勇者プロデュース

伊藤テル

勇者プロデュース

・【怒ってはいない】


「あっ、ハンカチ落としたよ」

 クラスメイトの孝之くんの声がしたので振り返ると、ハンカチを落としたのは私じゃなくて、その後ろにいた紫音ちゃんだった。

 ただ先に目が合ったのは私と孝之くんで、孝之くんは私へ向かって、

「オマエじゃないし、イライラすんなよ」

 と冷たく言い放った。

「別にイライラしていないし」

 と答えると、

「してるだろ、何かそういう顔してるじゃん。あっ、紫音、紫音がハンカチ落としたってこと」

 そう言って紫音ちゃんと会話し始めた孝之くん。

 何でみんな私の顔を見ると怒っていると言うんだろうと脳内で考えつつも、その理由は分かっている。

 元々の予定である、お手洗いに行って鏡を見れば一目瞭然。

 私の口角は何もしていないと両端が下がっているのだ。

 これで怒っているように見えるというわけで。

 一時期、それを直そうといつもニコニコしている時もあったけども、

「何も無いのにニコニコしていて怖ぇ」

 と男子たちから遠目から言われて、辞めた。

 結局出会った最初の、小学一年生の時にそれをやっていないといけなかったわけで。

 でもさすがに小学一年生の頃からそのことに気付けるわけもなく。

 後二年で中学生だけども、この小学校からそのまま私みたいに地元の中学校へ行く人も多いだろうから、もう笑顔作戦はできないんだろうなぁ。

 結局この世は顔だと思う。

 ルッキズムなんて言葉が小学五年生の私たちにも浸透しているけども、でも実際は見た目が全てだと思う。

 ルッキズムをどうこう言っているのは広告の中か、それとも美人が世間の内申点を上げるために言っているイメージがある。

 本当にブスな私のような人間は、恩恵なんて受けず、美人の道具みたいになっている。

 教室に戻って私は家から持ってきた小説を読み始めた。

 私の最近のお気に入りは異世界転移の小説。いわゆるチート系のヤツだ。

 そこで王子様と出会って、その王子様とあまあまの新婚旅行をしつつも、魔物に襲われている村を助けて、って感じ。

 大体の粗筋はもう分かっている。先にネタバレを見てから買ったから。

 物語の世界まで暗い話とか、負荷の掛かる話とか読みたくない。

 こんなのは現実だけで十分だ。

 そんなことを思っていると、段々気持ちが重くなってきて、読む気が薄れてきた。

「孝之くんのせいだ」

 ポツリと呟いてから、私は校舎の裏に行って散歩しようと思った。

 昼休みはまだまだ時間があるから、とにかく気分を変えようと思って。

 気分が良くなったらすぐ読めるように、小説は手に持って、玄関から外へ出て、校舎の裏の、草木が生い茂っているほうに歩いていった。

 空気は澄み切っていた、今の私の気持ちと反比例するかのように。

 さらさらと風になびく音に憧れを抱いてしまう。

 私はブスなので、長髪が似合わない。

 ブスは短髪のショートカットと私の中では相場が決まっている。

 とにかく美しいモノを身に着けてもいけないのだ。

 綺麗な髪留めうんぬんじゃなくて、髪留めがもうダメなのだ。

 短髪でできるだけ清潔にしている、ただそれだけだ。

 とりあえず座っても土が付かないような雑草が特に生えているところへ行こうとすると、

「そこのお嬢さん」

 と誰かに話し掛けられたので、その声がしたほうを見ると、そこには、小説の挿絵で見るような、いかにも神様みたいな老人が立っていた。

 長い長い白いアゴヒゲに、ツルッパゲ、顔は何だか長めで七福神のマイナーなほう? 真っ白い服に綺麗な杖をついて。

「ここ校舎内ですよ、向こうに出入りできる柵があります」

 と私が方向を指差すと、その神様みたいな老人はこう言った。

「もし君が望むなら、異世界転移してやろう」

 まさかこんな老人から異世界転移なんて言葉が出るとは。

「異世界モノ、好きなんですね」

 と答えつつも、もしや、まさか、と胸が弾む。

 だってどう見ても神様なんだもん。

 私はこんな日常から抜け出して、実力でのし上がれるような世界へ行きたい。

 そしてできればチート能力が欲しい、と思ったその時だった。

「君にとってのチート能力がきっと使えるはずじゃ」

「えっ? 私の考えていることが分かるんですかっ!」

 つい私は大きな声を上げてしまった。

 すると神様みたいな老人はコクリと頷いてから、

「分かる、分かるぞ、君はこの世界に絶望し、別の世界で勝負したいと考えているんじゃ!」

 絶望というほどではないけども、まあ確かにそれなりにはしているかもしれない。

 ならば、

「私を異世界転移させてください!」

 もしこのまま車に乗せられるとかだったら絶対違うので、このブザーを鳴らそうと思っているけども、その老人はオッホッホとまたそれっぽく笑ってから、私に向かって、杖を持っていないほうの手をかざしてきた。杖使わないんだ。

「よかろう、君を異世界転移させよう! うぉぅ!」

 何そのうなり声と思ったその時だった。

 目の前の光景がぐにゃっとモーフィングしていくように歪み、何だか上下の感覚が無くなったと思ったら、スーッと下に落ちていくような気持ちになって、

「このまま落下っ?」

 と叫んでしまった。

 私はこのまま落下して死んでしまうのではと思ってきて、何だか目を瞑ってしまった。誰か助けてー!


・【着地した先】


 私は尻もちをついた。

 あっ、何か別に全然痛くない。大丈夫だった。

 私はおそるおそる目を開けると、そこは校舎裏に似た、草木が生い茂っている場所だった。

 遠くを見ると、何だか栄えているような街が見えた。

 とりあえずそこへ向かって歩いていこうとしたその時だった。

「君、異世界転移子?」

 と話し掛けてくる声がして、私は「えっ?」と思ってしまった。

 何だかすぐに話し掛けてくる感じが詐欺だと思ってしまい、俯いたまま足早にその場を去ろうとすると、その声の主が、

「ちょっと待ってよ、何も知らないなら危険だよ」

 と言ったところで完全に詐欺だと思った。

 私は街へ向かって走り出した。

 絶対詐欺だった絶対詐欺だった、危ない危ない。

 多分この世界では異世界転移してくる子が少なくはないんだ。

 なんならこのあたりに異世界転移してくるような磁場があって。

 そういう子を見つけては話し掛けてカモにしてくるようなヤツに違いない。

 異世界は何が起きるか分からないから、注意しなければ、と思いつつも、本当に異世界に転移してきたんだという実感も沸いた。

 だって『君、異世界転移子?』ってまさしくな言葉だから。

 ちゃんと人を見極めながら、この世界のことを探っていこう。

 私は街の入り口に着き、一応振り返った。

 そこには人なんていなくて、あの声の主は追いかけてこなかったらしい。助かった。

 特に門番もいなかったので、私は街の中へ入っていった。

 そこはまさしく異世界、というか、ごった煮、るつぼ? パッチワーク? とにかくいろんな恰好の人がいた。

 現代日本っぽい、メガネを掛けたスーツの男性だと思ったら、腰に日本刀を差していたり。

 ゴスロリ衣装の小さな女の子だということは後からしか気付かないくらいに、大きなハンマーというか鈍器を軽々持って歩いている子。

 メイド服の大人系女子と思いきや、太ももに銃を携帯している人もいる。

 小学校の制服を着ている私も浮いていると言えば浮いているけども、それ以上に全ての人間が浮いているので、誰も私のことなんて気に掛けていない。

 馴染まないことが一番馴染んでいる、と思いながら私は街の様子を見て行った。

 目の前をずっと歩いていたゴスロリの子は客引きに捕まって何か喋り始めたので、私が追い抜いた。

 先に歩いて行ったメイド服の大人系女子も何だか八百屋っぽい店主に話し掛けられて、ウザったそうに喋っている。

 でも私は誰にも話し掛けられない。

 私自身はいろんなものを見ようと、しっかり顔を上げて歩いているので、俯いて話し掛けづらいとかでもないのに。

 ゴスロリの子は本当にフランス人形みたいに美人だった。

 メイド服の大人系女子も長い赤髪にモデルのような整った顔だった。

 立ち止まって見渡せば、美男美女はそれぞれの異性に話し掛けられて、顔がそうでもない人は自分で話し掛ける以外、立ち止まることはない。

 気付いてしまった。

 異世界転移したって結局顔だって。

 私は何だか愕然としてしまい、その場で大きく溜息をついてしまった。

 一緒一緒、というか私のチート能力って何? いつ発動するの? 美人だけを殺す能力? とか思っていると、誰かが私の肩をポンポンと叩いた。

 何だろうと思って、そちらを見ると、そこにはルックスが全くの普通で、でもちょっとそばかすが多い女の子が立っていて、こう言ってきた。

「もしかすると異世界転移子? 見慣れない顔に恰好だわ!」

 その私くらいの年齢の女の子はニコニコしている。

 まあこういう子なら安全かなと思い、

「異世界転移してきたのは事実だよ」

 と答えると、その子は嬉しそうに私の手を握ってきて、

「じゃあアタシと一緒だわ! アタシは一年前にこの世界へやって来たんだわ!」

 と握った手を優しく揺らしてきた。

 この子の恰好は、何だか昔のアニメの、そうアルプスの少女みたいな恰好をしていて、黄色いシャツに赤いエプロンを付けている。

「エプロン付けているけども、お料理している途中?」

 と私が聞くと、

「これはいつでもお料理できるようにね!」

 と笑顔で答えたその子は矢継ぎ早に、

「あっ! アタシ、ソヌコ! もしかしたら同じ世界からの異世界転移かもしれないわ!」

「何で同じ世界だと思ったの?」

「この辺りは地球からの、特に日本からの異世界転移が多いんだわ!」

「日本!」

 私は目を丸くしながらそう声を荒らげてしまうと、そのソヌコちゃんは、

「やっぱりそうだ! それ小学校の制服だよね! 何年生だったっ? アタシは四年生だったから今五年生ってとこだわ!」

「うん! 私も五年生! 五年生の昼休みに神様みたいな人と出会って異世界転移してきたんだ!」

 私もソヌコちゃんの元気に釣られて、大きな声でそう言うと、

「一緒一緒! 全部一緒だわ! じゃあこの世界について先輩であるアタシが教えてあげるね!」

 と言って私の手を握ったまま、どこかに向かって歩き出した。

 このまま車の中とかに連れていかれたら、ブザー鳴らして逃げようとも思ったけども、その子はそのまま扉全開のカフェに入っていった。

 するとそのカフェの店員から、

「ソヌコおかえり!」

 と言われて、ソヌコちゃんはニコニコしながら、

「異世界転移してきた子、見つけたわ!」

 と言って、そのソヌコちゃんに挨拶した、シックな落ち着いた茶色カラーのエプロンと白いYシャツの、男性カフェ店員は、

「じゃあ説明してあげて!」

 と言ってから、厨房の奥のほうへ行った。

「テーブル、ここでいいねー」

 そう言って私の手を放して、座るように促すようなジェスチャーをしたソヌコちゃん。

 他の客もいるみたいだし、なんといっても扉が全開だし、テラスにも出られるようになっているし、安全だろうと思って私も席に着いた。


・【この世界のこと】


「まずは言語から! 言語から教えるわ!」

 そう元気に声を上げたソヌコちゃん。

 確かに、これは気になっていた。

 この異世界に転移してきてすぐ詐欺の人に話し掛けられたけども、言葉を理解することはできたから。

 私はソヌコちゃんへ、

「私、最初にここへ異世界転移してきた時、詐欺みたいな人に話し掛けられたんだけども、その人も日本人だったというわけじゃないよねぇ、何で言葉が分かるんだろう?」

 と言ったところでプフゥーと吹き出すように笑ったソヌコちゃんは、

「詐欺って! 詐欺って!」

 それに対して私はちょっとムッとしながら、

「いやいや、あんまり人を信用しちゃいけないじゃん。本当にそういう人がいたんだって。詐欺みたいな人が。ソヌコちゃんと出会う前にさ」

「そうだよねー! 急に話し掛けてくる人なんて怪しいもんねー!」

 と言って、本当にぷりぷり笑っている。

 まあ、

「ソヌコちゃんは安全そうだったからこうやってついてきたんだけどね、この店も開放的だし」

 と言ったところで、さっきソヌコちゃんに挨拶をしていたカフェの店員のお兄さんが優しい感じの声で、

「まだ怪しいと思っていましたら、水がいいですか、それとも果物がいいですか、料理もありますけども」

 と言ったところで、ソヌコちゃんが大きな声で、

「伊勢海老!」

 と叫び、それに対してカフェの店員のお兄さんが、

「そうだね、今日は伊勢海老が一尾手に入ったけども、誰も頼まないから君のために作っていいかな?」

 と言った時に私は『あっ!』と思って叫んでしまった。

「伊勢海老って言ってる!」

 異世界転移モノではよくある伊勢海老問題、ジャガイモもそうだし、ベルギーワッフルなんてもってのほかのヤツ!

 いやじゃあこのカフェの店員のお兄さんも日本人だったってことっ? でもこのカフェの店員のお兄さんは瞳が青色でどう見ても日本人ではない。

 するとソヌコちゃんがチッチッチと人差し指を揺らしてから、こう言った。

「この世界はね、自分が元居た世界の言葉に置き換えて聞こえるの! 文字も訳の分からない文字列だけども脳内で勝手に変換しちゃうから読めちゃうんだわ! メニュー表を開いてみて!」

 そう言ってカフェにあるメニュー表を手渡してきたソヌコちゃん。

 というかもうその最初のタイトルというか、表紙で分かる。

 ぐにゃぐにゃの見慣れない文字、エジプト方面っぽい感じかな、でもそれを見ていると勝手に脳内に『カフェ・クランチェのメニュー表』という言葉が頭に浮かんできた。

 私はありえない感覚に興奮しながらメニューを広げると、そこにはベルギーワッフルと読めてしまう文字に、ジャガイモ餅と読めてしまう文字もあり、勿論伊勢海老のソテーもあった。

「すごい!」

 端的に声を上げてしまった私に周りの他のお客さんはにこやかに笑っていた。何だか微笑ましいというか。

 えっ、この世界ってそんなに異世界転移が多いの? と思っていると、ソヌコちゃんが、

「理解できたでしょ! ちなみにアタシは全然理解できないけども理解してるわ!」

「何か言い得て妙だね」

「でしょ! 何か合ってるでしょ! ンキャンキャ!」

 何だその笑い方、ンキャンキャって。

 まあいいや、その何か合ってるでしょ、という返しも言い得て妙の言い得て妙みたいだな。

 もしかするとこっちが言った難しい言葉も、全部自分の語彙力で変換されているのかな。

 何でそんなことになるのかは分からないけども、そういう世界なら全部納得できる、と頷いていると、ソヌコちゃんが、

「だからって『オッソーシャルカイザー』とか意味分かんない言葉はちゃんと意味分かんない言葉として聞こえるんだわ」

「いや確かにそうだけども、その例えが何なんだ」

「あと『ルヴァンカップ』とかね」

「ルヴァンカップは普通にサッカーのカップ戦でしょ、ちゃんとサッカーのカップ戦だなぁと思って聞こえたよ」

「ンキャ! 君、サッカー好きなのっ?」

 とソヌコちゃんが嬉しそうに言うと、

「いや普通に知識として。見たことは全然無いよ、まあ日本代表戦くらいは親が見るから見てたけど」

「チャ―、なでしこメンバーが増えたと思ったのにー」

「チャーってそんなチャーハンの始まりみたいなこと言われても、多分チェーね」

「フルーチャ」

「それはフルーチェ」

「すごい伝わる! さすが日本から来ただけあるわ!」

 そうソヌコちゃんは座った状態でバンザイした。

 何だかソヌコちゃんはすごく嬉しそうだ。

 まあ私としても同じ世界から来た先輩がいるって心強いとは思う。それも同い年なら話しやすいし。気も使わなくていい感じがする。

 そんな会話をしていると、カフェの店員のお兄さんが、

「伊勢海老のソテーです」

 と料理を出してくれた。

 既に切り分けされていて、私の目の前に置いてくれたのにも関わらず、ソヌコちゃんはすぐに腕を伸ばして、切り身を一口食べた。

 それを見たカフェの店員のお兄さんが、

「ちょっと! ソヌコ! お客さんの!」

 と言ったんだけども、ソヌコちゃんは無視してゆっくり咀嚼してから、

「美味しい! ぷりぷりの弾力ある噛み応えに、伊勢海老のコク深い甘味! 今日はパーティーだ! ルヴァン・パーティだわ!」

「ルヴァンはさすがに無いでしょ」

 と私は冷静に言いつつも、こうやって毒見してくれるとマジで助かるなとも思ってしまった。

 いやソヌコちゃんのことを信用していないわけじゃないけども、まだちょっと思うところはあった……が、この、カフェの店員のお兄さんの焦り方を見ると、何だかマジで焦っているっぽく思えてきた。

 だって、

「本当に申し訳御座いません! ソヌコはうちの店員なのに! ソヌコ! 給料から天引きするからね!」

「チャー! ダメダメダメ! ちょっとしたユーモアだったのに! 天引きは止めてー! 高いからぁー!」

「それも箸も使わずに! 素手で持ったからソヌコの手が他の切り身に付いたでしょうが!」

「そんなソヌコは汚くないわっ! ソヌコはオケツきれいなんだから!」

「またそんな言葉使って! ソヌコは女子なんだからオケツとか言わないの!」

「ソヌコは女子以上に自分だから自分の好きな言葉を使うわっ!」

 何かちょっとずつ脱線していってる。

 この脱線していってる感じがマジっぽかったので、それはそれでいいんだけども。

「あっ! お客さん! お客さんというか君はなんて名前なんですか!」

 急にそう聞いてきたカフェの店員のお兄さん。

 すると私が答える前にソヌコちゃんが、

「その前にタールが名乗るといいよ!」

「ソヌコが言った! いやまあ僕はタールと申します。このカフェの店長です。よろしくお願いします」

 そう丁寧に一礼したタールさん。

 私もまあ名前くらいならと思って、

「私は佳澄。よろしくお願いします」

 ソヌコちゃんは嬉しそうに自分の手を合わせながら、

「佳澄ちゃん! いい名前だわ!」

 と言ったので、私は、

「ソヌコちゃんって本名じゃないよね、日本でソヌコなんて名前無いもんね」

 と言うと、

「そう! ソヌコの本名は石川翔子だよ! ショがソでヌは好きだからヌ! で! コ!」

 分かるような分からないような、いや一応分かったけども。

 何でヌが好きなんだという疑問こそあるけども、まあ自分の好きな芸名を付けているということか。

「ソ! ヌ! コ! ソ! ヌ! コ!」

 そう言って自分で自分を鼓舞するように叫び始めたソヌコちゃんに、タールさんが、

「いい加減止めなさい、話が進まなすぎる。ごめんなさい、佳澄さん、ソヌコは本当ボケたがりで」

「いえいえ、こういうのも何か楽しいので大丈夫です」

 と一応答えておくと、ソヌコちゃんは目を輝かせながら、

「じゃあ合うねー!」

 と言って満面の笑み。

 こんな無邪気な子、逆に、というかもうそのまま、こういう世界で生きていけるんだろうかと少し心配になったところで、ソヌコちゃんがこう言った。

「じゃあ異世界転移子ならすぐに教会へ行くといいわっ! 教会へ行くとね! 能力が分かるんだわ! 異世界転移子は自分が思い描いていた能力が手に入ることが多いんだわ!」

「というとソヌコちゃんも何か能力があるんだね」

「ンキャンキャー!」

「あるということなんだね」

 と返事しておいた。実際はどうだか分からないけども、めちゃくちゃ笑っていたから多分あるんだろう、とか思っていると、ソヌコちゃんは立ち上がって、

「じゃあ早速佳澄ちゃん、一緒に教会へ行くんだわ!」

 するとタールさんが、

「せっかく伊勢海老のソテーを作ったんだから、それをゆっくり食べたあとでいいんじゃないかな」

 と言ったんだけども、私としてもすぐに自分の能力というものが気になったので、

「すみません、この伊勢海老食べていてください。私は自分の能力が気になるので今すぐ行きます」

 と言って立ち上がると、すぐさまソヌコちゃんが私の手を握って、

「ほらこっちだわ!」

 と言って走り出したので、そのまま私はついて行った。


・【教会】


 教会に着くと、いかにもといった感じの神父さんがいて、そのナイスミドルの神父さんが、

「おや、ソヌコちゃん、今日も教会のオルガンをバックミュージックにオケツダンスかい?」

「ううん! 今日はしてあげないわ!」

 と会話をして、ソヌコちゃんってアホの子なのかなと思い始めた。

 ソヌコちゃんは私の背中を優しく押して、

「今日はこの佳澄ちゃんの能力を見てほしいんだわ! 新しい異世界転移子なんだわ!」

「なるほど、そうでしたか、ではこの教会の光が一番差している壇上に立ってください」

 と神父さんに促されるまま、私はその場所に立った。

「それでは見ますね」

 そう言って私の前に立ち、目を瞑った神父さん。

 それを「ンキャンキャ」言って喜んでいるソヌコちゃん。

 ちょっと静かにしたほうがいいのでは、と思っていると、神父さんがこう言った。

「貴方の能力はボディメイクです」

「ボディメイク?」

 と私よりも先にソヌコちゃんがそう言った。

 神父は説明を始めた。

「体を美しくしたり、筋肉を付けたり、可愛らしい服などが作れるようですね」

「変な能力!」

 そう言って笑ったソヌコちゃん。

 いや自分が思い描いていた能力が手に入りやすいみたいなこと言っていたけども、それってもうルッキズムの塊じゃん、私……と若干自己嫌悪したけども、すぐに、ということは私は顔を変えられるのか? と思い、

「能力ってどうやって使うモノなんですか?」

 と神父さんに聞くと、

「貴方の能力はソヌコちゃんと違って何かを媒介にして飛ばしたりする感じでも無いですし、多分手をあてがう感じだと思いますよ」

 ソヌコちゃんは秘密にしたいらしく、人差し指を口に当てて「シー!」と言っているけども、どうやらソヌコちゃんの能力は飛ばすモノで、さらに言うと神父さんも知っているらしい。

 いや神父さんは知っていて当たり前か。でもこうやってすぐに言いそうになるということはみんな周知の事実という感じ?

 だとしたらなおさら怪しさが薄くなってきたな。街のみんなが能力を知っていれば、悪い詐欺という感じもしない。

 いやその前に自分の能力だ、と思って私は自分の顔に手を当ててみた。

 顔の骨格を矯正するように撫でて、また目が二重になるようにと思って優しく指でなぞってみたその時だった。

「ンキャー! 佳澄ちゃんが二重になったー! ンキャー!」

「なりましたね、まさにボディメイクといったところですね」

 と言いながら神父さんが多分自分の手鏡を渡してくれたので、それで自分の顔を見ると、顔の輪郭は美しく整い、目が二重になり、鼻も少し高くなって、明らかに美人に変貌していたのだ。

「すごっ……」

 と声が漏れてしまった。

 私はすぐにこれを他人にできないかと思ったんだけども、神父さんもソヌコちゃんも二重で……あっ、

「ソヌコちゃん、そのそばかすを消せるかどうかしてみていい? 他人に使えるかどうか知りたいんだ」

「チャー、でもアタシはこのそばかすも好きだからなぁー」

「そばかすが好きなの?」

「そう、アタシは自分が大好きなんだわ!」

 そう言ってケラケラ笑ったソヌコちゃん。

 自分が大好きなんてそれはそれで素晴らしいなと思っていると、神父さんが、

「まあちょっとくらいなら消してもいいのでは? ソヌコちゃんはそばかすが減っても可愛いソヌコちゃんのままですよ」

 と助け船を出してくれて。

 するとソヌコちゃんも、

「じゃあいいわっ!」

 と言ってくれたので、ソヌコちゃんの頬を優しく撫でで、そばかすが消えるイメージで触ると、なんとそばかすが完全に無くなってしまったのだ!

 ヤバイ、全部無くしてしまったと思いつつも、おそるおそるソヌコちゃんに手鏡を渡すと、

「ンキャー! これはこれでアタシ可愛いー!」

 と叫んだ。何でもアリで最強かよ、とは思った。

 すると神父さんが、

「でもボディメイクなら、元に戻すこともできるのでは?」

 と言ったので、また私はソヌコちゃんの頬を触って、そばかすがあるイメージを送ると、ソヌコちゃんのそばかすは元に戻った。いや厳密にはさっきより少ないけども。

「ンキャー! ちょうどいい! ちょうどいいわ! 最高ねー!」

 ソヌコちゃんがンキャンキャ喜んでくれたので胸をなで下ろした。

 まあ自分の能力も分かったところで、いや、まだ試していないことがある。

「私、服も作れるんですか?」

 と神父さんに改めて聞くと、

「そうですね、そういう物質を捻出する系統は両手の中にそのモノがあるイメージで、だから服なら服の厚み分は手の間を作って、といった感じだと思いますよ」

 と教えてくれた。能力を見る人だけあって、めちゃくちゃやり方に詳しい。

 私はあの、美人にしか似合わない、否、美人以外が着ると文句を言われる服を想像し、創造しようと強く念じた。

 すると私の手の間から服が出現した。

 私はつい、

「わっ!」

 と叫んでしまうと、神父さんが、

「ではわたくしは教会の外に出ますので、ここで着替えてもいいですよ。帰る時に声掛けて頂ければ大丈夫ですので」

 そう言って神父さんは颯爽と教会から出て行った。紳士すぎる。

 じゃあと思って近くの窓だけはカーテンを閉めさせてもらって、その場でサッと着替えた。

 私はこの、美人以外が着ると文句を言われるようなクリーム色のシャツの上から黒のキャミソールを重ねる服を着た。

 こういう服に服を重ねる服って、ブスが着ていると裏でこそこそ言われるんだよね。

「ンキャー! 可愛いわっ!」

 そう言って拍手をしてくれたソヌコちゃん。

 私とソヌコちゃんはまた手を繋いで、外に出て、神父さんに挨拶してからその場を去った。

 すると教会を出てからすぐに世界が変わった。

「おっ、君可愛いねー、何か野菜とか見ていく?」

「魚なんてどうだい? お嬢ちゃんは可愛いからサービスするよ」

「武器にもなるアクセサリーもあるよー、きっと君には似合うと思うよー」

 どんどん話し掛けられるようになって、やっぱり人間ってどこの世界も見た目だねと思った。

 でも別にそれでもはやいいし、何故なら私はもう見た目が完璧になったから。

 ルンルン気分でカフェに戻ると、他のお客さんはみんないなくなったみたいで、タールさんがテーブルに座っていた。

「おかえりソヌコ! 佳澄ちゃん!」

 矢継ぎ早にソヌコちゃんが、

「伊勢海老残したっ?」

「いや全部食べたけども」

「殻もっ?」

「殻は捨てたよ、食べないでしょ」

「チャー! 出汁にもなるのに! 給料から天引きよー!」

「いやこのカフェ経営しているの僕だから」

 そう言って立ち上がったタールさんは私を見ながら、

「少し雰囲気変わりましたね、能力が分かったんですね」

 と言って、少し雰囲気……? と、ちょっと心の中で突っかかってしまった。相当美人になったはずなんだけども。まあいいや。

「私はボディメイクという顔や体型を変えて、服を作れる能力でした」

 と、どうせソヌコちゃんも知っているので正直に言うと、タールさんは何だかちょっと嬉しそうに、

「その能力だと仕事……何だかいいですね!」

 と言ったので、私はオウム返しするように、

「仕事って何ですか?」

「いや、ほら佳澄ちゃんって多分家がまだ無いでしょ。だからソヌコと同じ部屋になるけども、そこで一緒に暮らさないかなと思っているんだ」

 するとすぐさまソヌコちゃんが、

「アタシ、佳澄ちゃんと一緒に住みたーい!」

 と言ってきて、それはまあ嬉しい話なんだけども、

「で、仕事って何ですか?」

 と改めて詰めるように言うと、タールさんが、

「うちは勇者たちとも繋がりがあるんだけども、腕は確かなのになかなか雇われない勇者というのがいて、その勇者たちをボディメイクでプロデュースしてくれるとその子たちも助かるかなって思ったんだ」

「勇者と繋がりがあるってどういうことですか?」

「うちはカフェが基本なんだけども、勇者がモンスター討伐などが成功した時のパーティに使用する料理とかも作っているんだ。その関係でねっ」

 パーティなんてものがあるんだ、でもそれだけで勇者と繋がり持てるものなのかな。

 でもまあ勇者側と繋がっているのならば、このタールさんも安全な人なのかもしれない。

 ところで、

「勇者っていっぱいいるんですか?」

「ピンキリだけど飽和状態だね、だから今やその後のパーティを見越して、見た目の良さも選ばれる理由の一つさ。でもそのせいで見た目は良いけど実力がイマイチな勇者が討伐失敗して大けがしたり、実力は最高だけども見た目が悪いせいで全然雇われない勇者がいてね。やっぱり知らない勇者でもケガされると心が痛むでしょ? でも佳澄ちゃんが勇者のプロデュースをしてくれたら絶対に、もっと良くなると思うんだ!」

 そう力説したタールさんに、私も何か仕事ができるのならと思って、

「分かりました、やってみます」

 と答えた。

 ほどなくして、私は最初の勇者と出会うことになるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者プロデュース 伊藤テル @akiuri_ugo5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ