第3話

 中学校の校門の前で、知らないお兄さんは


「じゃあね、ミチル。またね」


 とあっさり帰っていった。


 ミチルは茫然と、嵐のように来てはサクっと帰っていく背中を見送る。


 手足が長くて、さっそうと歩く姿は、テレビで見る海外ファッションショーのモデルさんのようだった。

 すっと背筋を伸ばして、すらりと伸びた足を交互に出す、それだけなのになぜだか美しい。

 取りすがりの人が、みんな振り返って見ている。


 アレは現実だったの?

 いったい、何だったんだろう?


 ミチルは朝から妙な夢を見たような、キツネに化かされたような気分で、ふわふわの足取りのままに教室に入った。


 入った瞬間に、紗希ちゃん、それから同じグループの子が、わっとミチルのまわりを囲んだ。


「ミチルちゃん! 朝の人、誰なの? あの、すっごいカッコいい人!」

「芸能人? モデルさん? あんな人、現実にいるんだねー!」

「アニメから出てきたみたい! 同じ人間じゃないみたいだよねー!」

「手も脚も長くってー! あれがほんとの、股下に住めるってやつだよねー!」


 みんなが口々にまくしたてる。

 こんな風に人に囲まれて、自分を中心にワイワイと騒がれるのなんて、ミチルには初めての経験だ。


 グループの子だけでなく、教室中、それどころか廊下では、他のクラスの子も集まってきて、ミチルの話に聞き耳を立てている。


 みんなに見られてる。そう思うだけで、どんどん顔が熱くなってくる。

 朝からびっくり続きで、心臓がもちそうにない。


 その中でもひときわ大きな声で、紗希ちゃんが聞いてきた。


「すっごいカッコいい人だった! あんな人が知り合いにいるなんて、なんで早く教えてくれないの!」


 あまりの勢いに、ミチルはタジタジだ。


「あ、ええっと……」

「兄弟、じゃないよね? ぜんぜん似てないし」

「あ、うん、違う……」

「親戚の人? あ、近所に住んでる人とか?」

「ええっと……」


 聞かれても、ミチルにも知らないのだ。答えようがない。


 まごまごしていたら、紗希は

「隠さなくてもいいじゃない!」

 と怒ってしまった。


「隠してないよ!」


 ミチルは飛びあがって否定する。


「じゃあ、なんで教えてくれないの!」

「あの、わたしも、わからなくて」

「わからないって、なに?」

「知らない人なの」

「知らない人が、なんでミチルちゃんと一緒に学校に来るの?」


 そんなことを聞かれても、ミチルにもわからないのだ。


 なんて言えばいいのか困ってしまって、ミチルは、

「あの、ええっと……」

 と言葉につまるばかり。


 それを紗希は、

「もういいよ! 友達だと思ってたのに、隠しごとするなんて、ひどい!」

 と誤解して、足音も荒く、自分の席に戻っていってしまった。


 同じグループの陽菜ちゃんが、

「あーあ、紗希、怒っちゃったよ」

 と、怒らせたミチルが悪いと言いたげにつぶやいて、紗希を追いかける。残りの二人もそれに従った。


 ミチルは、教室の入口、ひとりでぽつんと立って、困ってしまった。


 どうしよう。

 怒らせてしまった。


 中学の入学早々に、仲間外れにされてしまうのだろうか。


 そんなミチルに声をかけてくれたのは、今まで一度もしゃべったことのない女の子だった。


「授業、はじまっちゃうよ」

「あ、……うん」


 長い黒髪をひとつにまとめた女の子は、にこにこの笑顔を向けてくれる。まるで、だいじょうぶだよと言ってくれているみたいだ。


 ミチルはほっとした。肩の力が抜けて、やっと久しぶりに息ができたような気持ちだった。


 その子は、陽子という名前だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る