第5話 断罪


 翌日、俺は処刑台の上に居た。


「おら! さっさと歩け!」


 聖騎士に背中を蹴られ、無理やり前へと歩かされる。


 この国では、重罪を犯した騎士は黒い鎧甲冑を着せられ、処刑させられるのが習わしだ。


 聖なる戦斧によって首を斬られ、漆黒の鎧に血の印をつけることにより、死後、裏切りの騎士として冥界に誘われることになる。


 冥界に誘われた裏切りの騎士は、審判の座で騎士の楽園アルカディアに行くことを拒否され、未来永劫、地獄で苦しむことになるのだ。


 そういったこの国特有の宗教の経典に則り、俺は今、反逆者が着る漆黒の鎧を着て、裏切りの騎士として処刑台の上を歩いていた。


「聖騎士ロクス・ヴィルシュタイン。これより貴様を王女暗殺の罪によって打ち首に処する」


 斬首台の前に立つと、戦斧を持った処刑人が、民衆へとそう声を張り上げる。


 すると公開処刑を見に来た群衆たちは一斉に、俺に向かって罵声を飛ばしてきた。


 ‥‥どうしてこうなってしまったのだろうか。


 俺は聖騎士として三十年近く、前線に立って王国を守ってきた。


 犯罪に手を染めたことなんて無いし、今まで真っ当に生きてきたつもりだ。


 それなのに何故――――何故、神は、俺にこのような仕打ちをしてくるのだろう。


 無実の罪を着せられ、愛する王国民に罵声を浴びせられるなんて‥‥こんなの‥‥こんなのあんまりじゃないか‥‥。


「‥‥頼む、信じてくれ。俺はやっていない。無実なんだ‥‥王女様を殺したのはクライッセ伯爵とベルセル団長なんだよッ!!」


 処刑台の上から眼下に広がっている群衆に向けて、必死な形相でそう訴える。


 しかし、そんな俺に理解を示す者は誰一人としていない。


 国民たちは皆一斉に、俺に向けて怨嗟の声を上げ始めた。


「団長のせいにするだなんて、とことん性根の捻じ曲がった奴だわ!!!!」


「逆賊め!! さっさとその首を落としてしまえ!!!!」


「あんなにお優しかった王女様の命を奪うなんて!! 裁きを受けなさいこの悪魔ッ!!」


 止め処ない怒りの声が、雨のように次々と俺の身に降り注ぐ。


 俺は為す術無く、身を抉るようなその罵声をただ我慢することしかできなかった。


「何で、誰も信じてくれないんだろうな‥‥」


 この処刑がクライッセ伯爵とベルセル団長が企てた茶番だということを、誰も理解してはくれない。


 民衆は、皆同じように怒る狂った形相を浮かべ、俺を王女殺しの大罪人と決め付け、憎悪の目をこちらに向けてくる。


 まるで国全体が一丸となって俺を殺そうとしているんじゃないかと、そう思えてしまうような異様な状況だった。


「反逆の騎士ロクス、首斬台の前へ!」


 戦斧を携えた死刑執行人の男が、俺の背中を乱暴に押して前へと進ませてくる。


 大人しく従って歩みを進めると、前方に斬首台の姿が見えた。


 くそっ、どうしたらいいんだっ‥‥。


 冤罪で処刑されるというのは、何と未練の残る終わり方なのだろう。


 国に忠義を尽くしてきた聖騎士として、こんな終わり方は、屈辱極まりない結末だ。


「反逆の騎士ロクスよ、何か言い残したいことはあ―――」


「ちょっと待ってください!!!!」


 その時だった。


 群衆をかき分け、処刑台の上に登り、二人の騎士が姿を現した。


 その二人の騎士は、俺の部下であるジェイクとリリエットだった。


 彼らは戦斧を構える処刑人の前に立つと、焦燥した様子で、大きく声を張り上げる。


「この処刑に異議を申し立てます!! ロクス兵隊長が王女様を殺すなんて、在り得ないことです!! 我輩たちは彼がそんなことをする人間じゃないことを、誰よりも理解している!!」


「あ、あたしも同意見!! へいたいちょーは、そんなに悪いことができる人じゃないよ!! ただのイケオジなだけだよ!! その人!!」


「ジェイク、リリエット‥‥!!」


 俺を擁護してくれている二人の姿に、思わず、涙で視界が歪む。

 

 だが、背後から現れた聖騎士によって、二人はすぐさま両腕を拘束されてしまうのであった。


「ッ!? は、離せ!!」


「ちょ、ど、どこ触ってるの!? エッチ!!!!」


「ジェイク!? リリエット!?」


 ベルセル団長は処刑台に上がってくると、拘束されて蹲る二人を見下ろし、リリエットの頬に唾を吐きかける。


 そして嘲笑するように笑みを浮かべ、口を開いた。


「罪人を庇うとは‥‥お前らは優秀な騎士だっただけに、惜しいな。だが、貴様らもロクスと同様に、ここで処刑させてもらう」


「な、なんだと!?」


「こんのクソだんちょー! あたしに唾を吐きかけるなんて! 前にこっぴどく振ってやったのを未だに根に持ってんのかクソヤロー!」


「フン、いったい何を言っているのか分からないな。貴様のような女に、このオレが言い寄るわけないだろ?」


 そう口にすると、ベルセル団長は戦斧を持った処刑人を誘導し、ジェイクとリリエットを斬首台の前に無理やり立たせた。


 その後、彼は民衆に視線を向けると、大きく声を張り上げる。


「こいつらはロクスの部下だった騎士だ! 共謀罪の疑いがあるため、王家への反逆者として今からまとめて処罰することにする!!」


「まっ―――待ってくれベルセル団長!! 死ぬのは俺ひとりで良いだろう!! その二人は関係ない!! だから殺さないでくれ!!」


「罪人のお前に聞く耳を持つ奴がいるか?」


「え?」


「前をよく見てみろ」


 くいっと首を動かしたベルセルの視線の先を追って、前方へと視線を向けてみる。


 するとそこには、さらに怒り狂い、ヒートアップした国民たちの姿があった。


「殺せー!! ロクスと共謀していた騎士なんて王国にはいらない!! さっさと首を斬れー!!」


「王女様の恨みを晴らさしてあげるのよ!! 今すぐ全員殺してー!!」


「苦しめー!! 反逆者どもがー!!」


 民衆は、あろうことか、ジェイクとリリエットの二人を殺せ殺せと騒ぎ立てていた。


 俺はその光景を見て、地面に膝を付き、ガタガタと肩を震わせてしまう。


「‥‥頼む。お願いだ、やめてくれ。その二人は俺を庇ってくれただけなんだ。殺さないでくれ‥‥何でもするから‥‥」


 俺のその声に反応して、背後からジェイクとリリエットの笑い声が返ってきた。


「はははっ。やはり、兵隊長殿は王女など殺していませんね。貴方が誰よりも優しい方だということは、我輩たちが誰よりも理解していますから」


「そうだね~。死ぬのなんて痛いし苦しいし嫌だけど‥‥へいたいちょーを死なせるようなこんな国に生きていても仕方ないし。まぁ、これは、あたしと結婚する道を選ばなかったへいたいちょーの罰だね。うん。うふふふ、なんちゃってー」


 背後に視線を向けると、そこには半月型の木板に首を嵌め、斬首台で笑みを浮かべている部下たちの姿があった。


 二人は目の端に涙を浮かべ、にこりと笑みを浮かべると、静かに口を開く。


「今までありがとうございました。兵隊長。我輩は貴方のような正義の騎士に忠義を尽くせて幸せでした」


「へいたいちょー‥‥来世があったら、あたしとラブラブしようね‥‥」


 処刑人が戦斧を高く掲げ、それを、容赦なく二人の首元へと振り降ろしていく。


「やめ――――」


 そして新鮮な野菜を斬った時のようなザシュッという音が鳴った瞬間―――二人の頭は、熟れた果実のように、ゴロンと、地面に転がっていった。


 俺はその光景を見て、目を見開き、発狂する。


「うあぁぁ‥‥ああぁぁ‥‥‥‥あああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」


「チッ、喧しいな。おい処刑人、さっさとこの男も始末しろ」


 足元に転がってきたリリエットの頭を蹴り上げたベルセル団長に、俺は憎悪のこもった目を向け、叫ぶ。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 殺す!!!!! 殺してやるぞ!!!!!!!」


「ほう? いつも能面のように表情の無かったお前が、そんな顔もできるんだな。少々驚いたぞ」


「ジェイクとリリエットは関係が無かったはずだ!! 何故、殺した!! これが人類の平和を守衛する騎士のやることか!!」


「フン。あいつらは生かしたところで、どうせ邪魔になるだけだ。お前の仇と言って、このオレに剣を向けてきては敵わないからな。どの道殺す予定だったが、それが少し早まっただけのことだ。仲良くあの世に行けるのだから、問題は無かろう?」


 そんな嘲笑を含めた言葉を放ちながら、ベルセルは後からやってきた部下の騎士たちに俺を連行するように命じる。


 そして俺は為す術無く両肩を掴まれ、そのまま目の前にある斬首台へと連れてかれていった。


 ‥‥口惜しい。


 人の命を踏みにじる畜生共に、相応の苦しみを与えてやりたかった。


 俺を切り捨てた王に、貴族どもに、ベルセルに。


 無罪の二人を殺し、騎士を愚弄するこの国の全てのものに、災厄を振り撒きたかった。


 ドス黒い憎悪の炎が、俺という存在を塗り替えるかのように内から次々と燃え広がっていく。


 ‥‥もし、生まれ変わることがあるならば。


 俺は、この国を血で染め上げてやりたい。


 泣き叫ぶ愚者共を一人残らず屠殺して、死んだ仲間たちへの手向けにすることが今の俺の願いだ。


「………」


 前屈みになるように膝を付かせられると、半月型の木板に首を嵌められる。


 その後、巨大な戦斧を持った処刑人が俺の横に立った。


 そして、彼は斧を振り降ろす間際、俺へと声を掛けてくる。


「何か言い残すことはあるか?」


 その言葉に、一言、言葉を返す。


「‥‥‥‥この地に、必ずや災厄を――――」


 そう怨嗟を込めた一言を残し、俺の首は巨大な斧で両断されていった。


 こうして、聖騎士ロクス・ヴィルシュタインの人生は幕を終えたのだった。

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