第5話

 ところがその日の下校時だ。


 校門を出たところで、見たことのない男の子が、

「おい」

 と、ミチルに声をかけてきた。


 朝とは違い、今度は十歳くらいの、背の低い子だ。短い金髪が、太陽の光できらきらと輝いていて、ミチルを見上げる目は、お人形のように透明で、印象的だ。


 まるで、漫画の王子様みたいだ。


 そんなにかわいい外見をしているのに、ミチルを見て、すこし不機嫌そうな顔をしている。


 つやつやのバラのほっぺたに、まばたきで音がしそうな睫毛をして、とてもきれいな顔立ちをしているのに、そんな表情はもったいない。


 ミチルがそんなことをボヤボヤ考えているうちに、男の子はふんと鼻息荒く、

「帰るぞ、ミチル」

 と宣言した。


「帰るって? あなた、だれ?」


 それには答えずに、男の子はミチルの手をつかんだ。


 びっくりしたけれど、自分よりずいぶん年下の男の子だ。振り払うのもかわいそうで、ミチルはおとなしく、一緒に歩きはじめる。


「あなた、どこの子? 近所に住んでるの? 近くの小学校の子?」


 聞いても答えない。

 そのくせ、ミチルの手は、ずっと、ぎゅうっと握っている。


 そして、ミチルより半歩先に歩いているのに、まるで通いなれた道のように、ミチルの自宅までを一度も迷わない。


 ミチルはその横顔をうかがう。

 大きな、ガラス玉のような青い目をしている。

 きらきらと、宝石のようだ。


 その目に、ミチルは、何か見覚えがある気がした。


 とうとう、自宅に辿りつく。


 玄関の前で、ミチルはその子に、

「……送ってくれてありがとう」

 と伝えた。


 家の前だ。もう手を放してもいいはずだし、この男の子も、自分の家に帰らなくてはいけないはずだ。


 ミチルはそのつもりで、さようならのつもりでそう口にした。


 なのに男の子は、またふんと鼻を鳴らした。


「ミチル、まだ気づいてないのかよ」


 男の子は、ニヤリと笑った。いたずらっこの笑いかただ。


 玄関で、家の目の前で、男の子は、

「見とけよ」

 と煽るように言う。


 その瞬間、男の子の体は、きらきらと光のモヤに包まれた。くるくると綿菓子にくるまるように、まるで魔法のように、男の子の姿が見えなくなっていく……。


 やがて、光が消えると、その場には、茶虎の猫が四つ足で立っていた。


 大珂だ。


 ミチルは目を疑った。


 大珂はゆうゆうと、あごと尻尾をピンと上げて、玄関の扉の前まで歩いていく。ミチルに、ここを開けろと催促する。


 ミチルは夢見心地のままで、何が何だかわからないまま、玄関を開けた。


 家の中には、大きな白猫の姿があった。ビーンだ。


 上がってすぐのところでまるまって座って、ミチルの帰りを待っていたのだろう。ビーンは毎日、ミチルが帰ってくるのをこうやって待っているのだ。


 大珂はその横を、ぴょんと飛んで通り越し、ととと、と廊下を走っていく。それからミチルを振り返って、

「にゃーん」

 とひと鳴きだ。


 まるで、早く来いよ、とでも言うように。


 ミチルは、ふらふらと、ビーンに近づく。いつもしているように、ビーンの耳と耳の間をなでる。


 そうすると、ビーンもいつもどおり、ミチルのてのひらを、ざらざらの舌でなめはじめた。喉がゴロゴロと鳴る。体の大きさに比例してか、ビーンのゴロゴロ音は、とても大きい。


「……ねえ、もしかして、朝の人って、ビーンなの?」


 ミチルが尋ねると、ビーンは、そのとおりだと言わんばかりにミチルを見上げ、ゆっくりとまばたきをした。

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うちの仔が化け猫なんかのハズがない! ~兄猫と弟猫に溺愛されて学校生活が波乱です!~ 武燈ラテ @mutorate

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