないです、ね‥‥」


 その言葉に続いて、リリエットも小さくため息を溢す。


「アンデッド、かー。まぁ、復活できたのは嬉しいけれど‥‥あたしの可愛くて美しいお顔が何処かに行っちゃったのはショック大きいかにゃー。てか、首が無いのに喋れているこの状況には、流石のリリエットちゃんも困惑しかないですなぁ。どういう原理で声を発してるのよ、これ」


「リリエット! 顔だとか声だとかはまずどうでも良い話だ! 今は、ロクス兵隊長から詳しい話を聞き、現状を把握するのが優先すべき事柄であろう!!」


「どうでも良くなんかない! 乙女にとって顔がないのは大事件なのっ!! こんな首なしのアタシじゃ、お嫁にいけないもん!! ロクスへいたいちょーにも愛してもらえないもん!!」


「お前って奴は‥‥まったく、どこまでも能天気な奴なんだ!! アンデッドになってもそんなふざけたことを言うとはな!! 頭どうなっているんだ!!」


「見れば分かるでしょ!! 頭はもうないわよ!!!!」


 わーわーと、二人は生前の頃と同じように、争い始める。


 その懐かしい光景に、俺は思わず笑い声を溢してしまっていた。


「ク‥‥クククッ‥‥」


「? 兵隊長? どうかなされましたか?」


「いや‥‥二人が以前と変わらない様子で、安心したんだ。本当に‥‥良かった」


 悲惨な光景が広がる、死体投棄場、『骸の海』。


 東の山々から登り行く朝陽が辺り一帯を明るく照らし出し‥‥朝の到来を告げる。


 二人の復活と共に、俺の心にも朝陽が登って行く‥‥そんな、不思議な感覚がした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おかえりなさいませ、ロクス様。昨晩はいったいどちらへ――――あら?」


 屋敷に戻ると、玄関口前にアナスタシアが立っていた。


 彼女は俺と、その後ろにいるジェイクとリリエットに視線を向けると、不思議そうな顔で首を傾げる。


「そちらのお二人は‥‥? 首がないところを見ますに、アンデッドと推察致しますが‥‥」


「彼らは生前の俺の部下だった者たちだ。重々しい白銀の鎧を着ている方が、ジェイク。女性ものの衣服を着ている方が、リリエットだ」


 そう言ってアナスタシアに二人を紹介すると、ジェイクが胸に手を当て、騎士の礼を取った。


「お初にお目にかかります、アナスタシア殿。貴殿のことは兵隊長からお話を伺っております。我輩の名前は、ジェイク・モンストローサ。元聖騎士団、守備隊ロクス兵団に所属していた一兵卒の騎士です。気軽にジェイクと呼んでくだされば、幸いです」


 そう自己紹介をしたジェイクに続き、リリエットは手を上げ、軽いノリで口を開く。


「やほやほー。アタシの名前はリリエット・シェスターランド。元々はピンク色の髪のツインテールの絶世の美少女ちゃんだったんだけど、今はこんな感じで首なし子ちゃんやってまーす。アナスタシアっち、よろよろー」


 そんな二人の自己紹介を大人しく聞くと、アナスタシアは驚いたように目を二三度パチクリと瞬かせる。


「まぁ‥‥このお二人は知性化に成功したアンデッド、なのですわね。驚きましたわ」


 そしてアナスタシアは口元に手を当てコホンと小さく咳払いをすると、ジェイクとリリエットに向けてカーテシーの礼を取る。


「先ほどの発言から察しますに、ロクス様から既に説明を受けているのだと思われますが‥‥一応、名乗らせてもらいますわ。わたくしの名前は、アナスタシア・メルク・ネーレイシス。元王国六代貴族のネーレイシス家の末妹であり、今ではロクス様の一の従者、をやっていますわ。以後、お見知りおきを」


「一の‥‥従者、だとぉ~~?」


 何故かリリエットは、腰に手を当て、アナスタシアの前に立つ。


 そして、彼女は何処か苛立った気配で、口を開いた。


「ちょっと! ポッと出の腕だらけの蜘蛛女が、へいたいちょーの一の従者とか名乗らないでよ!! アタシたちは生前からへいたいちょーの部下やってるの!! 調子乗らないでくれるぅー!?」


「あら、あらあらあらあら‥‥でも、わたくしの方が、ロクス様のアンデッド‥‥眷属になったのは早いですわ。なので、現時点ではわたくしの方が先輩、なのではないでしょうか?」


「ムッ‥‥カァ~~~ッッ!!!!! 化け物女が!! そんな不気味な見た目で、へいたいちょーに愛されるとか思ってんの~っ!?」


「化け物女はお互い様ではありませんの? リリエット様」


 バチバチと、火花を散らしながら、リリエットとアナスタシアは睨み合う。


 そんな光景をジェイクは慌てた様子で見つめ、俺はそんな彼の背後で、可笑しくなって大きな笑い声を溢してしまっていた。


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